46 果実とタンコブと流れ星
豪快な女将に会ったあとは、お決まりのお風呂タァーイム!!
え?覗きはだめ?
作者だからいいんですよ!
ふんわりと温かな湯煙が漂う大浴場。
温泉ならではの香りが鼻腔をくすぐり、それが心地良さを誘う。
そんなほっこりとする温泉という空間にて、わたしはアナスタシアと一緒に至福の時を過ごしていた。
「ほへぇ……生き返る……。」
広い湯船で手足を伸ばすと、全身の力が抜けていく感覚。
これが堪らなく心地良い。
「パルトったら……顔がふにゃふにゃだよ〜。」
口まで湯に浸かり、ブクブクと泡を立てているわたしを見て、アナスタシアは楽しげに笑った。
『温泉の効能として、温熱作用による血行促進や筋肉緩和、水圧・浮力による負担軽減に加え、硫黄泉・塩化物泉などの泉質ごとの成分が神経痛・関節痛・皮膚病・疲労回復・冷え性・胃腸病などに……』
突然、温泉の説明を始めるガイドさん。
さっきまで全然話さなかったのに……。
ここに来て饒舌になったのには、何か理由があるんだろうか……?
そんな安易な疑問がわたしの頭に浮かぶと同時に、ガイドさんがすぐさま反応する。
『………………特に理由はありません。』
間の空いた否定的な答え。
いや……怪しい……。
『本当です。』
じゃあ、最初の間は?
何か言いかけてなかった?
『コメントは差し控えます。』
あ……!ずるい!
逃げるのはずるいと思ったが、もはや手遅れだった。
頭の中でいくら呼びかけても、ガイドさんは一切反応してくれない。
さっきと同じで、一切話さなくなってしまったのである。
そんなに塞ぎ込まなくてもいいじゃん……。
そう愚痴を溢してみたが、よくよく考えてみればツヴェルクと出会ったくらいからだ。
ガイドさんの声を聞かなくなったのは。
ツヴェルクを見つけたところまでは話していたが、彼と話し始めた時から、ガイドさんは一切話さなくなっていた。
ツヴェルクさんと……関係がある?
だが、その考察を深めるための情報が、わたしには足りていない。
いくら考えようが、ここで打ち止めなのである。
「ま……いっか。そのうち、教えてくれるだろうし……。」
ブクブクと泡を立てながら呟いて、わたしは一度湯の中に深く潜った。
全身を包み込まれる感覚。
湯を通して伝わってくる様々な音色。
ぷくぷくと踊る泡たちのシンフォニー。
そして、目の前に見える大きなメロン。
は……?メロン……!?
「ぷっはぁ……!」
わたしは驚いて湯から顔を上げた。
目の前には、ゆったりと寛ぐアナスタシアがいる。
あれ……?メロンは……?
キョロキョロと今見えたものを探すが、そんなものは存在しない。
ただ、目の前に温泉を楽しんでいるアナスタシアがいるだけだ。
そんなアナスタシアも、わたしの様子に少し驚いている。
「パルト……?どうしたの?」
「い……いや……」
メロンがあったなんて言えるわけがない。
そもそも、お風呂にそんなものがあるわけがないし……。
そんなことを言えば、頭がおかしいと思われかねない。
でも、確かに見たんだ。
丸々と大きな2つのメロンを……。
わたしは……確かに見た……。
疑心暗鬼に陥っていると、アナスタシアがゆっくりと立ち上がり、ある提案を投げかける。
「ふぅ……。ねぇパルト!そろそろ露天風呂に行こうよ!」
だが、その言葉はわたしの耳には届かない。
わたしは別のことに気を取られてしまったからだ。
艶やかに光る金の髪。
高く通った鼻筋とぱっちりとした瞳。
そこに青と緑のオッドアイが相まって、妖艶さを醸し出している。
そして、スラリと伸びた手足とツルツルに潤った白い肌。
濡れた肌は、光を反射してキラキラと輝いている。
湯に浸かるまではタオルで隠れていて全然わからなかったが、アナスタシアはかなりスタイルが良い。
そして、わたしは必然的にさっき見たメロンの正体に気づくことになる。
それは、アナスタシアの体に実るたわわな2つの果実。
「ア……アナスタシア……って、いくつだっけ?」
「え……?わたし……?15歳だけど……」
なぜそんなことを聞くのかと、アナスタシアは首を傾げている。
だが、もはやアナスタシアの疑問は、わたしには届かない。
わたしにはわかる……。
理解できる……。
その歳でそのスタイルは、悪魔的であると……。
わたしは、ちらりと自分の体を見下ろした。
つま先まで、よぉ〜く見えている。
何の障害もなく、自分の足と地面が綺麗に見えていることが、こんなにも悔しいことだとは夢にも思わなかった。
歳がたった4つ違うだけで……こんなにも……違うの……?
そんな悔しさが胸の奥で生まれ、アナスタシアに対して殺意が芽生えかける。
わたしだって女の端くれだ。
美しさには憧れがある。
でも、最近はそれとはかけ離れた生活を送ってきたので、髪の毛はボロボロだし、肌も綺麗とは程遠い。
胸だって……まさに洗濯板。
なのに、目の前の女性はそんなわたしとは正反対な容姿を持っているのだ。
現実を突きつけられたわたしは、その場で茫然と立ち尽くしていた。
そんなわたしに対し、ガイドさんがかけたのは慰めの言葉。
『人それぞれ、発育の速度は違います。』
だが、その慰めは今のわたしには酷。
ギリギリで保っていた心の均衡が、その言葉によって砕け散った。
「アナスタシアの……バカァァァァァァ!!」
「え……え……!!なんで……!?」
アナスタシアの驚く声を聞かず、わたしは露天風呂へと一直線で走り出していた。
その後ろで、「走っちゃダメだって!」と叫ぶアナスタシアの声が聞こえた。
◆
「だから、走っちゃダメって言ったのに。」
「だって……」
露天風呂の縁にもたれかかり、アナスタシアは呆れたようにわたしを見た。
その隣で同じように縁にもたれていたわたしは、不満から頬を膨らませる。
わたしの頭には、大きなタンコブが1つ。
このタンコブの原因は、走って転んだわけではない。
先に断っておくが、わたしはそんな間抜けなことはしない。
これは何を隠そう、この温浴施設の女将であるエリスにつけられたものなのである。
「まさかあそこに女将さんがいるとは……」
全身凶器のアナスタシアに絶望し、逃走した先にいたのは女将のエリスだった。
彼女は走るわたしを見るや否や、ゲンコツ一閃を見舞い、「迷惑はかけない!」とだけ言い残して去っていった。
女将がなぜそこに居たのかはわからない。
だが、彼女のこの施設への愛情は本物だと改めて理解できた。
『浴場で走ることは危険が伴います。』
偉そうに告げるガイドの言葉を内心で一瞥し、気分を変えようとわたしは天を仰いだ。
夕陽に染まるオレンジと夜の訪れを知らせる群青のグラデーション。
そんな幻想的かつ日常的な風景に心を奪われ、考えていたことが口からこぼれ落ちた。
「ねぇ……アナスタシア。あのエルバって子……いったい何者なんだろう。」
問いかけられたアナスタシアは、わたしと同じように天を仰ぎ、空を見上げた。
「パルトと同じ……兎人族だったよね。」
「うん……。」
雪のように真っ白な髪は、王国領に住むラビリトルの証。
真紅の綺麗な瞳と、兎人族特有の長い耳を携えたラビリトルの女の子。
名前はエルバと言っていた。
出会った後から、時折思い出される彼女の容姿や言動の数々。
初めて会った彼女のことが、あれからどうしても頭から離れなかった。
もちろん、珍しい容姿のこともそうだが、どちらかと言えば、わたしが気になるのはその強さ。
わたしは、エルバの強さに惹かれているのかもしれない。
「強かった……ね。」
わたしがそう呟くと、アナスタシアも頷いた。
「うん……強かった。勝てたのが不思議なくらい……。」
「ほんとそう……」
「歳は……パルトと同じくらいかな。」
「たぶん……」
何となくだけど、それは違わない気がしていた。
わたしと同じくらいの年齢だという、何か確信めいたものがあったのだ。
「私たちも……もっと強くならなきゃだね。」
アナスタシアの言葉には、悔しさが混じっている気がした。
彼女もまた、強さを求めているのだと知り、少し嬉しかった。
エルバがなぜあんなところに居たのか……それに関して現状でわかっていることはない。
一連の事象についてギルドには報告をしているが、彼女の件はもう少し時間をくれとガルシュから言われている。
それに、ホウレン家の地下にあった謎の施設。
それについても、まだ何もわかってはいなかった。
「また……会えるのかな。」
あれだけ死闘を繰り広げたというのに、不思議とそんな感情が溢れ出た。
「どうだろう……私は当分会わなくていいけど……。」
アナスタシアの苦笑いの理由は、わたしにもわかっていた。
確かにエルバとの戦いは生きた心地がしなかったし、死を覚悟する場面も多かった。
ランボルスネークのように狡猾で、クリムゾンベアのように凶悪。
同じ兎人族なのに、わたしとエルバの実力には雲泥の差があった。
次に戦っても勝てる気はまるでしない。
正直、それが彼女と対峙したわたしの本音。
でも、それとは別の感情も芽生えていた。
また会いたい……会って話をしてみたい。
その感情は嘘ではない。
それが本音となり、先ほどの言葉となってこぼれ落ちたのだろう。
「アナスタシア……わたしたち、強くなろうね。」
「……うん。そうだね。」
そんなわたしたちの想いを汲むように、群青色がオレンジを飲み込もうとしている空の間を、一筋の流れ星が流れ落ちていった。
アナスタシアは冒険者を目指している割に、容姿が綺麗なんです。
オッドアイというのもなかなか珍しいし。
それはさておき、エルバに思いを馳せるパルトですが、再び相見えることはあるのでしょうか!
本日もご愛読ありがとうございました!




