51 やるべきこと②
今回は下水道での依頼!臭そうです!
「異臭の正体はこれか……。」
目の前のワイバーンの死骸を見て、驚きを隠せないアナスタシアは、目を見開いていた。
かく言うわたしも、この光景には心から驚いていた。
ガルシュたちが街を守るため、これから戦おうとしているワイバーン。
その1個体がなぜこの街の地下のこんな場所で……下水道で死んでいるのだろうか。
そもそも、こいつが今回山奥で確認されたワイバーンの仲間なのかもわからないが……。
考えれば考えるほど謎が謎を呼び、この謎はわたしを不安に駆り立てるのに十分だった。
「何でこんなところにワイバーンが……」
「わからない……。けど、もしかするとこいつの異臭が原因……?」
生物が死ぬと、その死体は腐敗が進行していく。
これは自然の摂理であって、生き物は皆そうして地に帰り、魂は浄化される。
こんなわたしでも知っていることだが、その過程は驚くほど気持ちが悪いものでもある。
死を迎えると、まず初めに内臓が溶け出す。
次に身体中に腐敗ガスが溜まり、ありとあらゆる所が膨張して血を流し始める。
そして、異臭を放ち始め、最後にウジが湧く。
この過程を初めて聞かされた時、わたしは気分が悪くなって吐いた記憶があった。
だが、この死骸にはその過程が見受けられなかった。
「でも……腐っていると言うか、何かで溶けている感じっぽい。」
わたしの言葉を聞いたアナスタシアは、死骸をまじまじと観察する。
だが、あまりの臭さにすぐに鼻をつまんだ。
彼女の眼には涙が浮かんでいて、かなりの刺激臭なのだと理解できた。
加えて、異臭はこれが原因である可能性が高いとも思った。
「これは目にも鼻にも染みるよぉ……。」
アナスタシアは嗚咽を繰り返しながら、激臭から逃げるようにワイバーンから離れて、その周りを探索し始めた。
わたしはそんな彼女の様子を見て少し躊躇ったが、意を決して、目の前の死骸を観察してみることにした。
顔を近づけると、確かに臭いはかなりのものだった。
でも、我慢できないほどではない。
昔、父から聞かされた腐敗の話では、もっと激しい死臭を想像していたことが功を奏したのだろうか。
とりあえず、なんとかその臭いを堪えて死骸の表面に顔を近づけると、やはり腐っている様子は見られなかった。
『これは壊疽ではなく、壊死の状態です。おそらく、その原因はその刺し傷ではないかと……。』
ガイドさんの分析をもとに、死骸をよく観察すると、確かに皮膚に無数の刺し傷がある。
細い針で何度も何度も刺されたような小さな傷が、背中を中心に広がっている。
「アナスタシア……この傷見て……。」
「ん?どれ?」
死骸の周りをぐるりと回っていたアナスタシアは、わたしの下まで来ると、鼻をつまみながら指差している場所を見て目を細めた。
「本当だ……。何か細いもので突き刺されているみたいな……。」
直径5mm程度の大きさのそれは、ワイバーンの首から背中までの部分を、何度も何度も突き刺したように見える。
だが、この傷が直接の死因かどうかはわからない。
それにワイバーンの体は外からも中からも溶け始めているので、他に何か手掛かりになりそうなものも見つかりそうになかった。
こいつが死んだのは、この刺し傷と何か関係があるのだろうか。
それとも、死因は他のもの……?
いろんな考察を積み重ねてみても、情報が少な過ぎてそれ以上のことは何もわからない。
『刺し傷との因果関係は現時点ではわかりません。ですが、刺し傷の部分に何かの体液が微量に検出されています。調べるには情報が少な過ぎますが……』
ガイドさんも調べてくれようとしていたが、特にわかることもなく。
再び振り出しか……。
ガイドさんにもわからないのであれば、今わたしにできることは限られている。
異臭がしたと報告される場所はあと3つあるわけだから、まずはそこを捜索すれば、何かわかるかもしれない。
そんなことを考えていると、再び周りを散策していたアナスタシアが、何かを見つけたらしい。
突然声をあげて、わたしを呼んだ。
「パルト!これ見て……!」
すぐにそちらに向かってみると、彼女は何やら下を覗き込んでいる。
「どうしたの……?」
同じようにわたしも覗き込んでみると、そこにはさらに地下へと続く深い穴があった。
「これ……何かに掘られたものだよね……」
「たぶん……」
誰が見ても、明らかに自然にできたものではなさそうだ。
穴の横に積まれている大量の土がそれを物語っている。
状況から考えれば、それらはこの穴を掘り進む際に掻き出されたものだと推測できた。
しかし、これだけ大きな穴なら入ってきた時に気づきそうなものでもある。
それに気づかなかったのは、ワイバーンの死骸に完全に意識を奪われてしまっていたからか。
自分の視野の狭さに嫌気が差した。
『ですが、この位置ではすぐに気づくのは難しいかと……。』
珍しくガイドさんがフォローしてくれたので、わたしは内心でお礼を伝え、気を取り直して改めて穴を覗いてみた。
穴の奥は暗くてよく見えない。
だが、微かに風が噴き上げていることはわかった。
「風……?」
頬を撫でた風が、静かにわたしの髪を揺らす。
それは、この先がどこかへと通じている証拠でもある。
「……この先に何かありそうだね。」
アナスタシアもそれには気づいたようだ。
だが、それはこの先に何かが待ち受けていることを意味している。
彼女から聞こえたごくりと唾を飲み込む音。
それを聞きながら、わたしは「また地下……か。」とポツリと呟いた。
つい先日も、地下で大事に巻き込まれたばかりだ。
また、面倒なことがあるのではないかと思うのも無理はない。
でも、この先に問題の原因があるかもしれないのであれば、わたしたちは行かなければならないだろう。
『何が待ちかませているかわかりません。ですので、細心のご注意を……。』
ガイドさんのその言葉に頷くと、わたしは穴へと飛び込んだ。
「ちょ……パルト!待って!!」
上からアナスタシアの焦る声が聞こえた。
◆
「さぁ〜てさて!」
イビルウォーカーに跨り、楽しげに笑うエルバ。
その横を黒ずくめの男が歩いている。
「相変わらず、楽しそうだなぁ〜。」
少し呆れた口調で男がそう呟くと、エルバは嬉しそうに笑った。
「だってさぁ〜!兎人族と会えたんだよ!?わたしと同じ兎人族!!こんなに嬉しいことはないヨォ〜!」
まるで夢を追う少女のようにエルバは笑う。
それを見た男は、さらに呆れて言う。
「だけどよぉ〜。お前そいつに負けたんだろ?」
その瞬間、エルバの顔から笑みが消えた。
だが、すぐにニヤリと笑う。
「負けたヨォ〜負けた!パルトちゃんは強かったなぁ!!わたしも、もぉ〜っと強くならないとねぇ!」
エルバの態度を見て、男はため息をついた。
「……とりあえず、今はボスからの命令に集中してくれ。それが終わったら好きにすればいいさ。」
男がそう言うと、エルバは子供っぽい笑みを浮かべた。
まるで、お預けを食らっていたおもちゃを受け取った子供のように。
ケタケタと笑っているエルバをよそに、男はこの先にある扉に目を向ける。
ここ、古代遺跡は神々が造ったとされる古の施設……とだけボスからは教えられている。
名前も用途も、何も教えられていない。
エルバはそれが不満げだったが、自分としてはどうでもよかった。
ここに来たのは、あの扉の先にあるという宝玉を手に入れるため。
何に使うのかは知らないが、自分たちはボスに命令されたことを遂行する。
ただそれだけである。
(……しかし、ボスも意味わからねぇことを言うもんだ。)
男は歩きながら、ボスからの命令の内容を思い出した。
今回の1番の目的は、地下にある宝玉を奪ってくることだ。
その理由は、もちろん聞かされていない。
そして、二つ目がこの試験体であるイビルウォーカーを使って、街を襲わせることである。
この2つの命令に因果関係はないと、ボスは言った。
要するに、街を襲わせるのは興味本位というわけだ。
ちなみに、ワメキヤたちを巻き込んだのは男の興味本位。
地下施設への通路は、ホウレン家の井戸しか見つけられず、無駄に正体がバレて騒がれると面倒くさい。
だから、巻き込んだ方がことは簡単に運びそうだと思ったから、当主のワメキヤを焚き付けたのだ。
ただ、それだけのこと。
何にせよ、男にとってはどうでもいいことだった。
それよりもだ。
気になっていたのは、その時のボスからの言葉。
ーーーたぶん、その街にはエルバの喜ぶものがあるから。
確かにボスの言うとおり、エルバは今喜んでいる。
同郷かは知らないが、同じ種族に会えたらしく、それを喜んでいる。
そいつが、ボスが言っていた"エルバが喜ぶもの"なのだろう。
だが、男にとって、そこには特に興味がなかった。
どちらかと言えば、エルバが負けたことが問題だと思っている。
負けたにも関わらず……喜んでいるエルバ。
男はもう一度ため息をついた。
男の信条は、負けることはすなわち死。
その信条に則るならば、エルバは死ぬべきである。
男はそう考えていたが、とはいえ、彼女はボスのお気に入りでもある。
勝手に殺すわけにもいかず、それが歯痒かった。
それに、エルバを負かしたその兎人の存在も、実は気になっていた。
エルバは強い。
ボスが云々は関係なく、純粋に強い。
そこは認めている。
もちろん、自分の方が格段に強いのは間違いない。
だが、エルバの成長速度は異常だと思う。
ここ最近だが、組織内でも一気に頭角を現した。
そんなエルバを負かした相手……。
男はそいつを殺したいと思っていた。
(エルバには悪いが……次は俺がやらしてもらうぜ。幸い……イビルウォーカーはエルバにしか懐かないからな。)
エルバは理解不能なやつだが、ボスの命令だけは聞く。
この試験体の闇術スキル【マリオネット(操り人形)】で、ワイバーンたちを意のままに操り、街を襲うことが目的の1つでもある。
こいつはエルバの言うことしか聞かない。
だから、自ずと彼女の役割は決まってくるわけだ。
もし次にその兎人が邪魔をしに来たら、自分が屠ってやる。
エルバには文句は言わせない。
自分も暴れ足りないのだ。
そう考えていたのである。
(宝玉を手に入れるのは簡単そうだぜ。あとはその兎人族にどうやって会うか……だな。)
そんな考えに耽る男であったが、その望みはすぐに叶うこととなる。
その兎人族は、上から落ちてきたのだから。
男とエルバの正体は何なのでしょう。
そして、ボスとは誰なのか、、、。




