63 がんばれ!ゴズル!
街に侵入したワイバーン!
トゥウランの街はどうなってしまうのか!
ゴズルは街の路地を1人で歩いていた。
そして、頬を押さえながら考え事に耽っていた。
(ツヴェルクのじじぃ……殴りやがった……。)
まさか鍛冶屋に殴られるとは思っていなかった。
しかも、殴ったツヴェルクは、言いたいことだけ言って帰って行ってしまった。
訳がわからないゴズルは、頭の整理をするだけで精一杯だ。
ーーー自分自身と向き合え……
ツヴェルクの言葉が頭をよぎる。
だが、そんなことはこれまでもずっとやってきたことだ。
あの時からずっと……。
ルキシンや当時の仲間が戻ってこず、自分だけ生き延びたと知ったあの時からずっと。
それなのに、今さら何をどう向き合えばいいと言うのか。
ゴズルはそんな思いで胸がいっぱいだった。
今度は、あの兎人族の娘の言葉が蘇る。
死者への冒涜だとか、冒険者の魂への冒涜だとか……。
まったく、ふざけるのも大概にしろと思う。
(俺は冒涜なんてしてねぇ……。)
ルキシンや仲間の魂を冒涜する気など更々ない。
むしろ、ずっと祈ってきた。
彼らの魂が報われることを……。
そして、恨むなら俺を恨んでくれと、今でもずっと願っているのだ。
しかし、そんな懺悔の感情の至る所で、あの小娘の言葉が割り込んでくるようになってしまったのは、ここ数日のこと。
それを自覚する度に、ゴズルは怒りが溢れて仕方がない。
何も知らない小娘が余計なことを言うな。
部外者に何がわかるのか。
そんな感情が、沸々と湧き上がってくる。
だが、胸の内では何かを言い当てられたような悔しさを感じていたことも、また事実であった。
確かに、罪を背負うのは辛かった。
永遠と続く道を彷徨い続けているようで、耐えきれなかった。
そうして行き着いた先が、新人潰しというクソみたいな行いだった。
あれが間違っていたことなど、ゴズル自身にもわかっていた。
それなのに、自分の半分くらいの歳の娘に、あれだけはっきりと……しかも正々堂々と言われてしまったら、認めざるを得ないではないか。
自分が間違っていたことを。
ゴズルはそんな本心と懺悔の狭間で、ずっと葛藤し続けていた。
「ゴ……ゴズルの兄貴!!」
突然、呼び止められ、ゴズルは眉を顰めた。
今は誰とも話したくない気分だったので、それは仕方がない。
だが、聞き覚えのある声が気になって振り返ってみれば、取り巻きの1人が泣きそうな顔をして立っているではないか。
「なんだ……トリスタン。そんなに焦って……どうしたんだ。」
トリスタンと呼ばれたこの男。
見てくれはチンピラのようだが、これでも一応Eランクの冒険者である。
いつもゴズルの後ろをついてまわる、いわゆる金魚のフンというやつである。
だが、いつもは2人でいることが多いのに、今日はトリスタンだけであることがゴズルには気になった。
「マキヤはどうした?一緒じゃねぇのか?」
ゴズルが問いかけると、トリスタンは息も絶え絶えに言葉を綴る。
「マキヤはいねぇ。あいつは今、街に残ってる冒険者たちと一緒に城壁にいる。」
「何か……あったのか?」
さすがのゴズルでも、異変が起きていることには気がついた。
「そ……それが……」
トリスタンは言いにくそうに視線を逸らした。
だが、ゴズルはそれが気に食わず、怒りを漏らす。
「いいから……言え。急いでんだろ?」
「あ……あぁ……実は、ギルマスたちが食い止めようとしているワイバーンの群れ……その内の1匹がこの街に向かってきてんだ。」
「……な」
ゴズルは耳を疑ったが、トリスタンの言葉に偽りはない。
「もうすぐ城壁付近で交戦が始まる……。俺はもともと近接しか出来ねぇから、街の中で待機だったんだが……やっぱり兄貴には伝えたほうがいいと思ってよぉ……。」
トリスタンは目に涙を浮かべていた。
それは、ワイバーンに対する恐怖というより、自分に対する配慮からくるもの。
ゴズルにはそれがわかっていた。
トリスタンもマキヤも、ゴズルの過去を知っている。
知っていて、彼のパーティに所属している。
知っていて、一緒に新人潰しなんてくだらないことをやってきた。
それは、彼らがゴズルを慕っているから。
ただそれだけの理由である。
しかし、だからこそトリスタンは言い難かったはずだ。
ゴズルにとってワイバーンは心傷であり、触れられたくない慚愧の原因でもある。
それを知っているからこそ、その事実を告げ難かったはず。
だが、それでもトリスタンは自分に伝えたということは、そのワイバーンを相手にできる冒険者はもはや自分しかいないかもしれない。
そういうことであろう。
「そうか……試練ってわけだな。」
そう言いながらも、ゴズルは自分の手が震えているのがわかった。
心の底から湧く恐怖心がトラウマを抉るような感覚は、簡単に吐き気を招き入れる。
「すまねぇ……兄貴の気持ちはわかってんだ。でも……この状況は……」
トリスタンの言葉を聞きながら、気持ちを落ち着かせようと大きく深呼吸する最中で、ツヴェルクの言葉がなぜか思い返される。
ーーー自分自身と向き合え。
(うるせぇ……くそじじぃ……)
ゴズルは心の中でそう呟いた。
呟いたところで何か変わるわけでもないが、呟いて歩き出す。
「あ……あにき……?」
「お前は住民の避難を手伝え……。」
ゴズルは立ち止まることなく、トリスタンにそう告げた。
「で……でも……」
トリスタンは立ち竦んだまま、心配そうにゴズルを見ていたが、その背中に何かを感じ、自分のやるべきことをすべく走り出した。
(兄貴……頑張ってくだせぇ!!)
その時だった。
城壁のほうから大きな爆発音が聞こえたのは。
◆
(さぁて、どこをどうしようかなぁ〜アハッ!)
街へと侵入したワイバーンは、そう思っていた。
いや……正確にはこのワイバーンを操作しているエルバが思ったことだ。
(そういえば、避難するときは貴族の敷地……だったなぁ〜。)
ワメキアから聞いた情報を思い出し、エルバ……否、ワイバーンは笑みを深めるように鳴いた。
そして、辺りを見回して見つけたホウレン家の屋敷。
そこへ進路を変える。
(だいぶ人は集まったかなぁ〜どれくらい殺せるかなぁ〜!)
悠々とした様子で飛んでいくワイバーン。
その眼下に広がる街の風景を楽しげに眺めるエルバ。
空から見下ろす風景は、とても気持ちがいいものだった。
ふと、エルバはその視覚に逃げていく小さな影を捉えた。
逃げ遅れたのか、それとも迷子になったのか。
小さな影の正体は、年端も行かぬ少女。
逃げる方向がわからずにウロウロとしている様子は、エルバの童心をくすぐった。
(よっし!まずは、アレからだねぇ〜!)
ワイバーンはすぐに旋回すると、少女の下へと向かう。
そして、泣きべそをかいて走り回っている少女の目の前に、大袈裟に着陸した。
「……ひっ!」
翼によって吹き荒れる風。
着地する時に起こる地響き。
少女はすぐに尻餅をついた。
人は本気で驚いたとき、声が出なくなる。
これは、脳が危機を察知して「闘争・逃走反応」に入り、自律神経が発声に必要な喉の筋肉を一時的に硬直させる「生理的反応」が原因で……と、そんなことはエルバが知る由もないが、少女の恐怖で歪む表情はエルバをさらに喜ばせたのは間違いない。
(いいねいいねぇ〜!その顔いいなぁ〜アハッ!)
「グギャオォォォォ!!」
エルバの感情に反応して、ワイバーンが咆哮を上げた。
少女は目を見開き、涙と鼻水を垂れ流しているが、助けを呼ぶことはできそうにない。
おそらくは、声が出せないほどの恐怖を感じているのだろう。
それがエルバにとっては、堪らなく快感であった。
エルバの意思によって、ワイバーンがゆっくりと顔を近づける。
エルバはその視界から見える絶景を、ゆっくりと堪能した。
鼻を近づけ、匂いを嗅ぐと、少女は自分の体を抱いて丸くなった。
それがおかしくて爪で軽く小突けば、コロコロとボールのように転がっていく。
(ダンゴムシみたい!)
まるで庭で見つけた小虫で遊ぶ子供のように、エルバはワイバーンを操作して、少女で遊んでいた。
だが、それもすぐに飽きが来る。
反応も反抗もしない虫など、子供にとってはただの石ころと同じだ。
エルバの興味はすぐに冷め、その飽きを終わらせようと考えた。
(そろそろ……メインディッシュにしようかなぁ〜。)
エルバがそう考えると同時に、ワイバーンの大きな口が開いた。
尖った牙が無数にあるその大きな口腔は、少女の体など一口で食い殺せるだろう。
(いただきまぁ〜す!!)
エルバがそう思うだけで、ワイバーンは簡単に行動を実行する。
「ガァァァァァ!!」
大きな口が少女に襲いかかる。
無数に並ぶ凶悪な牙たちが、少女の頭目掛けて……。
だが……
「グランドウォール(土壁)!!!」
言葉とともに、突然、土の分厚い壁が隆起した。
少女とワイバーンの口の間に滑り込み、間一髪のところでその小さな命を救ったその壁は、ゴズルのスキルだった。
(なにぃ〜?このハゲのおっさんは!)
エルバはとても不愉快になった。
気持ちよくなる寸前で、邪魔が入ったのだから無理もない。
目の前で少女を助け、逃げるように促している丸坊主の男がとても気に食わなかった。
結果、エルバは目標をゴズルに変えると、怒りを放出するように大きな咆哮を上げた。
今回もご愛読いただき、ありがとうございました!
ゴズルのトラウマと見せ場。
このあと一体どうなるのか必見です!
たぶん、予想外…のはず!




