国外使節到着の報が走る
その知らせは、早朝の鐘よりも早く学院中へ広がった。
南方帝国の《セラフィナ・ロゥ・ヴァレンティア》。
北方連邦の《ユールグ・ヴァン・フロスト》。
──二つの大国が、同時に学院へ使節を送り込んできた。
この数十年、学院史にも前例のない出来事だった。
学生寮の廊下では、その噂が炎のように燃え上がっていた。
「なんで帝国と連邦が学院に……?」
「まさか、戦争の前触れとか?」
「だって、同じ日に着いたんだぞ? 偶然なわけないだろ」
誰も確証を持っていないのに、次から次へと憶測が形を変え、
若い学生たちの間で恐怖と興奮だけが膨れ上がる。
普段はのんびりした朝食の食堂も、今日は静寂が重かった。
スプーンの触れる音と、ひそひそ声だけが聞こえる。
講義棟でも状況は変わらない。
始業前の廊下で、教授と助教が眉根を寄せながら言葉を交わしていた。
「学院はあくまで中立地帯だ。それを踏みにじる意図でもあるのか?」
「いや、情勢が情勢だ……政治の波に学院が巻き込まれたんだろう」
「しかし、両国ともこの時期に? 奇妙すぎる」
「なにか“中心”が学院に生まれたと考えるべきだろうな」
教授たちの囁きは、学生の耳に入る前に消えるが、
その険しい顔つきが、事態の重さを雄弁に物語っていた。
廊下を歩けば、どの教室の扉の隙間からも同じ空気が漏れてくる。
ざわめき。
不安。
期待。
そして──理解できない恐れ。
学院全体が、一枚の薄氷の上に立たされているようだった。
ほんの少しでも踏み外せば、
その氷は音を立てて割れ、
どれほどの深みに落ちるのか誰にも想像できない。
だが、まだ誰も気づいていなかった。
その中心に立たされるのは、一人の少女――
レティシア・アーデルハイトであるということに。
彼女の名はまだ囁かれていない。
しかし、学院に満ちる“緊張の前触れ”は確かにそこへ向かっていた。




