第二話 悪役ってへるもんじゃない
「はぁ、ここに決まってるじゃない……」
彼女は、呆れた様子を見せた。
わずかに眉根を寄せ、浅く息を吐きながら、半ば呆然とした視線をこちらに差し向けてくる。その眼差しは、言葉にせずとも明らかに、俺に『あんた、ばかぁ』と言っているようなものだった。
「こ、孤高の天使がなぜこんな部に?」
「まぁ、勉強しているだけじゃ退屈だし、どうせなら人生経験にでも、緩そうな部活に入ろうかなってね。 あと、その呼び方やめてくれない?」
「な、なにを言うんだ! この部活は代々と歴史のふか__」
「で、部員はこの二人だけなんだぁ」
「くっ……」
俺たちを嘲笑うように、つづけた。
「しかも、ここが部室? ただの物置倉庫じゃない。 どうせ、掃除もしてないんでしょ」
「う、うるさい!」
永谷理香は、俺たちの部室をあちこち調べまわった。
途中で、あんなものやこんなものまで見つかってしまったが、その都度、ちさとのせいにしたおかげで、事なきを得た。
「で、私は入部してもいいの?」
「だが断る! お前みたいなヤバい奴がこの部に入ったら、部の名が廃れてしまう」
「それは残念ね。 今まであなたたちが調査していたところ、私、動画にとってあるんだけどなぁ」
永谷理香は、くすりと笑いながらスマートフォンを軽く振ってみせた。
その仕草はやけに余裕に満ちていて、こちらの狼狽など最初から計算済みだと言わんばかりだった。
そう、俺はまんまと奴の術中に陥ってしまったのだ。
♢♦♢
「くそっ、何であの永谷理香が陰キャのお前なんかの部活に入ったんだよっ!」
永谷理香が、オタケンに入部してから数日経った。
しかし、俺の想像以上に永谷里香のカリスマ性は強く、あっという間に学園中に「孤高を貫いてきた学園の四大美女、永谷里香がまさかのオタケンに入部した!?」という情報が広まった。
もはや、この大ニュースを知らない生徒はいない。
しかし、その出来事は俺たちにとって厄介でしかなかった。
「そんなもの知るわけがないだろ。 それに、教える義理もない」
この一連の騒動によって、結果的にクラスメイトの多くの反感を買うこととなり、俺たちの立場は以前にも増して居心地の悪いものへと変わっていったのだ。
今もこうして、クラスの自称モテ男たちから猛烈なバッシングを受けている。
「お前、調子に乗ってんじゃねえぞっ!」
自称モテグループのリーダー格を気取る仲切耕は、教室のど真ん中にもかかわらず、俺の胸倉をつかんだ。
奴らに、加減という二文字は存在していない。
「お前ら、いつも可愛い女子探してたじゃねぇか!」
「ふん、立派な調査だぞ。 しかも、俺があいつを勧誘したわけではない」
「てめぇ、嘘ついてんじゃねえぞ!」
「だから嘘じゃないって……」
クラスメイトたちは、この騒ぎを前にしてもなお、見て見ぬふりをしている。
それは、女子も例外ではない。「ちょっと!? あなたたち、なにしてるの!」と言って喧嘩を仲裁してくれる、そんな都合のいい女子などこの世界には存在しないのである。
まぁ、それも仕方のないことだ。
そもそも、俺にいい噂など一つもない。
中には、これを当然の報いだと考えている連中もいるのだろう。
「はぁ、また何かやらかしたのかよあいつ……」
「あいつ、まじできもい」
「せっかく仲切君たちが穏便に済ませようとしてるのに、あいつってほんと空気読めないよね……」
周りから、ひそひそと声が聞こえる。
クラスの連中は皆、仲切たちの肩を持っているようだった。
そう、俺は孤独だ。
『あいつとは、絶対に関わりたくない』
♢♦♢
「ら、らいっち!? そ、その怪我どしたん?」
「いや、ちょっとな……」
あれから、俺はあいつらに一方的に痛めつけられた。
頬はまだ熱を持ち、腹には鈍い痛みが残っていた。
だが、この程度で済んだだけ幸運だった。
幸いにも、駆け付けた先生によって騒ぎは収まり、俺はそれ以上殴られずに済んだのだ。
「それで、オタケンの部室に逃げこんだってわけね」
永谷里香は、部長である俺の席に当然のように腰掛け、優雅に紅茶を口にしていた。
「なんでここにいるんだ、孤高の天使よ……」
「だからその名で呼ばないでくれない? どうせ夢見る男子共が私に勝手に二つ名つけたんでしょ。 想像しただけで気持ち悪いわ」
「考案者は、俺だ……」
「あら、それは失礼したわね」
しかし、彼女は反省した様子など微塵も見せず、悠然と紅茶を飲み干した。
「いって………」
「ら、らいっち本当に大丈夫!?」
「あ、あぁ、問題ない……」
やはり、陽キャどものストレートは陰キャの俺には重すぎた。
「はぁ……仕方ないわね。ちょっと見せなさい」
呆れたようにため息を漏らしながら、彼女はポケットから絆創膏を取り出した。
「お、お前って、そんなキャラだったか?」
「う、うっさい。 せっかくの親切を台無しにするつもり?」
「す、すまん。 あ、ありがとうございます……」
彼女の手が、俺の顔に触れた。
冷たかった。
殴打によって熱を帯びていた皮膚に、微かな冷たさがじんわりと染み渡っていく。
驚くほど繊細で、雪のようになめらかな感触だった。
荒れた呼吸とは対照的に、彼女の手つきはどこまでも落ち着き払っている。
「何であの時やり返さなかったの?」
「見てたのか……」
「あいつらはほんと見てて飽きれるけど、あなたのことも同じよ。……あなたがキモいのは事実だけど、あれでは完全に悪者扱いじゃない」
絆創膏を貼り終えた彼女は、俺から目を逸らしたまま静かに口を開いた。
「一言余計なんだが……。 まぁ、あいつらに悪者扱いされたって減るもんじゃないしな」
そう言って肩をすくめてみせる。
実際、今さら評判が少し落ちたところで大した問題ではない。
もともと、俺の学園内での立ち位置など底辺も同然なのだ。
これ以上失うものなど、最初からほとんど存在していなかった。
しかし――。
「……はぁ」
永谷は小さくため息を漏らした。
呆れているのか、それとも別の感情なのかは分からない。
彼女は空になったティーカップへ視線を落としたまま、ぽつりと呟く。
「あなたのそういうところ、本当に嫌い……」
「随分はっきり言うな……」
「だって事実でしょう」
即答だった。
あまりにも遠慮がない。
普通、怪我人相手にもう少し配慮というものはないのだろうか。
だが、不思議と不快ではなかった。
多分こいつは、本気で俺を馬鹿にしたいわけではない。
ただ、純粋に気に入らないのだ。俺の、何も諦めたような考え方が。
「別に、俺が何をしたってこの状況はもう変わらないだろ」
「いいえ、変わるわ」
「じゃあ、どうするんだよ?」
「今のあなたには、味方が少なすぎるのよ。 だから友達を作るの」
__いや、こいつは何を言っているんだ?
友達作り?
友達を作ることが、どうして悪者扱いを避けることにつながるんだ?
その言葉と今回の件に、因果関係があるようには思えなかった。
「何を言うんだ! らいっちには、俺という存在がいるだろうが!」
「お前に言ってない、きもデブ」
「ごふっ……」
「いい? 男じゃなくて、異性の友達を作るのよ」
「異性じゃないとダメなのか?」
「当たり前でしょ。 男だけで固まってたら、余計に陰キャ臭くなるじゃない」
「偏見がひどいな……」
すると、永谷は呆れたように肩をすくめた。
「女子と普通に話してるだけで印象って変わるものなのよ。 少なくとも、 “きもい奴”扱いはされにくくなるはずよ」
「そんな単純な話か?」
「単純よ。人間なんて、驚くほど雰囲気で判断するんだから」
まるで、この世界の人間像を知り尽くしているかのような口調で話した。
そう言って、彼女は紅茶を注いだ。
「だからまずは、 “女子とまともに会話できる人間”になること。 話はそこからね」
不思議と、彼女が言う言葉が全て正しいように感じる。
「じゃあ、俺は誰に話しかければいいんだ?」
「女子と言ってもある程度の基本能力がある人じゃないと……」
「まて、その基本能力の基準は?」
「まぁ、最低でも私くらいのレベルの女子じゃないかしら。……もちろん、私には及ばないでしょうけど」
いや、レベル高すぎだろ。
俺、まともに女子と会話できたためしがないんだが……。
「決めたわ」
「誰だ?」
彼女は一拍置いてから、その名前を口にした。
「――夏井栗栖よ」
「はっ……?」
夏井栗栖。
その名をこの学園で知らない者はいないだろう。
なぜなら、彼女は、
学園の四大美女の一人なのだから。




