ユールグ・ヴァン・フロストという人物
北方連邦の観測局――
薄い氷膜が窓に張る早朝。
白い息を一つ吐きながら現れた青年が、静かに出立の準備を整えていた。
ユールグ・ヴァン・フロスト。
年齢は若き研究官としては破格の実績を持つが、
成熟した学者のような無駄のない所作をしている。
肩まで届く銀青の髪が、わずかな風に揺れた。
補佐官が、任務書を手渡しながら問いかける。
補佐官
「ユールグ研究官……本当に行くのですか?
相手は王国ですよ。外交的な圧力も――」
ユールグは首をわずかに振った。
声は低く、音の角が削ぎ落とされたように淡々としている。
ユールグ
「私は政治に興味はありません。
……精霊流が乱れた。それだけが重要です」
補佐官が苦笑を漏らす。
(まただ……この人はいつも、政治を“雑音”としか見ていない)
だがそれが彼の強みでもあった。
精霊流を見るとき、ユールグは他の何も見ない。
呼吸すら忘れるほどに、“世界そのもの”に集中する。
ユールグは出立前、観測局の塔に指先を添えた。
水晶内を流れる光の脈――精霊流の波が、彼の眼に映る。
ユールグ
「……確かに揺らいでいる。
王国学院の座標……中心に立っているのは、少女か」
任務書には淡々とこう記されている。
――第1目的:王国学院周辺の精霊流の乱れの原因解析
――第2目的:異常が再発した場合に備え、“対象”レティシアの観測
ユールグは文字を一瞥する。
「対象」という言葉にも、人間的感情を挟まず、ただ事実として受け取った。
ユールグ
「……人の名前に、意味づけをするつもりはない。
観測するだけだ」
それが彼の本質だった。
人付き合いは得意ではない。
社交も、駆け引きも、外交儀礼も。
しかし悪意はない――そもそも“余計な感情”を持ち合わせていないのだ。
ただ、彼は世界の歪みに敏感すぎる。
精霊流がわずかに乱れれば、
その揺らぎの“温度”や“方向”まで読み取ってしまう。
補佐官
「……ご武運を。ユールグ研究官」
ユールグ
「戦いに行くわけではありません。
ただ記録を残しに行くだけです」
青年はひとつ息を吸い、
雪原へ続く回廊を静かに歩き出した。
――こうして、
北方連邦で最も冷静な観測者が王国へ向かう。
それが、後にレティシアにとって
“最も近い外国人”となるとは、
このとき誰も想像していなかった。




