でも――レティシアは立ち止まれない
夕刻の空気が少し冷えてきた頃。
レティシア(健次郎)は歩きながら、
まるで自分の背中だけが世界から“ひっぱられている”ような違和感に襲われていた。
普通に、ただ普通に学院生活を送りたい――
それだけなのに、足元の地面は勝手に傾き、
周囲の視線や噂は、彼女を中心に渦のように巻き始めている。
止めようとしても、どうにもならない。
◆否定しても、逃げても、距離を置いても…
気づけば、どんな行動を取っても
周囲の解釈が“勝手に補正”されてしまっていた。
否定すれば――
「謙虚さの極み」「自分に驕らぬ姿勢」と称賛が返ってくる。
逃げようとすれば――
「清らかすぎるから俗世を避けている」と美化されていく。
距離を置けば――
「高貴な孤高さ」「精神性の高さ」と解釈される。
まるで、レティシアが発するどんな言葉・行動も
世界の側が“正解”を自動生成してしまうかのようだ。
そのたびに、健次郎の心に冷や汗が走る。
◆レティシア(健次郎)心の声
(……なあ、待ってくれ、世界。
本気で俺を中心に据えようとしてないか……?)
学舎の廊下で、ふいに視線が集中する。
数人が軽く会釈し、遠巻きに彼女を噂する声が聞こえる。
(俺、王道ヒロインでも聖女でもないぞ……?
中身はただの一般人、
せいぜいフラグ管理に慣れてるだけの“モブ転生者”なんだけど……?)
両手を広げて否定したい思いにかられるが、
実際に口を開けばまた別の称号が上乗せされてしまうのが目に見えている。
(……いや、ほんと勘弁してくれ……
俺はただ、静かに生きたいだけなんだよ……?)
しかし、悲しいことに――
その静かに生きようとする姿勢すら、“気品”として評価されてしまう。
夕陽に照らされた廊下を歩きながら、
レティシアは思う。
どれだけ走ろうとも、世界が後ろから押し寄せてくる。
止まりたくても止まれない。
歩幅を小さくすれば、それすら周囲が美徳だと誉めそやす。
まるで“運命そのもの”が、
健次郎という異質な存在を
物語の中心に据えようとしているかのように――。




