議題が“レティシアの扱い”へ収束
議論は混乱し、堂々巡りに陥っていた。
帝国の意図、連邦の真意、学院の中立維持──
無数の可能性が絡まり合い、誰もほどけない。
だが、次第にその糸は、まるで自然と吸い寄せられるように、
ひとつの一点へと収束していく。
――レティシア・アーデルハイト。
その名が、会議室の空気を変えた。
教務官が静かに、しかし逃げ場のない声音で口を開く。
「帝国も連邦も、彼女に関心を示しています。
安全保障の観点からも……彼女の“身柄管理”が必要かと」
“身柄管理”。
人ではなく、危険物の扱いについて語るような響きだった。
ゼフィル教授は、眉間に深く皺を刻んだ。
「彼女はただの努力家の学生だ!」
言葉に怒りと、どこか痛みが混じる。
「観測対象? 宗教的中心? そんな馬鹿げた扱い、許せるか!」
教授の声には、彼女をよく知る者だけが抱く
切実な“人としての尊厳を守りたい”という思いがにじんでいた。
しかし聖務院の学者は、冷ややかな視線で反論する。
まるで、感情を一滴も含まない硝子のような声で。
「現実として──学院で最も“影響”を受けたのは彼女です」
淡々と告げながら、机上の資料を指で押し示す。
「外部が彼女を中心と見なす以上、学院も対処せねばならないでしょう」
つまり、
“外が勝手に決めた中心にされている以上、
学院も巻き込まれるしかない”ということだ。
論理としては正しい。
だが、あまりに冷酷だった。
ゼフィル教授の握った拳が、机の下でじり、と軋む。
会議室に、長い沈黙が落ちる。
それは誰も、
“学生一人を政治の中心に置きたくない”と分かっていながら、
それを否定できないという、苦しい沈黙だった。
やがて、学院長が深く息をつき、
椅子の背にもたれたまま、重い言葉を落とした。
「……レティシア嬢の安全を、学院として保証する。
だが、それがどこまでできるかは……分からない」
その言葉は、学院という巨大な船が
嵐の中で軋む音のように聞こえた。
こうして、名前を呼ばれた一学生を中心軸に、
学院の全機構が動き始めてしまった。
誰も望まなかったはずの渦が、
静かに、しかし確実に、
レティシア・アーデルハイトという少女を呑み込もうとしていた。




