42 はかりごと
激戦を制したパルトたちは、ギルドへと帰還します。
今回はそこでの一幕です!。
ギルドの医務室の一角にて、わたしはベッドの一つに横たわっていた。
先ほどまでアナスタシアが一緒だったが、彼女は今、ホウレン家へ行っている。
依頼の対象であった猫のマルシアをワメキヤへ届け、その報酬を受け取りに行ってくれているのだ。
わたしも行きたかったなぁ……。
そんな本音が漏れて止まない。
冒険者になって初じめての依頼で、初の報酬だ。
途中で厄介なことに巻き込まれはしたが、なんとか無事に帰って来れたんだ。
自分で報告し、自分の手で報酬を受け取りたいと思ったっていいじゃないか。
そう思っていたが、それを言ったら何を考えているのかとリプリーに激怒されてしまった。
自分の体の状況がわかっているのかと、ものすごい剣幕でお叱りを受け、わたしは渋々ここにいる。
ーーー全身の筋繊維の断裂。
それが今のわたしの診断結果だ。
リプリーは受付嬢であるが、腕のいい回復士でもあるらしく、ギルドに運ばれてきた怪我人の大半を彼女が診ているそうだ。
もちろん、彼女以外にも回復士はいるが、彼女ほど人気のある術士はいないらしい。
これまで何人もの冒険者たちが、彼女の治療を受け、命を救われ、心を癒されてきた。
そうギルドマスターのガルシュは言っていた。
だから、そんな彼女があれだけ怒ったということは、その診断は本当なんだろう。
物を取ったりすることはできるんだけど……。
『強がっていますが、あなたはここまで歩けておりません。』
ガイドさんからの明確な指摘に、わたしは悔しさからつい舌を打つ。
確かに、ここまで運んでくれたのはアナスタシアだ。
動けなくなったわたしを、背負ってここまで連れてきてくれた。
自分も怪我をしていたはずなのに。
それを思い返して、悔しいが申し訳ない気持ちになる。
だが、そもそもこうなったのは【脱兎如】というスキルのせいでもある。
全ての能力値を底上げしてくれるというのは、非常に素晴らしいスキルであることに間違いはない。
だが、その代わりに使用後には大きな反動を受ける。
しかも、使用時間はたったの90秒という制限時間付きときたもんだ。
まさに背水の陣とはこのことである。
そんなわたしの愚痴に対して、ガイドさんが的確かつシンプルな回答を告げる。
『ですが、このスキルがなければ早い段階で負けていたと思われます。』
その通りだとわかっている。
【脱兎如】がなかったら、わたしは早い段階でエルバに負けていたことだろう。
もちろん、あの黒い力を使ったとて、その結果は変わらないと思う。
なぜなら、完全に地力で負けていたのだから。
彼女と剣を交えてみて、そう思い知らされた。
今回は【脱兎如】を使った状態でアレを使用したからこそ、わたしは彼女に打ち勝つことができたのだ。
だから、わたしは文句は言わない。
舌打ちはしたけど……文句は言わない。
「……わかってるよ。ただ、最初の報酬くらい、自分の手で受け取りたかっただけ。」
わたしが寂しさ混じりの愚痴を溢すと、ガイドさんは『気持ちはお察しします。』と慰めてくれた。
ただ、あの力のせいでアナスタシアには迷惑をかけてしまった。
彼女が帰ってきたら、ちゃんと謝らないと……。
その思いが強くて、無意識にため息が出た。
すると、タイミングよくアナスタシアが医務室へと入ってきた。
「あれ……?今誰かと話してなかった?」
そう問われてギョッとした。
ガイドさんのことは、周りにバレるとおそらくまずい。
だって、自分で喋るスキルなんて聞いたことがないし。
スキルは属性に基因していて、魔力を練り上げて云々かんぬん……という話を以前、師匠から教えられているからなおさらだ。
この【深慮遠謀】というスキルが、どうやって発動しているのかも分からない。
師匠から譲り受けたとはいえ、そもそも何なのかが分からない以上、当分はアナスタシアにもバレない方がいい。
『お考えのとおり、隠すことをお勧めします。前マスターであるダビド氏も永年隠し通されました。』
ガイドからの助言に内心で頷いた。
「だ……誰もいないよ……!たぶん、わたしの独り言じゃないかなぁ〜。」
苦し紛れの言い訳だ。
だが、アナスタシアはそれ以上追求はして来なかった。
「ふ〜ん……。」とだけ溢してわたしを見ていた彼女は、思い出した様に鞄から皮袋を取り出した。
「お待たせ。報酬を貰ってきたよ。」
そう言いながら、見せられた皮袋。
ずっしりと重そうな袋の中には、待望の4万フィルが……
そんな眼差しで皮袋を見ていると、アナスタシアがくすりと笑った。
「はい。これはパルトのものだよ。」
「え……?」
報酬の全てがわたしのものだと、アナスタシアは言う。
その言葉に少し戸惑った。
「でも……これは2人で受けた依頼だし……」
「ううん、違うよ。今回の依頼はパルトのおかげで完遂できた。パルトが井戸を見つけたからマルシアは見つかったし、パルトがあいつを倒してくれたから、私たちは無事に帰って来れたの。だから、これはあなたのなんだよ。」
アナスタシアは嬉しそうに笑ったが、わたしはそれを素直に受け入れられなかった。
わたし1人の力ではないよ……。
アナスタシアがわたしを引き戻してくれたから……。
あの時……あの黒い感情に飲み込まれた時、わたしの胸にはアナスタシアの声が聞こえていた。
それをきっかけにわたしの意識は呼び戻され、最終的に黒い感情を抑え込むことに成功したのだ。
あの行動がなければ、わたしはアナスタシアに手をかけていたかもしれない。
仲間を失う恐怖と、そうならなかった安堵が混じり合い、わたしは泣きそうになる。
「アナスタシア……ありがとう。」
わたしは蚊の鳴くような声で呟いた。
それを聞いたアナスタシアは少し驚いた顔を浮かべたが、すぐにまた笑顔になる。
「気にしないで……出会って間もないけど、わたしはパルトにたくさん助けられてるから、少しでも恩返ししないとね。」
その言葉を聞き、わたしはこれまで感じたことがない感情を抱いた。
こそばゆい様な……胸をくすぐられる感覚。
でも、嬉しさがそこには混じっている。
「ん……あとでご飯ご馳走する……。」
わたしが涙目で笑うと、アナスタシアも同じ様に笑った。
「おう……元気そうじゃねぇか。」
突然、巨人が医務室へと入ってきた。
ギルドマスターのガルシュである。
「傷の具合は……まぁ、まだすぐには治らねぇだろうが、今は休め。冒険者は体が資本だからな。」
そう言って、彼はテーブルに紙袋をどさりと置いた。
中を見ると、果物やパンなどの食べ物がたくさん入っている。
「差し入れだ。食え。食えば治る。それが冒険者だ。」
それは些か暴論な気もするが、実はお腹は減っていたので助かった。
あれだけの激闘を繰り広げたのだから、エネルギーを使わないはずがない。
現に、わたしのお腹もアナスタシアのお腹も、美味しそうな食材を見て、返事をしている。
わたしは御礼を告げると、リンゴをひとつ手に取った。
アナスタシアもそれに倣ってパンを取る。
その様子にガルシュは満足げだ。
反対側にあるベッドにドカリと腰をかけると、今回の依頼について切り出した。
「まずは初依頼の完了、おめでとさん。報酬はちゃんと受け取れた様だな。」
アナスタシアが持っていた皮袋を見て、ガルシュは少し安心した様子だ。
「知ってのとおり、ホウレン家はここトゥウランの街の管理を行う子爵だ。前の当主ソウダは真面目で誠実、品格もある人だったんだが、1年前に死んじまったんだ。」
その話はアナスタシアから聞いているので、わたしもちゃんと頷けた。
「あそこには子供がいなくてな。妻のワメキヤ夫人が当主を勤めることになったんだが……あの人は少し……な。」
ガルシュは言いづらそうな表情を浮かべた。
その理由は何となくわかる。
あのワメキヤという人物を目の前で見たのだから、彼が何を言いたいのかはすぐに理解できた。
ガルシュは小さくため息をつく。
「本当は良い人なんだ。旦那のソウダが生きていた頃は、聡明な人だったんだが……やはり最愛の人の死っつうのは、人を変えちまうもんだな。」
ガルシュの言葉を聞いて、わたしは胸が重くなるのを感じた。
わたしにも最愛の人たちが居た。
でも、彼らは無慈悲で残忍な行いによって、この世から消えてしまった。
経緯は違えど、大切な人を無くす気持ちを理解できないはずがなかった。
「まぁ、そういうわけで嫌な思いはしただろうが、依頼も成功、報酬もゲットできたんだ。あまり気にしないでくれや。」
ガルシュは辛気臭い雰囲気を振り払う様に笑うと、立ち上がる。
その拍子にベッドが大きく軋んだ。
「……あと、お前たちが報告してくれた黒ずくめの女。あれはこちらでも調べておく。他に思い出したことがあれば、また教えてくれ。」
ガルシュはそう告げると、ガハハと笑いながら医務室から出て行った。
本当に嵐みたいな人だな。
わたしはそんな感想を抱いてアナスタシアを見ると、たぶん彼女も同じことを思っていたらしい。
2人でそれを理解して、また笑った。
◆
「これはあなた方の落ち度ですわ!!」
悔しさを露わにしたワメキヤが怒鳴り声を上げると、彼女の膝で寝ていたマルシアが飛び起きて逃げていった。
目の前には黒い外套を纏う男が立っており、ワメキヤは睨み殺す勢いで男を見る。
「だから、あんな小娘に任せるのは嫌だったのです!あれなら、Cランクの冒険者くらい簡単に始末できると仰ったのはあなたですのよ?」
ワメキヤがそう吐き捨てると、男は静かに口を開いた。
「見立てが甘かった……。それだけだろ?」
「それだけ……!?」
男の淡々とした口調に、ワメキヤはさらに怒りを燃やす。
「地下の施設の存在は、確実にギルドにバレたのですよ!そうなれば、ギルドの連中が調べに来るのも時間の問題……。ワタぁークシの計画は全て水の泡……!!」
喚き上げるワメキヤだが、男は一切反応しない。
ただそこに立っているだけ。
それがワメキヤには不愉快だった。
「何とか言ったらどうなのです!そもそも、この話はあなたたちが持ちかけたのですよ!この責任、どう取るおつもりなのですか!!!」
興奮し過ぎて顔を真っ赤にするワメキヤは、肩で息をしながら手に持っている扇子で男を指す。
「心配するな。計画はまもなく遂行される。お前の謀も上手くいくさ。」
男はワメキヤの怒りなど、まったく意に介していない。
ただ淡々と話を進めていくだけ。
「何を根拠に……!」
ワメキヤの目の下が痙攣しているのは、怒りが頂点に達した証拠だろう。
彼女の顔がさらに真っ赤に染まる。
が、2人の間にタイミングよく仲裁に入った。
「ワメキヤ様、少し落ち着かれては?」
手際よく出された紅茶のカップ。
その香りに落ち着きを取り戻したワメキヤは、執務用の椅子へと腰を掛け、紅茶を啜る。
「セバスチャン……助かりますわ。もう良いです……起きてしまったことは仕方がない。ですが、例の件はまもなく起きるのですね?」
「ああ、筒がなく……あと2日くらいだろうな。」
男の言葉に、ワメキヤは安堵した様にため息をついた。
「あと2日……それならば、何とかギルドも抑えられるでしょう。わかりました。できるだけ早く計画を進めていただけるかしら?」
ワメキヤがそう睨むと、男は口元に笑みを浮かべた。
「言われずとも……」
言葉とともに男はちらりとセバスチャンを見ると、一瞬でその場から姿を消した。
それを見届けたワメキヤは、再び大きくため息をつき、爪を噛む。
「セバスチャン……ギルドの動向を注視しておきなさい。」
「かしこまりました。」
ワメキヤの指示にセバスチャンは胸に手を置くと、丁寧に頭を下げた。
やっぱり何かを企むワメキヤたち。
そして、2日後にはいったい何が起こるのか。
エルバと同じ黒ずくめの男の正体も気になります。




