7 初体験は…①
大事件が起きた。
それは、大泣きした翌日の朝のことだった。
「し……師匠……!?い……今なんて……!?」
「はぁん?じゃから、魔物を狩りに行くと言ったんじゃ。」
朝食を済ませたところで、師匠があっけらかんとした顔でそう告げたのだ。
突然の提案に、わたしは腰を抜かしかけてしまう。
「き……昨日、実践形式での修練を始めたばかりじゃないですか!なのに、今日から魔物狩りって……!わたし、まだスキルを使いこなせてないんですよ!」
「じゃからじゃろうが。使いこなせるようになるために、本当の実戦で鍛錬するんじゃから。」
「いやいやいや……!そこはもう少し順を追ってからですね……!」
あまりの焦りに長い耳がピンッと突っ張ってしまう。
だが、どうやらわたしの師匠は本気らしい。
「順はちゃんと追っとるて。魔力操作覚えるじゃろ。んで、わしに良い一撃を見舞う。そしたら、魔物を狩りに行く。今ここじゃて。」
「……今ここじゃて…………じゃないって!」
わたしが師匠の真似をしながらそうツッコミを入れると、彼は楽しそうに笑った。
昨日の仕合いの後から、わたしの師匠に対する接し方が少し変わっていた。
それは自分自身でも自覚していて、おそらくは師匠のことを本当の意味で受け入れたんだと思う。
昨日のわたしは、今までないくらいに思いっきり泣いたから。
これまでも師匠の前で泣いたことはあったけど、あれだけ本気で泣いたことはなかったと思う。
でも、彼はその間、ずっとわたしの頭を撫でていてくれたのだ。
そのせいなのかはわからないけど、あの後から師匠とは母親と話す感覚で話せている。
母の面影が、彼の優しさに重なったからなのかもしれない。
昨日の夜も、2人で定番の紅茶を嗜みながらたくさん笑い合った。
だから、こんなツッコミも入れられているわけだ。
「で……でも!そのステップアップには、いくつかの問題があると考えます!」
「よし。その意見、聞こうぞ。」
師匠はあご髭を撫でながら、わたしの提案に耳を傾けた。
「はい!まず、突然魔物狩りなんて、わたしの気持ちがついていきません!」
「気持ちっちゅうのはな、大抵は気合いでなんとかなるもんじゃな。」
「い……いきなり魔物と戦うだなんて、怪我しちゃいます!」
「なぁに。怪我なんて、わしがすぐに治してやるわい。」
「……なら、死ぬかもしれません!」
「大丈夫。わしがついとるから、絶対にそんなことは有り得んよ。」
「………………」
だめだ!
師匠を説得できるほどの根拠が、全くをもって見当たらない!
わたしは地面を叩きながら、己の無力さを悔いた。
「提案とやらはもう終わったかのぉ?それじゃ、今から行くとするか。」
そう言って笑い、立ち上がる師匠。
その後ろを、わたしは仕方なくついて行くしかなかった。
しかし、突然魔物が相手だなんて、本当に大丈夫だろうか。
師匠はわたしに才能があると言うけど、わたしは今まで戦いというものに身を置いたことはない。
いわば、初体験なのだ。
そんな初心者たるわたしが、昨日の今日で魔物狩りだなんて……
わたしがそうやって頭を抱えてる様子を感じ取ったのだろう。
師匠は振り向くことなく笑う。
「それじゃよ。何事にもそういう緊張感が大事なんじゃ。何も感じんところで、いくら鍛錬しようが技術は高まらん。適度な緊張の中でこそ、技術は磨かれるってもんじゃ。」
「はぁ……そういう……ものでしょうか。」
「ほうじゃ。」
満足げに笑う師匠を見て、わたしは観念した。
師匠が決めたことには必ず従う。
これは弟子になると決めた時から、心に刻んだ約束だ。
彼を信用し、信頼する。
失ったままの記憶も、いずれは戻るはず。
だから今は、弟子として恥ずかしくないよう鍛錬に励み、師匠が誇れる弟子になる。
そう、自分自身と約束したんだ。
ゆっくりと前を歩く師匠の背中は、老人ながら相変わらず大きくて優しかった。
わたしはその背中を見て、今日の修行に向けて気合を入れるのだった。
・
・
今日の森は、妙に静まり返っていた。
普段なら、小鳥たちが私たちの後を追うように歌うのに、今日は虫の葉擦れすら聞こえない。
「妙じゃなぁ。だぁ〜れもおらん。」
「そうですね。静か過ぎます……」
わたしと同じで、師匠も違和感を感じているようだ。
彼の足取りは、いつもと比べて慎重に思えた。
「ちなみにですが、師匠。魔物を狩ると言っても、わたしはいったい何を相手にするんですか?」
「ぬ?そういえば伝えておらんかったのぉ。」
すまんすまんと笑う師匠に少し呆れてしまったが、それを知っているのと知らないのでは、モチベーションに天と地との差があるので、しっかりと確認しておきたい。
「聞いてないですよ……もう。で、何なんです?」
「今日はな、ゴブリンを狩る。」
「え……?ゴ……ゴブリン……ですか。」
ゴブリンと言えば、醜悪で小汚いあの化け物たちのことだ。
力は大したことはないけど、群れを成して行動する。
いわば、下の下の魔物。
でも、舐めてかかると痛い目を見る奴らでもある。
父が昔の経験談を話す時、そう教えてくれたことをよく覚えていたから、すぐに彼らの姿形や動きは想像できた。
「初めての相手がゴブリンなら、ちょうどよかろう。」
「は……はぁ……そういうもんですか?」
「そういうもんじゃ。」
楽しげに笑う師匠を見て、わたしは小さくため息をついた。
ゴブリンは確かに弱い存在だ。
でも、さっきも言ったとおり、舐めてかかると大怪我をする相手でもある。
もちろん、舐めるつもりは毛頭もない。
ただ、獣型の魔物と違って人型の魔物であるということが、わたしにとって脅威的なだけ。
大丈夫かな……。
正直、わたしは不安でいっぱいだった。
でも、師匠は心配なんて微塵もしていないらしい。
杖をついて、スタスタと森の中をかき分けて進んでいく。
わたしはそんな彼の後をしぶしぶと追うのであった。
◆
薄暗い森の奥。
狼型の魔物が何かの巣穴の前に座り、その奥を静かに見据えている。
彼は何かを問いかけるように、その巣穴に向けて小さく唸った。
すると、真っ暗な巣穴の中から、何者かの唸り声が聞こえてきた。
「グルル……」
それはまるで、狼型の魔物の問いかけに応えているようだ。
「ガウゥ……ワウ。」
その唸り声に対して、今度は狼型の魔物が返事をする。
すると、巣穴の中から大きな黒い塊がゆっくりと姿を現したではないか。
のそりのそりと四足歩行で歩く巨躯。
黒く茶色がかった体毛と、大きな岩でも簡単に打ち砕けそうな太い腕。
それに、どんなものでも引き裂けそうな鋭い爪。
まさに、熊型の魔物の登場であった。
狼型の魔物に比べて、その体躯は数倍にも及ぶ。
ひとたび襲いかかれば、狼型の魔物などひとたまりもないだろう。
だが、驚いたことに熊型の魔物は狼型の魔物に対して、ひれ伏すように頭を下げたのだ。
それはまるで、狼型の魔物に対する敬意を払っているようにも思えた。
「ガウ……」
狼型の魔物が小さく唸ると、熊型の魔物はその巨躯をゆっくりと起こして、ある方向へと歩き出す。
のそりのそりと。
脇目すら振らずに。
狼型の魔物の双眸が、そんな彼の後ろ姿を静かに見送っていた。
じじいとパルトの関係も、少しずつふらんくになってきましたね!
しかし、再び不穏な動きが。
この魔物たちはいったい何なのか。




