6 師匠とわたし③
さらに1週間が経つ頃には、わたしは"魔力操作"の基礎を自分のものにしていた。
全身に魔力を巡らせる"循環"と、その魔力を自在に操る"操作"。
この1週間はそれだけに集中し、繰り返して行なったことが良かったのかも知れない。
もちろん、初めは上手くいかないことだらけだった。
けど、そんな時は師匠であるダビドが必ず声をかけてくれた。
すると、なぜだか上手くできるようになる。
彼の教えは本当に的確で、どんな場面でもわたしの苦手な部分を必ず見抜いていた。
なぜそんなところまで分かるのだろうか。
それが少し不思議だったけど、素直にその教えを聞き続けた結果、わたしは"循環"と"操作"を常に自然体で扱えるようになった。
「ウォーターボール。」
精神を統一したまま、静かにスキルを発動する。
目の前には直径5メートル台の水の塊が現れ、ゆらゆらと水面を揺らしている。
これまでは手から小さな水の球を放つだけしかできなかったけど、"魔力操作"を体得した今では、大きさだけでなく発現したものをそのまま維持できるようにまでなっていた。
「ほう……もうそこまでできるようになったんか。」
後ろから、静かで優しい声が聞こえた。
ゆっくりと振り返ると、師匠の優しい笑顔がある。
「はい!お師匠のおかげです!」
「なぁに、全てはお主の才能じゃよ。」
師匠に誉められて少しこそばゆくも感じるけど、それは素直に嬉しかった。
この1週間の間で、わたしはダビドを師匠と呼ぶことに決めた。
師匠は嫌がっていたけど、最後は受け入れてくれた。
「さて……ではでは、そろそろ次のステップじゃな。」
わたしが満足げに笑っている傍らで、師匠は何かを思案し始める。
そして、突然こう告げた。
「一度、仕合ってみるかのぉ。」
拾い上げた2本の木剣のうち、そのひとつをこちらに差し出して、彼はニカッと笑っている。
「え……!?仕合うって……」
言葉の意味がわからず、わたしは混乱していた。
だが、どうやら師匠は本気らしい。
「言葉のとおり、わしと手合わせ願おう。」
「で……でも……わたしじゃ、お師匠には敵いません。」
そう言いながらも、師匠の勢いに押されて木剣を受け取ってしまう。
「難しゅう考えんでよい。敵う敵わんは関係ないからな。魔力操作は実戦で使う方が遥かに伸びるんじゃ。」
その言葉を聞いたわたしは、なるほどと納得した。
でも、その反面、心の奥では「なんで実戦が必要なのかな……?」という疑問も浮かぶ。
とはいえ、師匠であるダビドがやる気満々なのだから、弟子がそれを断るはずもない。
わたしは言われるがまま、彼の前で木剣を構えた。
もちろん、剣の構え方なんて知らないから、両手で持って剣先を師匠に向けるだけ。
彼にとってみれば、内股で構えたわたしは、息を吹きかけられただけで飛んでいっちゃいそうなくらい弱々しく見えているはず……。
「ふむ……とりあえずはよかろう。ただし、魔力操作を忘れるな。どんな時でも"循環"と"操作"を意識するんじゃ。」
彼にそう言われ、わたしはこくりと頷いた。
魔力を体に巡らせる……魔力を体に巡らせる……
そう胸の中で唱えながら、集中力を高めて魔力を全身に纏わせる。
「よい魔力操作じゃ。乱れも少ない。ならば、その状態でわしに打ち込んでみぃ!」
彼は珍しく語気を強めて言った。
そんな言霊に圧倒されたのだろう。
わたしは反射的に師匠に飛びかかっていた。
「うわぁぁぁぁ!!」
声を上げながら間合いを詰めると、真上から彼の脳天目掛けた真向斬り。
だが、当たり前だけど、その打ち込みはいとも簡単に受け止められてしまった。
「体重の載せ方が甘いのぉ。最後の踏み込みをもっと強くしてみぃ。」
ギリギリと剣同士を交えながら、師匠は済ました顔でそう指導してくれる。
わたしの方はといえば、興奮したからちょっとだけ息が上がってしまった。
でも、次は教えられたとおりに、ちゃんとやらなくちゃ。
交えた剣を下ろし、わたしは元の位置まで戻ると、再び木剣を構える。
「この際、構えはなんでも良い。じゃが、魔力操作と最後の踏み込み。これを必ず意識するんじゃ。」
その指導に小さく頷いたわたしは、目を閉じてゆっくりと深呼吸をして心を落ち着かせる。
魔力操作と踏み込み……魔力操作と踏み込み……
「ふぅぅぅ…………行きます!!」
大きく息を吐いた後、わたしは気持ちを切り替えた。
鋭い視線を師匠に向けると、両脚に魔力を移動させていく。
そして……
「はぁぁぁぁぁ!!!」
わたしは脚に集めた魔力を解放すると、彼に向かって疾走する。
力強く力強く力強く……!
それに、もっと……速く速く速く速く速く速く!!
…………踏み込みも!踏み込んで……踏み込む踏み込む踏み込む踏み込む!!
頭の中はそれだけしか考えていない。
そして、彼との間合いに入るや否や、わたしは思い切り踏み込んだ。
一瞬、足元で鈍い音が鳴った気がしたが、今はそれどころではない。
師匠が片手で構えた木剣に、自分が持つ木剣を思い切り打ち込んだ。
すると、これまで感じたことがないほどの衝撃が、木剣を持つ手を通して全身に響き渡った。
い……痛い……!
その衝撃に一瞬戸惑ってしまう。
でも、剣は絶対に離すもんか!
たぶん、この一撃は今のわたしにできる渾身。
お師匠に少しでも認めてもらわなくちゃ!
そんな思いで打ち込んだ渾身の一撃も、師匠とには簡単に受け止められている。
でも、先ほどと違い、彼は何かを考えているようにも見えた。
わたしは魔力を抑え、打ち込んだ剣をゆっくりと引いた。
「ど……どうでしたか?」
恐る恐るそう尋ねると、彼は少し考えるようにあご髭を撫で、ニカリと笑った。
「後ろを見てみぃ。」
そう言われ、振り返る。
すると、わたしが踏み込んだ位置であろう場所に、小さな足跡とそこから広がるひび割れが見えた。
さっきの鈍い音の正体を、この時初めてわたしは理解した。
踏み込みを強く意識したとはいえ、ここまで……。
唖然としたままその足跡を眺めていると、師匠が私の横に立って言う。
「お前さんは無意識だったようじゃが、踏み込みのタイミングはかなりよかった。それにインパクトの瞬間も。」
「え……そうなんですか?」
「んじゃ。練度はまだまだじゃが、よい魔力操作じゃったよ。」
自分では全然気づいてなかった。
けど、上手くできていたことを褒められると素直に嬉しかった。
心の底から、喜びが溢れる感覚。
お母さんに褒められた時もこんな気持ちだったな……。
そう思った瞬間、ふと母親の面影が師匠と重なった。
彼の優しさが母のそれと一致したのかもしれない。
でも、同時に失われた記憶に対するもどかしさも溢れ出した。
お母さんに……家族に会いたい……
集落に帰りたい……
みんな、どうしてるかな……
わたしはどうしてここにいるんだろう……
師匠と過ごす毎日はとても楽しかったから、こういう想いを抑え込んでくれていたんだと思う。
でも、やっぱり無くすことなんてできなかった。
ポロポロと大粒の涙が溢れ出す。
「あ……あれ……おかしいな。」
拭っても拭っても、溢れ出す涙は止まらない。
「う……ぐ……お母さん……うぅ……」
だめだ……師匠の前なんだから……泣いちゃ……
でも、師匠はそんなわたしに優しい声をかけてくれた。
「いいんじゃよ。泣きたい時は泣いてもいいんじゃ。」
望んでいたわけじゃない。
でも、その言葉にわたしの中の堰が切れた。
私は泣いた。
声を上げて。
涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにして泣いた。
「ようけ、泣け。今は目一杯な。」
わたしが泣く横で、師匠は立ったまま頭を撫でてくれる。
「お前さんの才能が見えたのぉ。良い打ち込みであった。お前さんはわしの誉れじゃよ。」
師匠の言葉は、泣いているわたしの心を大きく揺さぶった。
わたしは、大粒の涙をたくさんたくさん溢して泣き続けていた。
少しずつ成長を見せるパルト。
でも、その心には小さな陰りがあるのかもしれません。
たくさん泣いて落ち着くといいんですが!




