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伝説のレフリー津久田健次郎、悪役令嬢に転生す。  作者: 南蛇井


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38/82

異様な静けさで始まった講義

午前の光が、魔法学院・西棟の講義室に横から差し込んでいた。

いつもなら、席を確保しようとする学生たちの小競り合い、

直前まで課題を見せ合う小声、無意味な笑い声が交錯する時間帯だ。


だが、その日は――やけに静かだった。


ゼフィル教授が教壇に立ち、

黒板に魔法陣の基礎式を書きながら淡々と声を発したところで、

その“静けさ”の理由が明らかになる。


きしむ音すらないほど滑らかに、教室扉が開いた。


ひやりとした空気が流れ込む。


入ってきたのは、学院とは無縁の色をした男。


灰色の外套は宗教機関所属の証。

胸の祈祷章は、魔法とは対極にある神意を示す。

その目は、まるで生物を観察する器具のように無機質だった。


男――聖務院の《神意調査官》は、

教室中央列の空席に静かに腰を下ろした。


ざわっ、と学生たちが揺れる。


魔法学院の授業に聖務院の調査官が入ることなど、本来あり得ない。

学術と宗教は相容れず、むしろ互いを遠巻きに牽制し続けてきた歴史がある。


その禁忌を、いま目の前で破って座り込んだ男は――

しかし一言も発しない。


ただ、教室全体を“観察”していた。

まるでこの場そのものが実験対象であるかのように。


レティシア(健次郎)は、背筋に冷たい汗がつたうのを感じた。


(……来た。

 とうとう宗教方面が……実働部隊を送り込んできた……!)


しかも、よりによって自分が受講するゼフィル教授の講義に。


彼女は理解していた。

調査官の目的は明白――


自分に関する“神意の兆候”を、直接観察しに来たのだ。


だが筋違いもいいところだ。

健次郎としては「ちょっと場を片づけただけ」だし、

超常の力を振るった覚えなど一つもない。


それでも、彼女は抗議することができなかった。


学院側から見ればただの一年生。

聖務院から見れば“観察対象”。

家門から見れば問題児のレッテルを貼られた端役令嬢。


拒絶するだけの権限など、どこにもない。


そんな中、ゼフィル教授がゆっくりとチョークを置いた。


「……何のつもりだ?」


静寂を破ったのは、低く押し殺した怒りの声。


調査官は、まったく動じなかった。


「聖なる現象の観察です。」


淡々とした一言。説明と呼ぶにはあまりに粗末で、

言い訳と呼ぶにはあまりに堂々としている。


教室の空気が、音を立てて凍りついた。


ゼフィル教授の額の皺が深くなる。

一歩、教壇から踏み出し――


「宗教概念を講義に持ち込むな。

 ここは学術機関だ。」


声は低く、しかし刺すような鋭さを帯びていた。


対して、調査官は瞬きすらせずに応じる。


「学術と神意は矛盾しません。

 ただ――真実に階梯があるだけです。」


その瞬間、学生たちの背筋が一斉に震えた。


学院側の“学術信仰”と、

聖務院側の“神意絶対”――

どちらの価値観も譲らぬまま、火花が弾けた。


これは、後に学院史に刻まれることになる

《聖務院 vs 魔法学院》第一次対立の火種。


まだ誰も気づかない。

レティシア以外は。


(……これ、絶対俺が原因だろ……

 でも、どうしようもない……!)


彼女はただ、席に座って震えるしかできなかった。

中心にいるのに、何一つ手を出せない立場で。


いや、だからこそ――

“中心”として巻き込まれていくことだけは、止められなかった。

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