61 冒険者たるは
今回はふたつの視点。
混乱した戦場でのクリスと、もう1人…悩めるゴズルさんです!
トラウマ…乗り越えられるのか。
「みんな、落ち着け!!隊列を乱すな!!」
クリスはそう叫んだが、周りの冒険者たちにその声は届かなかった。
戦場であるこの草原全体に混乱が渦巻いており、各小隊の境目はほとんどない状況だ。
隊列はもはや意味を為さず、各小隊はバラバラ。
完全に乱戦状態になっていた。
この状況を見て、クリスは焦りを感じていた。
このままでは戦線を突破されかねない……そう考えていたのだ。
そもそも、このワイバーンたちは何なのか。
その疑問がクリスの頭から離れない。
遠距離攻撃部隊の砲撃をかわしたことには、確かに驚いた。
だが、最初は半信半疑であった。
散り散りに逃げたワイバーンたちは、たまたま攻撃に当たらなかっただけなのでは?
半分はそう思っていた。
だが、間近であんなものを見せられては、信じるしかない。
(俺らは誘い込まれたわけだ……。こいつらは……あの大型のワイバーンは確実にヤバい!!)
先発隊であった自分たちの小隊がワイバーンの群れと交戦を開始した直後、大型のワイバーンが何やら指示を出し、すぐに自分たちの群れを4つのグループに分けた。
そのことにも驚いたが、その後の方がもっと問題だった。
奴らはまるで、訓練された兵士のように隊列を組み直すと、自分たちに向かってくる冒険者の各小隊に対して攻撃を始めたのだ。
本来、4つの部隊で四方から挟撃する予定が、完全に目論見は外された。
予想外の出来事に翻弄された冒険者たちは、散り散りになり、現在目の前に広がる乱戦状態となってしまっている。
(ものの数分もしないうちに……こちらも少し侮っていたのかもしれないな。)
自分たちは冒険者である。
帝国兵のように、日々練度を高めるために様々な訓練をしているわけではないが、臨機応変さには自信がある者ばかりだ。
ダンジョン攻略や魔物との戦闘など、冒険者の戦いは常に臨機応変さが必須となるから、そういう思考になるのは必然だろう。
だから、この戦場にいる冒険者のほとんどが、この状況をあまり危惧していなかったのかもしれない。
だが、組んでいた隊列がこうも簡単に瓦解させられたことで、そんな考えは皆の頭から吹き飛んでいるだろう。
クリスは腹立たしく感じていた。
(こうなることは、ちゃんと考えれば予想できたかもしれないな……。)
クリスは湧いてきた悔しさから、歯を食いしばる。
ギルマスのガルシュが気づくべきであったことかもしれないが、クリスはそうは思わない。
ガルシュは全体の指揮に加えて、公爵家への連絡やその他手続きなど、たくさんのことをこなさなければならなかった。
ならば、これはBランクである自分が気づくべきこと。
そう考えていたのだ。
だが、悩んでいても戦況というものは良くならない。
逆に悪くなる一方。
それは戦場における真理である。
この状況をひっくり返し、ワイバーンを撃退するためには、まずはBランクである自分が打開するための一手……他の冒険者たちの士気が上がる策を打たなければ……。
そう考えて、周りを観察し始めた。
まず、ワイバーンの群れは4つのグループに分かれており、そのひとつひとつに7匹程度のワイバーンがいるようだ。
奴らはまとまることなく、それぞれが距離を置き、冒険者たちの相手をしている。
(まとめてやられないようにしているのか……?何にせよ、厄介な奴らだ……。)
対する冒険者たちは、混乱しながらも個々がなんとか攻撃を行っている。
その辺は冒険者らしいと思うクリスだが、やはりワイバーンの攻撃は重い。
ランクの低い者から耐えられずに倒れていく様子に、クリスは拳を握った。
このままでは本当にまずい……。
全滅する可能すら出てきた……。
そうなれば、街を守ることは難しくなる。
そんな最悪の未来を想像してしまい、クリスはさらに焦りを感じていた。
トゥウランの街がワイバーンたちによって蹂躙される。
そんな未来が頭から離れない。
この街に来て、もう何年になるだろう。
冒険者として活動し始めた、謂わばクリスにとっては第二の故郷。
街の人々は皆優しく、仲間の冒険者たちも気さくで仲間思いの奴らばかり。
そんな大切な居場所が無くなってしまうなんて、絶対に嫌だ。
(この街は守るんだ……絶対に!だけど……)
この状況を覆す一手が見つからない。
大型のワイバーンも少し高い位置から戦況を眺めており、クリス単独ではあの位置には届かない。
(どうすれば……くそ!)
ただ眺めているだけの時間が過ぎていく。
焦りだけが……募っていく。
だが、その時だ。
あるものがクリスの視界に映り込んだのは。
「周りの者たちとパーティを組め!いつもの仲間がいなくても、即席で構わない!」
「攻撃を当てようとするな!まずは防御だ!!周りを頼れ!!」
「無理に……突っ込まない……戦況を……よく見て。」
モルドリー、マシェット、ロビン。
クリスのパーティメンバーたちが、体制を立て直そうと必死に指示を出している姿がクリスの目に映ったのだ。
(あいつら……!くそっ……俺はバカだ!!)
自分のパーティメンバーたちの必死な姿。
それはクリスに冷静さと勇気を与えた。
もう一度周りを見渡すと、冒険者たちの状況がよくわかる。
冷静さが、クリスに視野の広さを取り戻させたのだ。
「みんな!!まずは落ち着いて自分を守れ!!冷静になれば、奴らの攻撃は避けられるはずだ!!」
クリスの叫び声は、周りの冒険者たちに冷静さを伝染させた。
彼らは少しずつ落ち着きを取り戻していく。
「怪我した者がいれば、そいつの安全確保を優先してくれ!!あとの者は周りの仲間たちと連携!!即席でいいからパーティを組め!!」
その指示は、付近の冒険者たちの勇気に変わる。
不安と焦りが浮かんでいた彼らの目には勇気が灯り、戦況が落ち着き始めていた。
「うわぁ……!!やめろ……やめてくれぇ!!」
近くで、1人の冒険者がワイバーンに襲われていることに気づき、クリスはすぐにその仲間の下へと駆けつけた。
「火術・フレイムインパクト(火龍地爆)!!!」
「グギャッ……!」
炎を纏う大剣がワイバーンの頭上から叩き下ろされ、悲痛な呻き声が溢れた。
頭に強烈な一撃を受けたワイバーンは、そのまま真っ二つに体を分け、その体を燃やす。
「ク……クリス、すまねぇ!」
「気にするな!戦いはこれからだ!立てるか?」
クリスが差し出した手を取り、その冒険者はこくりと頷いた。
(ここからだ……戦況を覆す!!)
クリスはそう決意を固めた。
戦場の混乱は、なおも続いている。
だが、今この時は誰も気づいていなかった。
クリスはもちろん、ガルシュでさえも……。
この混乱に乗じて、1匹のワイバーンが街の方へと飛んでいっていたことに。
◆
Dランク冒険者ゴズルは、1人街の噴水の縁に座り込んでいた。
体が小刻みに震えている。
その震えは、街にワイバーンが迫っていると聞かされた時からずっと止まらない。
すでに前線で戦う冒険者たちは現地へ向かい、準備を終えた頃だろう。
だが、自分はそこに行くことができなかった。
「ルキシン……」
今でもあの時の彼の顔は忘れられない。
自分が殿を務めると覚悟を決め、仲間たちを先に行かせたあの時、振り返ったあのルーキーの不安そうな顔がずっと頭から離れない。
そのあと、自分はワイバーンのひと吹きで吹き飛ばされ、彼らのその後はわからない。
ゴズルは頭を抱えて俯いた。
あんな思いは、もうごめんだ。
ルキシンは自分が殺したも同然。
彼の育成を任されたのに、何もできずに帰還した自分の責任……。
ゴズルはこれまで、ずっとその十字架を背負って生きてきたのだ。
(くそっ……なんだってこんなことに……なんでまた、ワイバーンなんだ……。)
ゴズルは苛立ちを隠せなかった。
今回の魔物がワイバーンでなければ、こんなに悩むことはなかったはず。
なのに、まるで自分の心の傷を抉るかのように、ワイバーンによる襲撃は起きたのだ。
その事実に、ゴズルは辟易する。
だが、それと同時に、あの兎人族の娘の言葉が頭をよぎった。
ーーーお前の行動は死者を……冒険者の魂を冒涜している。
無茶苦茶な奴だと思った。
なぜ自分が、そんなことを言われなければならないのか。
本気でそう思っていたし、そんな筋合いはないとも思っていた。
でも、あの娘の言葉のせいで頭の中に冒険者の矜持が浮かんでくるのも、事実だった。
生き様に詰め込まれた信念や哲学。
名誉や利益、あるいは冒険そのもののために、危険や試みに挑戦する不屈の精神。
そして、それに対する覚悟……。
それらは他人がどうこうできるものではなく、冒険者それぞれが自分の胸に刻み込んでいるもの。
そして、ゴズル自身もそれは同じだった。
(あんな乳臭いガキにそれを言われるなんてな……。)
ゴズルが鼻で笑いたくなる気持ちを抑えていると、ふと人の気配を感じて顔を上げた。
目の前にいたのは、鍛治師のツヴェルク=エドガーだった。
彼のことは冒険者なら誰でも知っている。
ギルドでも有名な男で、気に入った奴にしか装備を打たない鍛治師。
そんな彼が自分に何用かと、疑問が浮かぶ。
「お前さん……こんなところで何やってんだ。」
問いかけたツヴェルクの表情には、明らかに不満の色が浮かんでいるが、対するゴズルも負けてはいない。
「何をしようが、俺の勝手だろうが……。」
自分の心内を悟られぬよう、ゴズルは吐き捨てるように言葉を綴る。
だが、近づいてきたツヴェルクが取った行動は、ゴズルにとって思いもよらぬものだった。
突然、頬に感じる強烈な痛み。
それはツヴェルクに殴られた証だった。
「お前……娘っ子2人にやられたらしいな。」
なぜ殴られたのかはわからないが、感情を逆撫でするような言葉にゴズルは勢いよく立ち上がる。
だが、目の前のドワーフの表情を見たら、なぜだが怒りは収まった。
そんなゴズルの感情を見透かしたように、ツヴェルクは言葉を綴る。
「あの娘は……父と師を亡くしとる。」
「……!」
ツヴェルクが何を言いたいのかはよくわからないが、それを聞いたゴズルは驚きを隠せなかった。
ツヴェルクは最後にこう告げた。
「自分自身とちゃんと向き合えよ……。」
そう言うと、ツヴェルクは背中を向けて歩き出す。
そんなドワーフの男に対し、ゴズルは何も言えず、静かに去っていく背中を眺めていた。
今回もご愛読いただき、ありがとうございました。
ゴズルはツヴェルクの思いをどう受け止めたのでしょうか。そして、戦場の混乱に乗じて街へ向かった1匹のワイバーン…。
今後どうなるのか。
ご期待ください!




