本人の“平穏な日常”への渇望
朝の光が窓から差し込み、教室の木机を照らしている。
レティシアはそっと扉を開けた。ほんの少しだけ、勇気を絞って。
――その瞬間、刺すような視線が一斉に向けられた。
(……え、ちょ、なんで全員こっち見るの?
俺、今日なんか変なもん付けてる?)
心の中で慌てながらも、外面だけは“淑女らしく”微笑む。
いや、微笑むしかない。逃げられないからだ。
席につくと、隣の子がそわそわと距離を取った。
さりげなく机が三センチほどズレる。
(やめてくれ……俺、伝染病とか持ってないから……
いや、精神的にはちょっと感染してるかもしれんけど!)
授業が終わり、気分転換に中庭を歩こうと外に出る。
だが、ここも同じだった。
見知らぬ学生たちが遠巻きにこちらを見て、
何かをひそひそと囁き合っては、目が合うとサッと逸らす。
(……なんなんだよ、本当に。
こっちはただ、真面目に単位取って卒業したいだけなんだってば……!)
寮に戻れば、静けさが逆に怖い。
廊下を歩くたび、曲がり角の奥で声が止まり、
閉まりかけたドアの隙間から誰かが覗いている気配がした。
(いやいやいや……ホラーか?ここホラー施設だったっけ?
頼む、普通の学園生活を……!)
そんな彼女(中身は彼)の焦燥とは裏腹に、
周囲の“不自然な注目”は止まる気配を見せなかった。
理由はただ一つ。
外 国 勢 力 が 動 き 始 め た か ら。
南方帝国、北方連邦、そして王国内部の宗教勢力――
彼らが揃って“レティシアの因果徴”を狙い、
学園内に観測者や若い外交官を潜り込ませているのだった。
当の本人だけは、それを知らず、
ただひたすらに平穏を求めて右往左往している。
(俺は……ただ大学生みたいに……
朝起きて授業受けて、夜にご飯食って……
普通の生活したいだけ……っ!!)
だがそのささやかな願いは――
すでに“因果”という名の大渦に押し流されつつあった。
本人の意思など、国際政治の盤上では
最初から考慮されていないかのように。




