45 華山泉の女将
前回はまさかの出会いに驚いたパルトでした。
今回はツヴェルクとは別れ、ずっと行きたかったあの施設に行きます!
あの施設です!!
ツヴェルクと別れた後、わたしとアナスタシアはどうしようかと話し合った結果、やっぱり当初の計画通り、温泉に行くことにした。
本来はDランクの冒険者からでないと無料にはならない温浴施設。
わたしたちはEランクからのスタートだけど、特別にその許可を得ているのだから行かない手はない。
ツヴェルクの工房へも行きたいと思っているが、さっき別れたばかりだし、焦らなくてもいい。
それよりも何よりも、今は体の汚れと疲れを癒したい。
そう考えてのことだ。
ツヴェルクと出会った場所から少しだけ歩いた先に、その施設はあった。
わたしとアナスタシアは建物を見上げながら、その装いに感嘆を漏らした。
三角屋根の大きな建物が腰を据え、そこから施設をぐるりと囲うように、背の高い壁が並んでいる。
建物から伸びる巨大な煙突からは、真っ白な煙が上がっていた。
それに入り口の前には小さな門が構えており、他の建物とは一味違った装いを醸し出している。
ギルドに負けない立派な建物と風変わりな雰囲気にわたしが見惚れていると、ふと嗅ぎ覚えのある香りに鼻が反応した。
「この臭いは……」
鼻をつく独特の香り……卵が腐ったような臭いは、わたしの好奇心をくすぐった。
温泉とは、地中深くの熱源……主にマグマや地熱によって温められた水が、割れ目を通って地表に湧き出したものだ。
その過程において、温められた水には周囲の岩石やガスが溶け込んで、独特の香りや色を創り出す。
そうして、地表へと噴き出した温泉には、溶け出した天然の成分による効能として、疲労回復やリラックス効果があると言われている。
これらは大地からの贈り物。
地上に生きる者にとっての至宝。
温泉とはまさに、土神からの恵みと言っても過言ではない。
昔、父からそう教えてもらったことを思い出し、父の博識さを改めて称賛する。
だが、同時にそれが、過去の記憶を呼び起こしてしまった。
集落の近くにあった自然の温泉には、よく家族や仲間たちと訪れたものだ。
そこには動物たちもやってきて、みんな仲良く温泉を楽しんでいた。
でも、その思い出を再現することはもう叶わない……。
その現実が、心にずっしりとのし掛かる。
師匠のこと、家族の笑顔を思い出すと、やっぱり気持ちが落ちていく。
わたしは大きなため息をつくしかなかった。
「パルト……大丈夫?」
わたしの様子を見て、心配してくれたのだろう。
アナスタシアが心配そうな顔で覗き込んできたので、少し恥ずかしさを感じてしまう。
わたしは「大丈夫。」とだけ呟くと、彼女を振り切るように建物の入口を足早に目指した。
建物の前にある小さな門。
それを潜ると、等間隔に埋められた石の道が現れる。
それをゆっくりと進みながら、ふと左手を見れば、そこには小さな砂利の庭と池がある。
その佇まいには奥ゆかしさが感じられ、わたしは異国の地に来たような感覚に陥った。
建物の入口に辿り着くと、さらに驚かされた。
その扉は珍しく引き戸で、ガラスと木組みのシンプルな造り。
「帝国じゃなかなか見ない造りだよね。」
アナスタシアの感想には、わたしも無言で頷いていた。
確かに、こんな造りの建物は今まで見たことがない。
もちろん、わたしの見聞はそこまで広くはないが、父もこんな建物があるなんてことは教えてくれなかった。
ーーー世界には面白いもので溢れている。
父が語る言葉の中で、1番記憶に残っている言葉だ。
もしかしたら、この造りの建物は父も見たことがないかもしれない。
そう思うと嬉しさが湧き上がる反面、父と一緒に見たかったという衝動に駆られ、気持ちが落ち込んだ。
だが、落ち込んでばかりでは、またアナスタシアに顔を覗き込まれかねない。
わたしは気持ちを再び切り替えて、ガラスと木組みのシンプルな戸を開けた。
開けた瞬間、再び鼻をつく独特な香りと熱気が、わたしの顔を包み込んだ。
そのまま中へと足を踏み入れると、広々とした玄関の先に小上がりが設けられている。
そこで脱いだ靴を小分けにされた棚へ入れ、暖簾をくぐれば、ゆとりのあるロビーが広がっていた。
暖色系の照明が木張りの床を照らしていて、店内はとても温かみのある印象を受ける。
「へぇ〜!けっこう広いんだね!」
アナスタシアはわたしを追い抜かすと、両手をいっぱいに広げながら感嘆の声を上げた。
すると、突然横から声をかけられた。
「いらっしゃい。あんたら、初めてかい?」
声の方へ振り向くと、長い髪の毛を綺麗にまとめ上げた女性がカウンターの中でこちらを見ている。
「あ……はい!今日が初めてです。」
そう答えつつ、アナスタシアが女性の前まで移動したので、わたしもその後に続いた。
「そうかい。なら、大人ひとりで800フィルだよ。」
女性はどうやら受付の担当者のようだ。
料金表を指差しながら、お代を寄越せと言わんばかりに手を差し出している。
その態度に、わたしは苛立ちを覚えてしまった。
外装も内装もとても素晴らしく、唯一無二と言えるほど珍しい建物なのに、受付がこの態度では全てが台無しだ。
もっと丁寧に接客してくれれば、とても気持ちのいい空間になることは間違い無いのに……。
「どうしたんだい?金が払えないなら、とっとと帰ってくれよ。冷やかしはごめんだよ!」
さらに声を上げる女性の態度に、さらに怒りが込み上げてきた。
だが、アナスタシアはというと……あまり気にしていないようだ。
のほほんとした顔で懐からある物を取り出すと、受付の女性に提示する。
「あのぉ……これは……使えますよね……?」
アナスタシアが出したのは、ギルドから発行されたギルドカードだ。
ランクはEだが、あるマークが描かれている。
ガルシュが特別にわたしたちに与えてくれたあのマークが。
だが、女性はそれを見落としているようだ。
「ん?ギルドカード?……って、ランクEじゃないか!使えるとかいう問題じゃないよ!ここが無料で使えるのは、Dランクからだ。」
受付の女性はカードを見て怒った表情を浮かべたが、アナスタシアがそれで引くことはない。
「え……?でも、このマークがあれば使えるって、ギルドで教えてもらったんですけど……。」
提示したギルドカードのある部分を指差し、わざとらしく首を傾げるアナスタシア。
その様子は、側から見れば受付の女性を煽っているようにも見えるだろう。
だが、アナスタシアのあれは、別に受付の女性の嫌味に対抗しているわけではない。
あれは完全に素でやっている……。
まさに天然そのもの……。
だから、同じ土俵に上がるとイライラしかしない類のものでもある。
わたしは、彼女の天然ぶりに心底呆れてしまった。
わかってるんだ……あれは決してわざとやっているわけじゃない……。
アナスタシアの天然は、今に始まったことではない……。
だが、受付の女性から怒りの声は上がらなかった。
彼女はアナスタシアが指差した部分を目を細めて見ている。
「これは……」
彼女はギルドカードのマークを見つけたようだ。
そして、驚いた顔を浮かべ、すぐに態度を改めた。
「それは……ギルドの許可印かい。はぁ……それならそうと、早く言っとくれよ。」
そうぶつくさと言いながらも、カウンターの奥から桶とタオルを取り出し、わたしたちにそれを差し出した。
「湯船には体を洗ってから入ること。それと、他の人に迷惑をかけるようなことはしないこと。それだけ守れば、楽しんでおいで。」
先ほどとは打って変わり、笑顔を向けられてわたしは困惑した。
さすがのアナスタシアも、ポカンとした顔で桶を受け取っている。
でも、いくら許可のマークを見たからだとしても、彼女の態度の変わり様にはいくつか疑問が残る。
初見が来るのが嫌なら、例えそれがギルドから待遇を受ける冒険者だとしても、同じように毛嫌いするはず。
でも、彼女はそうは思っていないようだった。
わたしはその疑問をぶつけてみることにした。
「……さっきはあんなに冷たかったのに、突然どうして?」
「え……?あぁ……それはすまなかったね。最近、マナーの悪い客が多くてね。そういう奴らは大抵、初めて来た客なんだよ。」
「……それは聞き捨てならない。こんなに良い施設なのに。」
「だろ?困ったもんさ。ここは常連客も昔馴染みもたくさんいる。みんなには気持ちよく使ってもらいたいのさ。なのに、そういう奴らのせいでみんなが迷惑しちまう。だから、そういう輩を私がここで直接見定めているのさ。」
右手で作った拳を左の手のひらでパンと鳴らし、怒りを露わにする彼女の言葉に、わたしは納得させられた。
それは由々しき問題である、と。
こんなに風情のある温泉施設なのに、そういう馬鹿どものせいで他の人に迷惑がかかっている。
そんなことは絶対に許せない。
わたしは彼女の考えに賛同した。
「もしもそんな奴がいたら、私がぶっ飛ばす。」
「あん?そりゃ良いね!私が許可するから、もし見かけたらやっちまっておくれ!」
ガハハと豪快に笑う女性は、最後にこう名乗った。
「そういや、自己紹介してなかったね。わたしはこの温浴施設"華山泉"の女将エリス=アマンディだ。よろしく頼むよ!」
豪快な女将さんでしたね笑
次回は待望?のお風呂編です!!




