優しさよりも強さ
予定通り胸くそ悪い奴隷が当たり前の街を早々に立ち去った翔達は次の街を目指して旅に出る。
「やっ!」
「遅ぇ」
そして新しい仲間となった狐人族の少女、ハルは翔が持っていた刀を使って翔に斬りかかるがあっさりと躱す。
野営の時間を利用したハルの訓練に翔は実戦形式で叩き込んでいる。
女性二人はそんな二人の光景を見ていた。
あの夜の一件。
ヴァロノスという魔族に両親と村の人達を殺されて復讐をその胸に誓った少女の代わりに翔が旅のついでにその復讐を果たすと約束した。
それまでの間は旅に同行させている。
だが、復讐を果たせばそれで終わりでは意味がない。
ハル自身にも最低、自分の身は自分で守って貰えるようになって貰わなければ困るので空いた時間を利用して鍛えさせている。
ハルもそれを了承。武器を手にして一秒前の自分より強くなろうとする気迫が伝わってくる。
だが、その首にはまだ奴隷の証である首輪がついている。
『ご主人様がハルの代わりに復讐を果たすまでハルはご主人様の所有物になります』
街を出て首輪を外そうとした翔にハルはそう言った。
そのあまりの真剣さに翔は呆れ、折れた。
『ですからハルを存分に可愛がってくださいまし』
そして、とてもいい笑顔でそう言ってのけた。
それはもう尻尾が千切れると思うぐらい振り回しながら。
その時のラヴァンとサクロの二人の視線がとても痛かった。
そんなこんなで旅を共にすることになった狐人族の獣人、ハルと共に旅をすることになった。
「そんなんでいいのか? もっと死ぬ気でやれ」
「はい!」
振り回してくる刀を容易く躱す。
生憎と翔は剣術を教える技量も知識もない。地球で翔が独学も含めて身に着けたものといえば空手やボクシングといった打撃に秀でた武術や格闘技。
剣術はどちらかといえば煌の専門。
剣道の全国大会で優勝するほどの実力を持っている煌なら手ほどきはできたのだろうが、翔には無理だ。
だから実戦形式で身につけさせて我流を極めてもらうことにした。
「弱ぇ」
「う!?」
ハルの腹部に拳を叩き込み、ハルはその場で蹲って口から吐瀉物を吐き出す。
「げふ、かふ…………」
「立て、その程度で動きを止めるな」
冷然と見下す翔の冷たい声音に様子を見ていた二人は止めに入ろうとするが、ハルは刀を杖に立ち上がって構えを取る。
「も、もう一度、お願いします…………」
「ああ」
強くなろうとする少女の気持ちを汲むように翔はハルを鍛える。
野営中の夜。
焚火を前に錬金魔術で鉱石を弄りながら夜番をする翔。荷台にいる女性三人は夢の中のはずなのだが…………。
「寝てろ。夜番の交代はまだ先だろうが」
隣に腰を落ち着かせているラヴァンにそう声をかける。
「ハルの訓練やり過ぎではないでしょうか…………? まだ子供なのですし、それに」
「奴隷になったから優しくしろか?」
両親を失い、天涯孤独になり、奴隷にされた。そんな悲惨な過去を持つハルに優しくしてもいいとラヴァンは思っている。
いくらハル自身が望んで訓練に励んでいるとはいえど、もう少し手加減するべきかとラヴァンは翔にそう進言する。
それを翔は鼻で笑った。
「ハッ、あいつがそう言ったのかよ?」
「それは…………」
「言ってねえだろう? それはたんにお前が辛いことから目を背けたいだけの甘さだ。あいつがどんなに辛い経験をしたのかは俺も知ってる。だがな、だからどうした? 辛い目にあったから優しくするのが当然とでも言いてえのか? 馬鹿か、そんなんで強くなれるか」
「ですが、そこまで強くなる必要があるのですか? 確かに身を守る為に強くなる必要はありますが、過酷な訓練をしてまでする必要はハルにはないはずです」
「あるんだよ、あいつには」
ラヴァンの言葉に翔は断言するように真顔で言った。
「憎しみを抱いた奴に理屈は通じねえ。何が何でも何をしてでも、それこそ殺したい奴を殺す為なら何でもする。殺したい奴を殺して憎しみを晴らすまでそれ以外考えることができねぇ。お前にはあるか? 心から憎いと思える奴が? いねえだろう? だからそんな甘っちょろいことが言えんだよ」
翔の言葉に何も言えない。
ラヴァンは王国に仕えていた時も別に親しい間柄はいなかった。許せないと思うことはあっても、仇は取ろうと考えることもあっても憎しみを抱くほどではないのも事実だ。
「今のあいつに必要なのは優しさじゃねえ、強さだ。心と身体を強くする必要がある。それこそ憎しみを抱くあまり生き急ぎ、早死しないようにな」
語るその言葉の重さがラヴァンがどれだけ浅はかで愚かだったのか思い知らされる。
翔はハルのこれから、それこそ復讐が終えてからも強く生きていけるように鍛えている。
子供だから甘やかさない。
辛い過去を持っているから優しくしない。
厳しくも心と身体を鍛えて強くさせるのはハルの身を案じているから。
目先のことだけではなく、これからのことも真剣に考えて翔はハルを強くさせようとしている。
「厳しいのはショウ様なりの愛の鞭なのですね」
「ぶっ飛ばすぞ」
「なんだかんだでハルのことを一番に考えているショウ様はお優しいです」
「本気でぶっ飛ばすぞ? お前」
わかっていますよ、みたいな生暖かい眼差しを見せるラヴァンに苛立ち、拳を震わせる。
「それに磨けば光るもんは持ってんだ。さっさと強くなってもらわねえとこっちが困るんだよ。足手纏いは御免なんだからな、勘違いすんなよ」
「はい」
ぐちぐちと弁明するように話す翔に苦笑しながら頷く。
どこまでも素直じゃない彼の言い分にラヴァンは苦笑しながら耳を傾けると、ふと翔の足元にある鉱石に目を向ける。
「ショウ様、それは?」
「あぁ? ああ、これは―――――」
朝日が顔を出す早朝。
「わぁ…………」
「いいないいな、ハルちゃんだけいいな!」
「とてもよくお似合いですよ」
ワンピース姿から一変してハルは着物のような恰好になっている。
「問題はねえみてえだな」
赤を基調とした着物だが、それは布ではなく鉱石でできている。
錬金魔術によって鉱石を粒子になるまで分解させて鉱石の硬度はそのままに滑らかかつ柔軟になるように術式を施した特性の鎧と言っても過言ではない。
むしろ下手な鎧よりも硬度を誇り、魔法に対する耐性も施しておいた。
「このような素敵な贈り物をありがとうございます! ご主人様! ずっと大切にいたします!」
満面の笑顔と興奮のあまりに振り回す尻尾を見て喜んでいるのがよくわかる。
「魔術の実験のついでだ。捨てるのも勿体ねえしな」
錬金魔術をどこまでできるかという実験を行った副産物としてその着物をハルに送った。
「それでもハルは嬉しいです!」
だが、ハルはとても嬉しそうにしていた。
「…………そうかよ。だが、訓練は優しくしねえぞ?」
「はい! ハルは強くなれるように頑張ります!」
眩しいばかりの笑顔を振りまくハルに翔は呆れながらハルの頭をぐしゃっと少し乱暴に撫でた。




