ゼフィル教授の敵意むき出しの警戒
黒板に魔法陣の式が半ばまで書かれたところで、
ゼフィル教授の手が止まった。
白いチョークが、ぱき、と乾いた音を立てて置かれる。
そのまま、教授はゆるりと振り返った。
視線はまっすぐ、聖務院の調査官へと向けられる。
鋭いというより、氷柱のように冷たい。
刺すのではなく、凍らせる眼だ。
教室の空気がひと呼吸で張り詰める。
「……何のつもりだ?」
その声は、低く、抑えられている。
だが怒りの芯だけは隠せていない。
調査官はまったく怯まず、淡々と立ち上がるでもなく、
ただ座ったまま、機械仕掛けのような口調で言葉を落とした。
「聖なる現象の観察です。
学院内で発生した“因果徴”について、
上から指示がありましたので。」
因果徴――
その単語が発せられた瞬間、
教室の温度がひやりと下がった。
学生たちの視線が一瞬だけ揺れる。
誰も名前を出さないが、その中心にいるのはレティシア――
いや、レティシア“だと思われている何か”。
健次郎の背筋が、反射的に硬直した。
(おいおいおい……ここで俺のことを堂々と口にするなよ……!
これ、絶対に火種じゃ済まないだろ……!)
だが、彼女の震えを誰も拾わない。
すべての視線は、教授と調査官に集中していた。
ゼフィルの瞳が細くなる。
「宗教概念を講義に持ち込むな。ここは学術機関だ。
我々の場に、勝手に足を踏み入れるな。」
吐き出すような言い方だった。
その背には、魔法学院の伝統と気骨がすべて詰め込まれている。
対して調査官は、まるで空気を読まない。
「神の御心は、境界を選びませんので。」
淡々。無味。無表情。
学院の論理そのものを鼻で笑うような物言いだった。
次の瞬間――
ぱん、と誰かが息を呑む音が、教室に響いた。
学生たちは思う。
これはただの口論ではない。
価値観と権威の衝突。
双方が絶対に退かない立場からの激突だ。
学術至上のゼフィルと、
神意絶対の聖務院調査官。
その二人が、一歩も譲らず真正面からぶつかっている。
レティシア(健次郎)は、胸が重く沈むのを感じた。
(……俺が原因なのに……
どっちの肩を持つこともできない……
いや、それ以前に――巻き込まれたくないんだけど……。)
だが現実は、本人の願望とは逆方向へ進んでいく。
教室の空気は、張り詰めた糸のように危うく震えながら――
次の瞬間、断ち切れる音を待っていた。




