48 計画の遂行
今回は少しだけ時間を遡り、ワメキヤたちのお話です。
ギルドがワイバーンの存在に気づく少し前のこと。
ホウレン家の現当主であるワメキヤと、執事長のセバスチャンは、黒ずくめの男の案内で地下の施設へとやってきていた。
「こんなカビ臭い施設が……我が屋敷の下にあったなんて……」
驚きを隠せず、そう溢すワメキヤ。
男はその反応に笑う。
「ここは古代遺跡の跡地らしい。」
「古代……遺跡……?」
扇子で口元を隠しているワメキヤは、眉を顰めた。
「あぁ……そうらしい。まぁ、俺も詳しいことは知らないが、なんでも神さまたちがいた時代からあるらしいぜ。」
「神の遺物というやつですか……」
ワメキヤの言葉に男は、振り向くことなく肩をすくめた。
(まったく……神々の産物だの遺物だのとバカらしい。この世界に神などいるわけがないというのに……。そういう戯言は。コルディア司国だけにしてほしいですわ。)
ワメキヤは男に気づかれぬように鼻を鳴らした。
彼女、ワメキヤは無神論者であった。
亡き夫のソウダは一般的な信仰心を持っていたが、彼女は違う。
ーーー神はこの世に存在せず。
常々からそう考えており、宗教というものにまったく興味も理解もなかった。
ただ、それを表に出してしまうと、立場上いろいろと問題が出てくるのは間違いない。
なので、外向けには公表していないだけ。
この世の全ては人智を越えることはなく、人の手によってなされている。
それが彼女の信条なのであった。
だが、今はそんなことはどうでもいい。
ワメキヤはすぐに頭を切り替えると、前を歩く男の背中を見ながら、これからのことに思いを馳せた。
(この計画がうまくいけば、ホーネストの奴を今の地位から引き摺り下ろして……そして……)
これから起きる未来を想像し、ワメキヤは笑った。
彼女には、ある目的と計画があった。
周知のとおり、ワメキヤはホウレン家の現当主であり、街を管理する立場にあるが、そもそも当主になる必要はなかった。
当主のソウダが死んだ時点で、彼女は実家の子爵家に帰ることもできたのだ。
だが、彼女はある事実を知り、当主になることを決意した。
その事実が、彼女を今奮い立たせている。
彼女の目的はシンプルで単純だ。
この街を含め、いくつかの都市を管理しているホーネスト伯爵。
その彼を、今の立場から引き摺り下ろすことだった。
その理由は、今目の前を歩いている男から聞いたホーネストの悪事と夫の死。
(夫の無念は……ワタぁークシが……)
彼女は胸に秘めた思いを、静かに燃やしていた。
1年前、夫のソウダは病で倒れ、そのまま帰らぬ人となった。
初めは悲しみで立ち上がることすらできなかったワメキヤだが、ある時、この黒ずくめの男が尋ねてきてから、状況は一変する。
ーーーホーネストに関して、面白い噂がある。
突然現れたこの男は、そう切り出した。
そのまま流されるように話を聞けば、夫は病ではなく殺されたと言うではないか。
しかも、その犯人はホーネスト伯爵だという。
男曰く、ホーネストは各貴族から賄賂を受け取っていたらしいが、夫はそれを拒んでいたらしい。
だから、殺された。
本当に貴族とはわかりやすい生き物である。
都合が悪ければ、すぐに殺す。
相手が人であろうとも……。
ワメキヤはその話を聞いて、悲しみの中に怒りが芽生えるのを感じた。
国のために尽くしてきた夫を、何の意味もなく殺したホーネストが憎くて仕方がない。
夫は自分の誇りであった。
夫を愛していた。
それなのに、私益のために夫を殺したホーネストが……。
ワメキヤの中で何かが崩れ落ち、1つの断固たる決意だけが再構築された。
(最後にはホーネストを……この手で……)
ワメキヤは自分の手のひらに目を落とし、それを握り締めた。
今のワメキヤは、その目的のためだけに動いていると言っていいだろう。
彼女にとって、もはや街の管理なんてどうでもよかった……という言い方には語弊があるが、今の彼女の中に街に関する心配ごとはない。
自分が何かせずとも街は回っていく。
民衆は勝手に前に進んで行くのだから。
それは夫の信念であったし、ワメキヤ自身もそう考えていた。
我々貴族は、民が歩く道に石があれば取り除き、穴があったら埋める。
そうやって、彼らが生活を営めるようにすることこそ、貴族の役目である。
夫が生前から言い続けていた言葉が蘇り、自分の中で怒りが静かに膨らんでいくのがわかる。
だが、まもなくだ。
まもなく目的は達成されるはずだ。
そのための最後の計画を……。
ワメキヤは小さくため息をつくと、前を歩く男に問う。「」
「……それで?見せたいものがあると仰いましたが、それはどこに?」
「まぁ、そう焦るなよ。ここを抜けた先だから。」
振り返ることなくそう笑う男に対し、ワメキヤは訝しげな表情を浮かべつつ、男を追う。
その後ろを、執事長セバスチャンが無言でついていく。
人が2人並べる程度の狭い通路。
そこを男に倣って歩いて幾ばくか……不意に広い空間が姿を現した。
見上げれば、天井はかなり高い。
それがこの空間を広く見せているようだ。
周りを見渡すと、等間隔で灯籠が並んでいる。
ぼんやりと照らされていてわかりにくいが、この空間が四角い部屋だということはわかった。
揺らめく灯篭の灯りは、とても幻想的である。
だが、ワメキヤにとっては薄暗くて汚い場所という印象で、特に興味は湧かなかった。
ただ、単純な疑問は浮かぶ。
「古代の遺跡なんですよね?なぜ、灯籠に火が……?」
「さぁな……俺にも仕組みはよくわからない。」
振り向いた男は、ワメキヤの問いに肩をすくめた。
(神の遺物……古代遺跡……)
人の考えなど及ばない不可解かつ神秘的な現象が目の前にあるならば、誰しもが想像するのは神の御技。
だが、ワメキヤはそれを否定する。
(ふん……なにか仕掛けがあるんでしょう。)
彼女の本音は、彼女しか知り得ない。
「さて……ここで落ち合うはずだが……」
黒ずくめの男が、何かを探すようにキョロキョロとし始めた。
ワメキヤもいろいろと見回してみたが、辺りには誰もいなかった。
「誰もいないじゃないですか……。」
「う〜ん、確かに……ったく、あいつめ。どこへ行きやがったんだ?」
男は苛立ってみせてはいるが、その言葉の端々にはどことなく適当な感じが漂っている。
もとより、ワメキヤはこの男を信頼してはいないが。
(まったく……適当な……)
ワメキヤは男の態度に怒りを覚えたが、それで怒っていても計画は進まないと思い、何とか冷静さを保っていた。
だが、どうしても怒りが収まらない。
そもそも、こんな薄汚い場所まで足を運んだのは、この計画の核となるものが届いたという連絡があの小娘から来たからだ。
そうでなければ、あの小娘の言うことなど聞くわけがないし、こんなところへは絶対に来ない。
それなのに……。
「おい!小娘……!お前が呼んだんだからさっさと出てきなさい!!」
冷静だったつもりが、ワメキヤは声を荒げていた。
あんな小娘に計画を台無しにされては堪らない。
そんな感情が溢れ出したのだろう。
だが……
「奥さま……お下がりください。」
突然、セバスチャンがワメキヤの前に出た。
そして、庇うようにワメキヤの上に覆い被さると同時に、真上から巨大な何かが落ちてきたのである。
地面を揺らしながら砂埃を巻き上げるそれは、得体の知れない何か。
セバスチャンに守られていたワメキヤは、その隙間からグネグネと蠢くそれを目の当たりにして息を飲んだ。
「アッハァー!お待たせぇ!」
セバスチャンとワメキヤには目も向けずに、黒ずくめの少女が手を振っている。
彼女は黒い物体の上に乗っており、とても楽しげに笑っているのだ。
「エルバ……何やってんだ……!」
男が少し怒った様子で少女へ近づいたが、彼女に反省の色は見えない。
逆に、さらに楽しそうに笑っている。
「えへ!どう?驚いたでしょ!?」
「驚くも何も……ボスから貰った大事な試験体だ。大事に扱えよな!」
そんな2人の様子を見て、ワメキヤは冷静さを取り戻した。
そして、子供っぽく笑う小娘に怒りが込み上げてきて、セバスチャンを跳ね除けて立ち上がった。
「このクソガキ!ふざけないで真面目にやりなさい!」
その言葉に、エルバは笑う。
「あれれ……?おばさんも来たの?こんな汚いところ、来ないと思ってたんだけど……」
クスクスと笑う態度が気に食わなかった。
ワメキヤはエルバの態度にさらに怒りを募らせる。
「そもそも、あなたが呼んだんでしょうに!」
「そうだけど……おばさん貴族だから、そっちの執事に来させると思ってたんだよねぇ〜。おばさん、勇気あるねぇ!」
「なんですってぇ!?この……!!」
バカにされた怒りが行動として現れる。
ワメキヤは腕を大きく振り上げ、少女に殴り掛かろうとしたのである。
だが、突然ワメキヤの手に何かが巻きつき、その動きは止められた。
ワメキヤが何事かと見ると、振り上げた腕には黒い触手のようなものが巻きついている。
「ひ……ひぃぃぃ!!」
振り解こうと手を振ろうとしても、すごい力で引っ張られており、まったく動かすことができなかった。
「こら!イビルッチ!やめなさい!」
エルバがそう言うと、触手が力を緩めて離れていった。
ワメキヤはホッとしつつも、無意識に罵倒を浴びせる。
「な……何なのですか!その気持ち悪くて悍ましい生き物は!!」
「よくぞ聞いてくれましたぁ!」
ワメキヤの問いにエルバは嬉しそうに笑うと、後ろにある物体の説明を始めた。
「この子はイビルウォーカー!こんな形でも一応は翼竜だよ!」
その言葉に呼応して、エルバの後ろの魔物が咆哮を上げる。
その背中に火悍ましいほどの触手が蠢いていた。
この翼竜、いったい何なんでしょうか。
イビルウォーカー…謎が深まります。
今回もご愛読いただき、ありがとうございました。




