違和感の洪水
校舎の石床を踏むたび、靴音がやけに響く。
そのわずかな反響すら、レティシア(中身:健次郎)には落ち着かない。
まるで、歩く軌跡そのものが“公開観察中”になっているような気分だ。
廊下を進むたび、視線が集まる。
しかも――その“意味”が、ひどくちぐはぐだった。
◆学院派の視線
レティシアの通り道にいた生徒たちは、一歩下がって道を空けた。
その顔に浮かぶのは、どこか理性的な敬意。
まるで“あの異常事態を冷静に処理できる才覚を持つ人物”として評価されているような、
研究対象を見るような、そんな落ち着いた眼差し。
◆聖務院派の視線
ところがその横では別の生徒たちが胸に手を当てて小さな礼をした。
彼らの目には、ほのかに――いや、はっきりと
崇拝に似た畏れが宿っている。
まるで“神の加護を宿した者”を見るかのような希薄な笑み。
健次郎にとっては背筋がむず痒い以外の何物でもない。
◆貴族派の視線
さらに角を曲がると、上級貴族の子弟たちが控えめに視線を投げてくる。
その眼差しには打算の光が混ざり、
“利用価値のある新星”を値踏みするような、妙に大人びた空気が漂っている。
◆政治派の視線
そして教室前の広場に差しかかると、
そこにいた政治派の生徒たちは表情を動かさず、ただ一点に視線を固定していた。
冷静というより、静かすぎる監視。
彼らはレティシアの一挙一動を、記録するかのような目で見ていた。
それら四種類の全く性格の違う視線が、
同時に彼女へ突き刺さる。
一歩進むたび、違う色の矢印が飛んできて、
“正しいリアクション”など存在しない空間が延々と続く。
レティシア(健次郎)心の声:
(いやいやいや……評価の方向性が全部バラバラなんだけど!?)
(どれが正しいんだよ……どれも俺じゃないぞ……?)
特定の役割を求められているわけではなく、
四方向から同時に別ジャンルの期待が押し寄せ、
どれに応えたとしても別の誰かに誤解される未来が確定している。
“この世界はキャラごとに都合よく視線の意味が統一されている”
――という前提が見事に崩れ去っていた。
健次郎は歩きながらそっと吐息をこぼす。
この違和感の洪水は、
彼の知るどんな乙女ゲームの仕様にも当てはまらなかった。




