正しい道
不死の王を打倒して三日が経過し、翔は教会にある墓場の隅にある墓石に花を置いていた。その墓石には名前は刻まれていない。
「あの不死の王のお墓?」
「……………………ああ、あいつには同情する部分もあった。せめてもの温情ってやつだ」
背後から声をかけてくるサクロに翔は淡々とそう答える。
人間に陥れたせいで不死の王となった彼がしたことは許されることではない。それでも、同情する部分もあったのは確か。
だからせめて墓ぐらいはと思った。
「優しんだね」
「ハッ、同情は優しいとは言わねえよ。それに用事のついでだ」
悪態をつきながら翔は袋をサクロに投げ渡す。
「約束通り賞金山分けだ。文句はねえだろう?」
魔力を譲渡した際にサクロが言ったその言葉を翔は律儀にも守りに来た。
サクロ的には冗談で言ったつもりで本当に貰えるとは思ってなかった為に目を丸くしている。
「……………………本当にいいの? いや、貰えるなら貰うけどさ。不死の王を倒せたのは殆ど君の活躍があったからだよ?」
「好きで活躍したわけじゃねえよ。状況的に俺が一番適しているから戦っただけだ。それにあの時、俺とラヴァンだけじゃ防げなかったしな。借りはそれで返す」
不死の王が放った技を障壁で防いだあの時、いくらラヴァンが魔力を譲渡してくれたからといってもそれだけでは恐らくは防げなかった。
サクロの神聖魔法を障壁に付与してくれたおかげで防げたものだ。
翔はそれを借りだと思ってその借りを返しにきた。
それを聞いてサクロは苦笑を浮かべる。
「……………………借りって、君はこの街を救った勇者なんだから気にしなくてもいいのに」
「周りの奴等が勝手にそう言っているだけだ。たくっ、いい迷惑だ…………」
その事に本当に嫌そうな顔を見せる。
「そう。それなら遠慮なく貰うね」
笑顔で金の入った袋を持つサクロは不死の王の墓の前に屈み祈りを捧げる。
「……………………不死の王、ううん、彼がしたことは決して許されることじゃなかった。だけど、彼がああなった原因は私達人間にある。なんか、複雑だよね…………」
人を亡者に変え、遺体までも好き勝手にした。
人の道を大きく外した彼を聖職者としてサクロは許すことは出来ない。
だが、そこまで彼を陥れたのは他の誰でもない人間という種族だ。
「……………………聞いてもいいかな?」
「んだよ…………?」
「私達がしたことって正しいのかな? 別に君を責めるわけじゃないけど、思うんだ…………。もし、もしも私達もそして彼にも救える手段があったらそっちの方が正しいことじゃないのかなって…………」
街も敵も皆が救われる道があるのならそちらの方が正しい選択ではなかったのだろうかと疑念を抱く。
勿論それはあくまでサクロ自身の願望に近い思い込みで、ただそうなって欲しいという希望的観測に過ぎない。
それでも、もしかしたらと、ああすればよかったと今になって考えてしまう。
「ハッ、下らねぇ」
だが翔はそれを吐き捨てる。
「正しいことなんてあるわけねえだろう。どちらを選択しても必ず後悔する。その時点でもう間違ってんだよ、人間って生物は。それともなにか? お前は他人から言われた正しいことにはいそうですかと素直に首を縦に振れんのかよ?」
「それは…………」
「正しい道なんて一つもねえよ。間違っているか間違っていないかだ。選択するのは他の誰でもねえ自分自身でどちらを選んでも後悔するなら俺は自分にとって間違っていない方を選ぶ。その道を進んで後悔しようが傷付こうが構わねえ。俺は、俺が思った道を進む。それだけだ」
「ショウ…………」
振り返って彼を見る。
その表情、瞳はとても真剣で決死の覚悟を固めているように見える。
これだけは絶対に譲れない。そんな意思が彼の表情から見て取れる。
「どっちにしろ今更悩んでも意味なんてねえ。お前もさっさと自分の仕事でもしてろ」
乱暴にそう言って踵を返して歩き始める彼の背を追い、その横を歩く。
「それは仕事に没頭して嫌な悩みなんて忘れたらいいってことかな?」
「知るか」
ぶっきら棒にそう返してサクロは笑みを作る。
「私、少しだけ君のことが好きになっちゃったよ」
「はぁ? 意味がわからねえ」
「そんな露骨に嫌な顔しなくても…………女の子の好意は素直に受け取っておくものだよ?」
「急すぎる好意は俺からしたらむしろ悪巧みしか考えられねえ。なんだ? 俺の分の賞金も狙ってんのか?」
「酷いな…………」
やれやれと肩を竦める。勿論サクロは翔のことが本当に好きになったわけではない。
彼の人柄に好意を持てるようになっただけの話だ。
そして彼もまたそれを理解して悪態を吐いているに過ぎないとサクロは思いたい。
「どっちにしろ俺のことはさっさと忘れやがれ。俺達は近日中にはこの街を出る。そしたらまたこの街に来ることはまずねえ」
「あれだけ活躍した人を忘れるなんて無理だと思うよ? それに私は忘れないし」
共に戦場に身を置いた仲間をサクロは忘れる気はない。
例えもう二度と会えなくてもサクロは死ぬその最後の瞬間まで覚えておく。
「…………勝手にしろ」
「うん、勝手にするね」
呆れるように息を吐く翔に笑みを浮かばせるサクロの二人は墓地を出て別れる。
「またね」
手を振ってくるサクロに翔は振り返ることなく片手上げて応じて自分のするべきことをする。
この街で調べられるものは調べつくした。
二人の情報も古代魔法の情報も手に入らなかったが、不死の王を倒したおかげで資金は十分に手に入った。
それで旅の道具や魔道具を作るのに必要な費用に使ってこの街を出る。
今回の魔族の襲撃では運よく勝てた。
だが、あれは運の要素が強くましてや一人では絶対に勝つことはできなかった。
術式展開の複数式もまだまだ粗削りで出来損ないもいいところだ。
今のままでは駄目だ。もっと強くなる必要が翔にはある。少なくとも今回の戦いで翔は改めて己の無力さを痛感した。
この街を出るまでの数日間。翔は少しでも力を身に着ける為に時間を使う。
だが、その翌日。翔は驚くべきものを目撃する。
魔族を引き寄せて街を混沌に陥れようとした容疑者サクロ・クリッドを反逆罪として処刑する。
教会前の掲示板にそのことが記されていた。




