己の弱さが
冷たく暗い泉の中、翔の身体は沈んでいく。
目を開けているのか開けていないのかわからないほどの闇の世界を思わせる中で翔はもがこうとするも身体どころか指一本動かすことができない。
黒騎士に致命傷を負わされて泉に放り込まれた翔はまだ諦めてはいなかった。
圧倒的な実力をその身を持って知っても翔は抗おうともがき続ける。
――――動け、動きやがれ! 俺の身体だろうがッ!
動かない自身の身体を強引にでも動かそうとするも言うことを聞かない。
ぴくりとも震えもしない自身の身体に苛立ち、ちくしょう、と喚起を叫ぶ。
身体が動かない理由は理解している。黒騎士の一太刀が致命打になって身体が限界に達しているからだ。
むしろ泉に放り込まれてショック死しないだけまだ頑丈な方だ。
だが、それはただ単に死が少し遠ざかっただけだ。
このままでは確実に溺死。動かなければ死んでしまう。
―――俺はまだくたばるわけにはいかねぇ!
今ここで動かなければ地上にいるあの二人が黒騎士に殺されてしまう。
勇者である煌が殺されてしまう。
そうなればローレルは帰るべき世界に帰ることもできずに永遠にこの世界で孤独に生きる羽目になってしまう。
ここで動かなければ、なんとかしなければいけないのに翔の想いに反するように身体は動かない。
―――ちくしょう…………。
瞳から涙が零れる。
己の弱さが許せなくて、悔しくて、情けない。
弱い自分を殺してやりたいほど、自分が憎い。
もっと強ければ戦えた。
もっと強ければこんな情けない思いをしなくて済んだ。
こんなにも強さを望んでいるのにどうしてこんなにも弱いのか?
憎い…………。
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い―――――――。
弱い自分が憎い。
『貴様は勇者ではない。脅威にも値しない。大人しく己の死を受け入れろ』
黒騎士の言っていた言葉が脳裏を過る。
――――そんなこととっくに理解している。
―――俺にできることはただ抗うこと、足掻き続けることだけだ。
醜くても、みっともなくてもそれしかない。
強さに縋るしかない。強くなるしかない。
自分の全てを犠牲にしてでも強さを手に入れるしかない。
そうだとわかっているのに、どうしてこんなにも弱い…………。
これが世界の摂理、弱肉強食か?
これが運命か?
これが九条翔の定められた軌道なのか?
―――そんなのクソ喰らえ。
世界の全てが翔から全てを奪うというのなら最後の最後まで抗い続けてやる。喰らいつてやる。
理不尽な世界も、残酷な運命も全てぶち壊してやる。
―――その為の力が、欲しい…………。
弱い自分を殺せれるほどの強い力を翔は心から欲した。
『―――力を欲しますか?』
力を欲したその時、それは現れた。
闇の中で全身を光輝かせる人の姿をした何か。
何者か? どうしてこんなところに? と色々疑問が生じるが今はそんなことどうでもいい。
―――ああ、欲しい。俺が力が欲しい。
相手が誰だろうと関係ない。力をくれるというのなら貰うだけだ。
『何故?』
―――弱い自分が許せない。殺したい。その為に力がいる。
『それだけ、ですか?』
―――もう、俺の弱さのせいで誰かを傷付くところなんて見たくねぇ…………。
心からの本音をその何かに語った。
『力を得るには対価を支払わなければなりません。貴方は私に何を支払いますか?』
―――お前が好きなものをくれてやる。腕でも足でも好きなところを持っていけ。
その返答に迷いはなかった。
―――俺には力がいる。今も、そしてこれからも強くならなきゃいけねえ。その為ならどんな対価だって払ってやる。寄越さねえならお前から無理矢理にでも奪うまでだ。
吠えかかる翔に何かは近づく。
『貴方は勇者でもましてや英雄でもない。それが己の身を滅ぼす結果となってもよいのですか?』
―――上等だ。元から俺は救いなど求めちゃいねえ。クズは地獄の底がお似合いだからな。
『自ら煉獄の道を進むのですか? それは利口とは言えません』
―――利口になった覚えはねぇ。破滅だろうが煉獄だろうがどうでもいい。今、戻らねえと救えない奴等がいる。こんなクズを慕うもの好きをこんなところで死なせるわけにはいかねぇ。
―――そして、煌をローレルを元の世界に帰す。
―――お前が何者だろうが関係ない。俺にあいつらを救える力を寄越せ!
その言葉に何かは頷いた。
『では、古の盟約に従い貴方の願いを叶えましょう。その強い意思を宿す瞳を対価に世界の理を視る力を貴方に授けましょう』
何かの指は翔の左眼をえぐり取り、別の何かを差し込んだ。
『決して揺るがぬ覚悟を宿す者よ。貴方に祝福を』
その何か消え、気が付けば傷も癒えていた。
身体も動く、力も手に入った。
なら、後は抗い、足掻き続けるだけだ。
「なんだ…………?」
翔を泉に放り込んだ黒騎士は残りの二人に止めをさそうと動こうとした時、不意に泉に異変が起きた。
黒一色の泉の中心から泡が噴き出している。
それに怪訝する黒騎士に泉から翔は飛び出た。
「よぉ」
「しぶとい…………」
泉から這い上がってきた翔に黒騎士はそのしつこさに呆れる。
「驚異的な生命力…………いや、生への執念か。どうやら貴様はその首を斬り落として死体ごと葬り去らなければいけないようだな」
再び漆黒の剣を手にする黒騎士に翔は悠然と立ち尽くすと、それに気付いた。
「貴様…………その瞳は…………」
「ああ、お前が言っていた力を手に入れる為に左眼を対価にした」
翔の左眼は生物の瞳はしていない。水晶らしきものを埋め込まれている。
「っ!?」
黒騎士はその水晶の奥に輝く術式の文字を見たとき、心身の奥底が冷えて固まるように感じた。
「正気か? その瞳はもう二度と元には戻らんぞ?」
「それがどうした? たかが眼球一つでお前をぶっ飛ばせるなら安いもんだ」
迷いもないその言葉に黒騎士は初めて翔を敵と認識した。
「先ほどの侮辱を詫びよう。今度は一人の敵として確実に殺す」
翔の覚悟に心底畏怖した黒騎士は剣を構えて名乗りを上げる。
「私は魔王様に仕える七魔将の一角、エクエス・プレート。魔術師、貴様の名は?」
「翔だ」
「ショウ…………その名を我が身に刻もう」
「第二ラウンドだ」
新たな力を手に入れ、翔は再び戦場へと戻ってきた。




