緊急教務会議の招集
学院中央棟の最上階。
普段は年に数度しか使われない重厚な会議室に、
その日だけは異様な早さで人々が集まっていた。
学院長、各学科長、聖務院から派遣された神官学者、
安全保障担当官、そして魔導学上級顧問・ゼフィル教授。
長い楕円の机を囲む彼らの顔には、同じ色が浮かんでいる。
それは重苦しさではなく──焦燥。
まるで、閉じた扉の外から“世界”が押し寄せてくるのを
必死に押しとどめているような気配だった。
学院長は、普段の穏やかさとはほど遠い声で会議を開いた。
「国外の干渉は避けるべきだ……」
疲労のにじむ声が、会議室の木壁に鈍く反響する。
「だが、完全に拒絶すれば政治問題になりかねない」
その言葉だけで、全員が視線を交わした。
聖務院の神官学者が、苛立ちを隠さぬ口調で口を開く。
「帝国神統院の意図は不明……いえ、
王国の宗教権威を揺さぶる気なのは明白です」
机に置かれた書類を指で叩きながら、
言葉の端々に“宗教戦争の危険”をにおわせる。
対して、安全保障官は冷静に反論した。
「しかし、連邦の観測官ユールグは軍属ではありません。
学術部門の人間です。
帝国に比べれば、政治的圧力ははるかに低いかと」
「低い?」
神官学者は即座に眉をつり上げる。
「精霊観測局は連邦のインフラそのものです。
“学術”の名で介入するのは連邦の常套手段でしょう!」
その場にまた別の火種が落ちる。
そして、ゼフィル教授が机を叩いた瞬間、
会議室の空気がビクリと震えた。
「どちらが来ようと関係ない!」
怒声は普段の飄々とした彼から想像もできないほど鋭い。
「学問の場を政治の道具にされる謂れはない!」
静まり返る会議室。
張り詰めた空気の中、誰もすぐには言葉を返せない。
学院長が重く息を吐き、椅子にもたれかかった。
「……わかっている。
だが学院は世界の中にある。
世界が動けば、学院もまた揺らされる」
その悟りにも似た言葉に、全員が眉を伏せる。
議論は交差し、ぶつかり、もつれ合うばかりで、
まるで出口など初めから存在しないかのようだった。
そして誰も気づかないふりをしている。
この会議の焦点に、
“まだ呼ばれていない一つの名前”があることに。
レティシア・アーデルハイト。
彼女をめぐって、大国が学院に寄ってきている。
だがその事実に正面から触れるには、
あまりに大きな火種すぎた。
会議は収束しないまま、
学院だけが静かに軋み始めていた。




