レティシア本人は知らないまま事態が進行する
レティシアは、いつも通り本を抱えて講堂へ向かっていた。
朝の風はひんやりしていて、
校舎の大理石の床に射し込む光は清潔そのもの。
きっと今日も、淡々とした授業が始まる──
そう思っていた。
しかし、その数歩うしろに、
見覚えのない学生がついてきていることに気づく。
(……誰だろう?)
首をかしげて振り返ると、
相手は自然を装うように視線をそらし、
歩調を緩める。
追ってくるでもなく、離れもしない。
まるで彼女の動きを“確認”しているかのようだった。
胸に微かな不安が落ちたが、
レティシアは気のせいだと思い込んで歩みを続けた。
寮へ戻った夜、
着替えを終えてカーテンを閉めようとした瞬間──
窓の外に、誰かが立っていた。
暗い中庭の端。
近くではない、遠くでもない。
ただ、こちらを見ているように感じる距離。
(……気のせい。そうよね、きっと)
レティシアは勢いよくカーテンを閉じた。
けれど胸の奥には、
じわり、じわりと“嫌な予感”が満ちていく。
彼女の知らぬところで──
すでに学院内では、複数の派閥が彼女を取り巻き、
“誰がレティシアを管理下に置くか”という
静かな戦が始まっていた。
帝国、連邦、聖務院、学術派、貴族派……
それぞれが自分たちの価値観と利害のために、
レティシアを“必要な存在”として扱い始めていた。
だが本人だけは、その渦に巻き込まれている自覚がない。
本当にただ、
勉強して、魔導式を練習して、
友人たちと他愛もない会話をしていたいだけなのに──。
そんな中、学院長は深夜の執務室で書類に目を落とし、
重いため息をついた。
「……この学院は、もう“学問の場”だけではいられないのだろう」
その独白は、
誰にも届かぬまま石壁に吸い込まれていく。
だが確かにそれは、
一つの時代が終わり、
新たな“歪んだ未来”が始まる合図だった。
レティシアという名の少女を中心に──
世界の駒が、音もなく盤上に置かれ始めていた。




