聖務院内部の緊急会議
王都中央、聖務庁舎――
外壁は雪のように白く磨かれ、内部は宗教的権威を誇示するための、やや過剰なほどの金装飾と聖句の彫刻に満ちている。
その奥、重い扉で隔てられた会議室では、薄い香の煙が静かに漂い、長卓を囲む神官たちは一様に険しい表情を浮かべていた。
壁面の巨大聖画を背に、神官長がゆっくりと立ち上がる。
その目には、誇りと、そして抑えきれぬ焦りが滲んでいた。
「……学院が無能とは言わぬ。しかし、このままでは――」
低い声が室内に落ちる。
「神意の管理権すら、国外に奪われかねん。」
重い沈黙が落ちた。
南方帝国の神意干渉術師。
北方連邦の観測官。
どちらも、王国にとって“正式な友邦”とは言い難い。
その両名が、よりにもよって、因果徴を宿す少女――レティシアへ直接接触した。
補佐官が巻物を握ったまま、言い淀んでいた息を吐き出す。
「帝国は、彼女を“聖女候補”として囲い込む意図が濃厚です。
連邦は……観測を名目に、神意理論の主導権を奪うでしょう」
隣に座る神学審問官が、手元の資料を叩くように閉じた。
「このまま手をこまねけば、神意の解釈権が国外勢力のものになります。
聖務院の権威は地に堕ちるでしょう」
静謐なはずの白亜の会議室は、重油のような緊張に満たされていく。
そのとき――
補佐官が、一枚の羊皮紙を机上にそっと置いた。
「……“因果徴の正式評価会”を前倒しするべきではありませんか?」
その瞬間、空気がぴん、と張り詰める。
神官長はゆっくりと補佐官を見やった。
深い皺の刻まれた眉が、わずかに震える。
「それは……」
声は低く、だが誰よりも重かった。
「レティシア・アーデルハイトを、正式に“神意対象”として扱うということになるのだぞ?」
神官長の言葉は、聖務院の権威を永遠に縛る縄のようでもあり、
少女の未来を奪う刃のようでもあった。
補佐官は一歩も退かぬ目で言い返す。
「国外の手が伸びる前に、
我らの庇護下に置くことこそ、院の義務です。
これ以上、学院へ任せてはいられません」
ざわ……と議場が揺れる。
怒りでも、恐れでもない。
それは“焦り”としか言いようのない振動だった。
ユールグの無機質な観測。
セラフィナの柔らかな微笑み。
どちらも、聖務院が独占してきた“神意”という領域へ、容赦なく踏み込もうとしている。
神官長は再び視線を落とし、祈るように両手を組んだ。
「……やむを得まい。評価会の前倒しを、議題として上申する」
その宣言を境に、聖務院の空気は決定的に変わった。
――この瞬間、宗教機関は自らの焦りによって動き始め、
学院内の派閥争いは、静かに“宗教問題”へと拡大していく。
そして当のレティシアは、まだ何も知らぬままだった。




