魔法使いと魔術師
「今回召喚された勇者と女子、それとオマケの様子はどうだ?」
「はい。勇者は既に騎士団長と互角に渡り合えるほど、あの女子も同様。オマケも変わらずに部屋に引き籠もってばかりです」
「そうか、勇者と女子はいずれは戦場に出て貰うとしよう。戦場で死ねばまた召喚すればいいし、生き残って使い物にならなくなれば勇者とオマケは政治の道具として活用し、女子は………………フフフ、あの美貌だ。それなりに楽しめよう」
「国王も人が悪い。以前に召喚成された女勇者もそう言って楽しんで壊してしまったではありませんか」
「そうであったか? 歳は取りたくはないのぅ」
吐き気が催すほどの会話を楽しそうに弾ませている一室の外で翔は静かにその場を離れていく。
「テンプレ過ぎて怒りも湧いて来ねえ……………………」
あと数日で脱走計画を実行し、少しでも成功率を上げる為にも仕込みを済ませておいた翔は国王と側近の会話を盗み聞きして怒りよりも呆れた。
地球の悪人でももう少し用心深いだろうに、とぼやきながら自室に向かう。
「まだ解析には時間がいるがこれ以上は無理だ。写したのは正解だったな」
召喚された場所にある魔法陣を写した羊皮紙を一度見てポケットにしまう。
できることなら魔法陣に施されている術式の解析を完成してから脱走したかったが、これ以上時間をかけると二人に迷惑が掛かる為に断念しなければならない。
取りあえず元の世界に帰れる手掛かりの一つとして持っておいて、後はこの世界のどこかにある古代魔法に期待するしかない。
「ショウ様」
「あぁ?」
「このようなところで何をなされているのですか?」
城内を歩いていると不意に声をかけてきたのはローレルを師事している王国一の魔法使い、ラヴァンは険しい顔で翔に声をかけた。
「それをお前に言う必要はあるのか? そういうお前こそこんな夜中に何してんだよ?」
「……………………私は城内の見回りです。不審な輩がいるかどうか調べないといけませんので」
「それはご苦労なことで。じゃ、俺は行くぞ」
止めた足を再び動かそうとする。
「お待ちください。ちょうどこれから貴方様の部屋に訪れる予定でしたので」
「はぁ? 俺に何か用かよ?」
要件を促す翔にラヴァンは告げる。
「単刀直入に申します。明日にでもこの城から出て行って欲しいのです。貴方様がこの城におられますと才能あるお二方の足を引っ張ってしまいますので」
「ほぉ?」
「足手纏いの自覚はおありでしょう? この城も何の取り柄のない者を養う理由もありません。あのお二方には私から上手く説明しておきますので城から出て行っては頂けませんか?」
淡々と告げる言葉には棘があり、その瞳は完全に見下している。
こいつは最弱のクラス。どう足掻こうとも無意味で取るに足らない存在。
不必要なものを斬り捨てて必要なものを残す。
彼女の言葉と瞳はそれを表している。
それに対して翔は可笑しそうに嘲笑を浮かべる。
「面白いこと言うじゃねえか? ええ? 王国一の魔法使い様は随分と頭が弱いようだ」
「なぁ!?」
「はっきりと言ってやるよ、馬鹿女。確かに俺はお前等で言う最弱のクラスだ。それは間違いない。だが、それが弱いと認識するなんて馬鹿がすることだ」
「な、何が言いたいのです!?」
「わからねえか? 力は所詮力でしかねぇ。その力をどう使うかはその使い手によって左右される。…………と口で説明してやっても馬鹿には理解できねえだろうから試してみるか?」
「なにを……………………?」
「魔術が本当に最弱なのか試してみるかって言ったんだ? それとも尻尾撒いて逃げるか?」
「いいでしょう……………………身の程というものを教えて差し上げます」
「チョロ」
こんな簡単な挑発に乗ってくる王国一の魔法使いの沸点の低さに笑った。
二人は場所を変えて訓練場に訪れて対峙するように立っている。
「最後の忠告です。大人しく己の弱さを受け入れて城を出るというのでしたら痛い目に合うことは――」
「御託はいい。来いよ」
余裕綽々の態度で手招きして挑発する翔にラヴァンは歯を噛み締めて詠唱を始める。
「【帯びよ、炎。荒ぶる轟炎は一切合切の全てを焼き尽くし、焦土と化す】」
詠唱を紡ぐラヴァンに対して翔は何もせずその場に立っている。その態度にラヴァンはその苛立ちを炎に変えて放った。
「【ヴァルケーノ】!」
放たれた炎の魔法は真っ直ぐに翔に向かっていくと、翔は指をパチンと鳴らす。
すると、翔に衝突する寸前に炎は姿を消した。
「なっ!? わ、私の炎が打ち消された……………………っ!? いえ、そんなことありえません!!」
目の前の現象を認めたくないのか、ラヴァンは再び詠唱に入る。
「【我が炎よ。槍となって敵を貫け】!」
ラヴァンの周囲に炎でできた槍が複数出現して振り下ろされるラヴァンの合図と共に一斉斉射された。
「【フレイムランス】!」
「フン」
襲ってくる炎の槍を鼻で笑って再び指を鳴らすと、先ほどと同じように炎は姿を消した。
何がどうなっているのかわからない。混乱するラヴァンに翔は呆れた。
「お前、どうして炎が燃えるか考えたことはあるか?」
「え? い、いえ……………………」
「ならどうして俺達は呼吸ができる? どうして俺達は大地の上に立てれる? 雨が降る理由は? 地震が起きる原因は?」
「…………………………………………?」
何を言っているのかわからない。アニメなら頭にクエスチョンマークがついている顔をするラヴァンに翔は断言した。
「それが俺がお前等を馬鹿と呼ぶ答えだ。お前等は当たり前を当たり前として受け入れて何かあれば魔法の一言で解決して疑念を抱くことはしなかった。俺達の世界ではそんな当たり前に疑念を抱いて、調べ、研究し、その答えを導き出した。それが科学だ」
「カガク……………………?」
「確かにこの世界にとって魔術師は弱い。その理由は圧倒的な知識不足の一点だけだ。ああすればこうなる、こうすればこうなった、様々な試行錯誤を繰り返してその原理を暴くことをしなかった無知さだ。逆に言えば知識があればあるほどに魔術師は強くなる」
手元に魔法陣を出現させる。
「さっきお前の炎を消したのは単純だ。炎を生みだすのに必要な酸素を抜き取っただけだ。酸素がなければ炎は存在を保つことなく消える。中学生でもわかる答えだ」
「そ、そんなことが……………………ッ」
「現実を見ろ、魔法使い。そして理解しろ、お前は俺より弱い」
「っ!? ちょ、調子に乗らないでください! 炎を消したぐらいでもう勝った気ですか!? 私が本気を出せば貴方なんか―――」
「勝てるってか? なら証明して見ろ。《術式展開・氷》」
魔術を起動させて空中に魔法陣を出現させて魔法陣から氷の槍が生み出される。
「空気中にも水はある。その水を停止させることによって水を固化し、氷を発生させる」
「そ、その程度、私の炎で………………ッ!」
「防げるか?」
パチン、と指を鳴らすと数十の魔法陣が空に出現する。どの魔法陣からも氷の槍が生み出されてその矛先は当然ラヴァンに向けられている。
「あ…………あ……………」
その数の前に呆然自失とするラヴァンに翔は躊躇うことなく手を振り下ろす。
合図と共に一斉に放たれる氷の槍はラヴァンに直撃する瞬間に水へと戻った。
「氷はまた水に戻る。勉強になっただろう? まぁ、聞いちゃいねえだろうが」
びしょ濡れの状態で気を失っているラヴァンの顔を蹴って起こす。
「起きろ」
「ひぃ!?」
目を覚ますと先程の強気の態度はどこへやら。すっかり萎縮してしまった。
顔を青ざめて瞳は恐怖の色に染まって身体は生まれたての小鹿のように振るえている。
そんなラヴァンを見て小さく息を漏らす。
「これで理解できたか? 馬鹿女。最弱と呼ばれている魔術も使い手によっては大きく変わる。これからは王国一の魔法使いという慢心を捨てるんだな」
吐き捨てるようにそう告げて踵を返して部屋に戻ろうとする。
「ま、待ってください………………っ!」
「あぁ? まだ痛めつけられてえのか?」
呼び止めるラヴァンに鬱陶しそうに振り返る翔に一瞬怯むもラヴァンは息を飲み込んで言った。
「そ、それだけの力があるのなら魔族だって倒せれるはずです! どうしてその力を今まで隠していたのですか!? 今からでも国王様にその力を拝見して貰えばきっと」
「下らねぇ。戦争ならお前等で勝手にやってろ」
冷たい眼差しでラヴァンを見据えながら翔は吐き捨てるように言った。
「俺やあいつらはこの世界を守る義理も義務もねぇ。お前等が勝手に俺達を呼んで利用しようとしているなら俺達もお前等を利用するだけだ。戦争の駒にも政治の道具にもなってたまるか。そもそもたった三人でどうにかなるならこの世界の人間だけで十分だろうが? 戦場で必要なのは一騎当千の力を持つ単騎の強者じゃねえ。群による数の力だ。いくらそいつが強くても人である限りは疲労も溜まる、戦い方だって研究される、弱点だって出てくる。そこを突かれたら終わりだ。一人が三人になったところでその結果は変わらない。俺が魔王なら多少の犠牲は覚悟でそいつの弱点を探ってそこを突くぞ」
「う………………しかし」
「しかし、なんだ? 力ある者は力なき者を守るのは当然とでも言うつもりか? ハッ、そんなもんクソくらえだ。そんな屁理屈言う奴は自分を変えようと努力せずに保身に走るだけのゴミじゃねえか。死にたくないのなら自分の力でどうにかしろ」
冷然とした態度で眼前の少女に嘲笑を向ける。
「お前もそうだ。俺がお前より強いと分かれば態度を変える。胸くそ悪いったらありゃしねえ。そんなに死にたくないのなら今の地位を捨てて実家にでも引き籠もれ。それで二度とその面を見せんな」
そう言い放って踵を返そうとした時。
「うぅ……………………」
すすり泣く声がした。
「ひぐ、ぐす……………………ひどい、ひどいです……………………うええええええん……………………」
「お、おい……………………」
涙を流すラヴァンに頬を引きつかせる。
「私だって、私だって…………………いっぱい頑張って……………………それを、どうして……………………ひぐ、ぐす……………………えええええええええん……………………」
ぽろぽろと大粒の涙が彼女の頬を伝って地面に零れる。その様子を見て翔は怒鳴る。
「あー! 泣くんじゃねえ! 鬱陶しい!!」
「うああああああああああああああああああんっ!!」
逆効果だった。
大泣きしてしまった少女にどうすればいいのかわからず頭を乱暴に掻きむしる。
「あークソ! 悪かった! 言い過ぎた! だから泣き止め!!」
ヤケクソ気味に謝る翔に何とか涙を流すのを堪えていくラヴァンに取りあえず胸を撫でおろす。
「たくっ、泣き虫女め……………………」
泣き止んでいく少女に悪態を吐いて嘆息する。
そう時、ゴォォォン、という大鐘楼が夜天に鳴り響いた。
「「!?」」
あまりにも唐突にことに驚く二人。それと同時に慌ただしくなっていく城内。
「おい! これは何の合図だ!?」
すぐ傍にいるラヴァンに怒鳴るように問いかけると、ラヴァンはこれ以上にないぐらいに青ざめた顔で答えた。
「ま、魔族襲来……………………」
「クソがッ! こんな時に!!」
あと数日でこの城を脱走する計画が魔族の襲来によって水の泡になった。
「チッ!」
盛大に舌打ちと共に二人のもとに駆け出す。
「間に合ってくれ…………………ッ!」




