聖務院の現場神官が動き出す
“因果徴の正式評価会を前倒しする”――
その決定が王都の聖務院で下された直後から、学院の空気は目に見えて変質した。
最初は、些細な違和感にすぎなかった。
レティシアが図書棟へ向かうと、
いつも穏やかな神官学者の姿が入口に立っている。
「おや、レティシア嬢。偶然ですね。
……少し、神意の揺らぎを確認できればと」
いつもよりも丁寧すぎる礼。
けれど、その視線の奥には“逃がすまい”という固い決意が透けて見える。
翌日。
講義を終えた彼女を、また別の神官が待っていた。
「先日の記録、追加の検証が必要になりまして……。
少しだけ、お時間をいただけませんか?」
“少しだけ”。
しかし、少しで済んだ試しはない。
そして学院長の執務室には、
別の神官が分厚い書類を携えて押しかけていた。
「学院長、この書類に署名をお願いします。
彼女の因果徴の動向について、早急に報告が必要でして」
学院長が眉をひそめる。
「……この書式、聖務院の通常手続きではなかったはずだが?」
神官は微笑んだ。
表情は柔らかいが、声はどこまでも硬い。
「状況が状況ですので。
国外勢力の干渉が始まった以上、我々も迅速に対応せねばなりません」
その“丁寧さ”は、
まるで絹の手袋で包んだ鉄の拳だった。
学院側も、そして学生たちですらも、
聖務院の動きが明らかに異常であることを悟り始める。
――国外勢力に先を越されたくない。
――レティシアを宗教的管理下に置きたい。
その焦りと打算が、現場の神官一人ひとりの挙動にまで滲み出ていた。
レティシア本人だけが、
その“包囲網”の真意を理解できぬまま、
息苦しいほどの視線と手続きに追い立てられていく。
彼女の知らぬ裏側で――
聖務院は、もう完全に“奪いに来ていた”。




