第一話 変わった世界の日常(改)
まだまだ初心者ですが、何卒宜しくお願い致します。
___シュレディンガーの猫とは、量子力学における思考実験の一つである。
箱の中に一匹の猫を入れ、同時に放射性物質と毒ガスの装置を設置する。放射性物質は一定の確率で崩壊し、その結果として毒ガスが放出される仕組みになっている。
もし放射性物質が崩壊すれば、毒ガスによって猫は死ぬ。崩壊しなければ、猫は生きたままだ。
ここで重要なのは、箱を開けて観測するまで、その結果は確定しないという点である。
量子力学の解釈では、観測されるまで猫は「生きている状態」と「死んでいる状態」の両方が重なり合って存在しているとされる。
つまり、観測されるまでは決まらない。
あるいは、決めていないだけなのだ。
♢♦♢
俺、桐谷来斗は、ごく普通の男子高校生だ。
俗に言う“モブ”。
勉強も運動も平均的。特技なし。存在感なし。
教室の隅でひっそり生きるタイプの人間である。
……ただし。
学校で可愛い女子を見かけると、つい目で追ってしまう。
だが安心してほしい。
面識もないし、話したこともない。目が合ったことすらない。
――つまり合法だ。
そしてこれは全国共通認識だと思うが、どんな高校にも“学園四大美女”という存在はいる。
当然、俺の通う高校にもいた。
ゆえに観察は仕方ない。
自然現象みたいなものだ。
「らいっち、あそこの二人組どうよ」
中庭の茂みに潜伏しながら、小声で話しかけてきたのは掛李ちさと。
名前だけ聞けば美少女っぽいが、中身は終わっている。
オタク。デブ。運動音痴。成績下位。
モテない要素を欲張りセットにしたような男だ。
だが不思議なことに、こいつとは妙に気が合った。
高校入学以来、唯一と言っていい親友である。
ちなみに今やっているこれは――
「校内美女観測会」だ。
「ふむ……七十点ってところだな。顔はいいが色気不足」
「らいっちの採点基準、終わってない?」
「お前には見えてないだけだ」
ちさとは呆れたように肩をすくめる。
「じゃあ、あそこの木の下で本読んでる子は?」
「ん?」
視線を向けた瞬間。
――女子と、目が合った。
「…………」
終わった。
人生終了のお知らせである。
しかもその相手は。
「お、おいちさと。こっち来る」
「俺っちは知らん! 知らんぞ!」
俺たちは反射的に身を寄せ合った。
男同士の体温で恐怖を和らげようとする、実に無意味な行為だった。
やがて、女子は俺たちの前で足を止める。
「あなたたち、ここで何してるの?」
永谷理香。
学園四大美女の一人。
常に一人で行動することから、『孤高の天使』と呼ばれている。
……ちなみにその名の考案者は俺だ。
肩まで流れる艶やかな茶髪。
整いすぎた顔立ち。
人形みたいに無表情なのに、妙に目を引く。
近くで見ると破壊力がやばい。
「孤高の天使が俺っちたちに話しかけるなんて――」
「アンタには話してないわ、キモデブ」
「ごふっ」
ちさと、死亡。
謎の効果音と共に芝生へ沈んだ。
安らかに眠れ、我が友よ。
「で、桐谷来斗は何してたの?」
「え?」
「盗撮?」
淡々とした声だった。
怖い。真顔なのが余計怖い。
「ち、違う! これは観測だ! 調査というか!」
「その時点で十分気持ち悪いわよ」
ぐうの音も出ない。
……いや待て。
「どうして俺の名前を知ってる?」
永谷理香は男子に興味がないことで有名だ。
イケメンの名前すら覚えないと言われている。
そんな彼女が、なぜ俺なんかの名前を?
すると彼女は、わずかに目を細めた。
「私も、アンタみたいなモブの名前を覚えた記憶なんてないわ」
「じゃ、じゃあ何で……」
「忘れなさい。あと勘違いされないように気をつけることね」
それだけ言って、彼女は校舎へ向かって歩き出した。
……去り際。
ほんの少しだけ、笑った気がした。
直後、昼休み終了のチャイムが鳴る。
「……百点だ」
「何が?」
地面に転がったままのちさとが聞いてくる。
「全部だよ」
短いやり取りだった。
なのに、一日分くらい心臓が動いた気がした。
今まで“観測”してきたどの女子より、彼女が気になっている。
顔、めちゃくちゃ可愛いし。
「ちさと、起きろ。授業始まるぞ」
「待て……俺っちは今、罵倒の余韻に浸ってる……」
「重症だなお前」
♢♦♢
「八月二十日十七時十八分! これより第二十一回・校内美女観測報告会を始める!」
「おおー!」
放課後。
俺たちはオタク研究部――通称オタケンの部室にいた。
部室は二棟の端にある普通の一室。
創立二十年という地味に歴史ある部活だ。
ちなみに元々十人以上いた部員は、なぜか俺たちが入部して一ヶ月で全員消えた。
理由は知らない。
多分知らない方がいい。
「それで議題だ」
俺は机を叩いた。
「今日、永谷理香が俺に話しかけてきた件について」
「あー、朝のあれね」
「俺に初めて話しかけてくれた女子だ」
「俺っちも話しかけられたけど?」
「お前は罵倒されただけだろ」
「あれはご褒美だ!」
駄目だこいつ。
「ともかくだ」
俺は真剣な顔で言う。
「なぜ彼女は俺の名前を知っていた?」
永谷理香は有名だ。
男子を相手にしない。
誰とも群れない。
告白してきたイケメンすら覚えていない。
そんな“孤高の天使”が。
なぜ、モブの俺を認識していた?
「うーん、昔の知り合いとか?」
「いや、接点ない」
「親同士の関係?」
「ないと思う」
ちさとは腕を組んで唸る。
「じゃあ何が言いたいんだよ」
「つまり――」
俺は静かに立ち上がった。
「これはイベント発生の予兆なんじゃないか?」
「……なに?」
「ラブコメイベントだ!」
そう。
平凡な男子高校生が、ある日突然美少女と関わり始める。
そして始まる、遅すぎた青春。
「ついに俺にも来たんだよ! ゼロから始まるラブコ――」
「ゼロから始まる何?」
背後から声がした。
女の声。
しかも聞き覚えしかない。
ちさとは口を半開きにして固まっている。
……察した。
後ろにいる。
恐る恐る振り返ると。
「な、なぜここにいる、孤高の天使《Lone Angel》!」
「誰よそれ」
そこには永谷理香が立っていた。
相変わらず無表情。
けれど、近くで見るとやっぱり綺麗だった。
「これ、入部届。部長の確認いるらしいから」
彼女は一枚の紙を差し出す。
俺は震える手で受け取った。
「ど、どこに入部するんですか……?」
すると彼女は呆れたようにため息をついた。
「ここに決まってるじゃない」
――今思えば
ここから始まったんだ。
俺の、いや俺たちの物語は、
二話から、面白くしていきたいと思っております。
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