魔昌眼
左眼を対価に力を得た翔は泉から這い上がって再び黒騎士、エクエス・プレートと再戦する。
再び迫りくるエクエスの漆黒の剣。先程は接近するのも目視することも叶わず、その剣を防ぐこともできなかった。
文字通りの瞬殺。
翔の身に深すぎる刃創を刻んだその剣を、翔は敢えてそれを右手で受けた。
素手だが、拳ではない。
翔の手の平には、魔力を凝縮した魔法陣が展開されている。
「防ぐか!? ならば!」
自分の一太刀を防いだ翔にエクエスは連撃を繰り出す。一撃を防ぐのなら連撃を与えて魔法陣の限界を超えさせて翔を斬り裂こうとするも一向に魔法陣が衰える気配はこない。
エクエスの攻撃を全て防いで見せた。
「凄ぇ…………」
翔も自分の新しい力に驚いている。
今、展開している魔法陣も別に特別というほどではない。
ただ、ひたすらに硬いだけだ。
自身の魔力と周囲の魔力まで取り込んで強度を高め続けているという、硬いだけの魔法陣。
「世界の理を視る力…………なるほど、魔術師向きだ」
左眼に映るのはこの世界に関わるありとあらゆる知恵と知識。それが魔術師である翔に力を与えている。
チラリ、と暗黒の泉を一瞥してぼやく。
「北欧神話に出てくるミーミルの泉みたいだな…………」
ローレルに付き合わされて神話系にも詳しくなった翔は不意にそう思った。
北欧神話に登場するミーミルの泉。知識を求めて尋ねてきた北欧神話の主神オーディンは代価に片方の眼球を捧げることで知恵と知識を手に入れた。
そのオーディンが自分ならこの泉はミーミルの泉だな、と突拍子もないことを思ってしまう一笑する。
今はない左眼に埋め込まれている水晶に触れる。
「……………………魔晶眼とでも名付けるか」
ローレルならもっといいセンスのあるネーミングをつけるだろうが、生憎とそんなセンスはない。
安直だが、呼び名ぐらいこれでいだろうと自己解決する。
「先ほどとは別人だな。それがこの泉で得た力か?」
「ああ」
「ならばこちらも我が武具の真の力を解放しよう」
漆黒の剣を両手で構えるとその剣に黒い炎が噴き上がった。
禍々しい燃える黒い炎。その熱の波動が広がる。
「我が魔剣、レへヴェーは全てを焼き払う炎の魔剣。そしてこの鎧は装備した者の魔力を糧に身体強化する鎧。先程のように容易く防げると思わぬことだ」
確かに脅威だ。
一太刀でも浴びればそのまま黒い炎が身体に燃え移り、その身を燃やすだろう。
それを補佐する身体強化の鎧も合わせれば厄介極まりない。
「行くぞ」
翔は腕を横に振るう。それだけで複数の魔法陣が呪文なしで展開されて先ほどとは桁外れの威力の魔術が起動される。
今の翔にとって世界に干渉する為の呪文はほぼ不要。ちょっとした動作だけで魔術を起動することができる。
だが、それでもエクエスは炎を宿す魔剣で魔術を斬り、先ほどとは並外れた動きで魔術を回避しつつ翔に接近してくる。
つい先ほどまでとはまるで違う動きを見せるエクエスだが、翔は動揺しない。
力を得るまでは見えなかったエクエスの動きも今はしっかりと目で追えている。
エクエスが鎧の力で身体強化を行っているのなら翔もまた魔術によって身体強化を施しているのだから。
振り下ろされる炎の魔剣を再び硬い魔法陣で防ぐも、今度は魔法陣に罅が入って炎が魔法陣に纏わりつくように燃え移る。
厄介だ、と思いながらも翔は新しい魔法陣を展開してその魔法陣を解除。
魔法陣を使い捨てで防御に使う。
「この距離で私に敵う魔術師などいない!」
剣を使う者、魔術を使う者では戦いの領域が違い過ぎる。
近距離と遠距離で戦う騎士と魔術師。エクエスの言葉通り、この距離なら断然エクエスが有利。
「舐めるな」
「ぬぐ!?」
翔は剣の一太刀を躱して鎧越しに拳撃をエクエスに叩きつける。
もちろん魔術で肉体を強化し、拳には先ほどの硬い魔法陣を展開して殴った。
「接近戦を行う魔術師だと!?」
「生憎と俺はこっちの方が得意なんだよ!!」
怯むエクエスに翔は怒涛の攻撃を行う。
拳撃、足撃と地球で身に着けた武術、格闘技をエクエスに披露する。
「オラッ!」
「ぐぅっ!!」
鎧の上から強烈な拳砲が、エクエスの腹部に炸裂。そのあまりの威力にエクエスは後方に殴り飛ばされる。
「っっ~~~。流石に鎧越しで殴るもんじゃねえな…………」
手をひらひらと振るう。
いくら強化を施しても鎧を素手で殴るものではないと今更ながらぼやいた。
「……………………恐ろしいな。接近戦をこなす魔術師がこの世にいるとは」
かなりの手応えを与えたと思っていたが、それでもエクエスは立ち上がった。
その戦意は一切衰えることなく近づいてくる。
「ここで貴様を放っておけばいずれ勇者に続き魔王様の脅威となるだろう。故にここで確実に仕留める」
決死の覚悟を口にする。
敵ながら称賛に値する翔は思い切って尋ねた。
「一つ聞きてぇ。お前等魔族を束ねている魔王の目的はなんだ? 人類を滅ぼしてこの世界を魔族の世界にでもするつもりか?」
翔達がこの異世界に初めて召喚された日に国王から受けた説明では、この世界は魔王に支配されつつあり、人間の国を滅ぼしている。
実際に前の街では不死の王が襲撃してきた。
その前のネイション王国だって魔族に滅ぼされた。
ここまでの経験から考えれば人間を滅ぼして魔族の世界を作ろうと企んでいると少なくとも翔はそう考えていた。だが、エクエスの忠誠心を見て不意に思った。
これほどまでに忠義を貫いている騎士を仕えさせている魔王は本当に魔族の世界を作ろうとしているのか?
そんな疑問が不意に過った。
それに対してエクエスは首を傾げながら答えた。
「………………何を今更おかしなことを。最初に攻撃をしてきたのは貴様等人間だ。私達魔族は降り掛かる火の粉を払っているに過ぎない」
「……………………そういうことか」
嘆息し、頭を抱える。
結局は被害者ぶっている人間が原因だ。
恐らくは傲慢にも自分達以外の種族が気に入らないという下らない理由で魔族に戦争を仕掛けて予想以上に強い魔族に対抗する為に編み出されたのが翔達をこの世界に召喚した『勇者召喚』の儀式だろう。
それが大きくなって戦争が勃発。
大体の筋書きはこんなところか、と納得する。
「……………………俺も魔族側に行って人間滅ぼしてやろうか?」
人間の駄目っぷりに呆れてそんなことを口走ってしまう。
最もそんなことはする気もないし、どうでもいい。
翔は幼馴染の二人と元の世界に帰ればそれでいい。後はこの世界の問題だ。
「…………? 何をぶつくさと言っているのかは知らないが、戦いの最中に隙を見せるとは随分と余裕だな」
「ああ、悪い。人間の馬鹿さ加減に呆れてただけだ。―――――それにもう決着はついた」
「なに…………?」
怪訝するエクエスの視界に翔は右手を上にかざすと雷鳴が轟く。
「《術式展開・幻想神器》」
呪文を口にする翔の上空に姿を見せるのは雷の槍。
「これは…………!?」
その雷の槍から感じる電気の熱量。一切の漏れもなく凝縮に凝縮を重ねた強烈な雷が収束されているのが見てわかる。
「いつの間にそんなものを……………………ッ!?」
「戦う前からだ。お前を倒すにはこれぐらいはしねえとな」
エクエスと戦う前から翔は魔法陣を隠蔽して待機中の電子を収束していた。それが一本の槍となり姿を顕現している。
時間がかかるという難点もあったが、完成した。
今、翔が放てる中で最強で最高の威力と攻撃力を持つ必殺の魔術。
咄嗟に良いネーミングが思いつかない為に仮称として、北欧の主神の武器の名を借りて翔は叫ぶ。
「北欧神の槍」
放たれる雷の槍。
烈しく鳴り轟く雷鳴と共に放たれた雷の槍は真っ直ぐにエクエスに突進する。
「レへヴェー!!」
魔剣から黒い炎を大放出。魔力の全てを糧にして身体強化も最大限まで強化。
「ァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」
乾坤一擲の気合と共に振り下ろされる漆黒の剣。そこから放たれる黒い炎と雷の槍が衝突する。
だが、雷の槍の勢いは止まらず黒い炎を突き破ってエクエスに直撃した。
そのまま雷の槍と共に後方に大きく吹き飛ばされて壁に激突する。
「ふぅ…………」
取りあえず一息つく。
自分の必殺の魔術がエクエスに直撃した。本気で殺す気で放った為に恐らくは生きてはいないだろう。
「殺したつもりだったが…………」
頬に汗が流れる。
先程一撃で舞い上がった砂煙の先には鎧は砕け、剣を杖代わりにしながらも確かに生きているエクエスの姿がそこにあった。
「……………………これが『天魔』の力を授かりし魔術師の力…………なんて出鱈目だ」
途絶え途絶え言葉を発するエクエスの顔を覆う兜が砕けて地面に落ちる。
その顔を見て翔は目を見開く。
「……………………お前、女だったのか?」
「何をいまさら…………言っている…………?」
兜の下から覗かせるのは紛れもない女の顔。紫色の髪と瞳をしている美しい女性の顔だ。
剣のように鋭い眼差しは若干呆れを含めながら翔を見据えているとエクエスはその場で膝をついて翔に告げる。
「…………もう私は碌に動くことも抵抗することもできない。…………殺すなりなんなり好きにしろ」
潔くも敗北を認めて翔にそう告げるも翔は乱暴に頭を掻きながら答える。
「お前は一度、気紛れでも俺を見逃した。その借りを返す。だが、勘違いすんな。次は絶対に倒す」
以前に命を見逃された屈辱と借りをここで返す。だが、その次はそんなものもない。
どちらかが倒れるまで命を賭けて戦うまで。
「…………………後悔するぞ?」
「その時はその時だ」
互いを見据えながら言い合う二人。少ししてエクエスは立ち上がって剣を杖代わりにこの場から離れていく。
「……………………次に会った時は魔王様の名に懸けて貴様を斬る」
「上等だ。返り討ちにしてやる」
次こそ決着を。
戦いを終えた二人にそれ以上の言葉は不要だった。




