39 【脱兎如】-ライトニングラビット-
パルトは意識を取り戻せたんでしょうか。
場面は変わってアナスタシア視点です!!
壁の一部が崩壊し、割れた石たちが崩れ落ちていく。
砂埃が高く舞い上がり、ここからではパルトの安否はわからない。
一刻も早く彼女の下へ向かいたい。
そう考えていたアナスタシアだが、パルトの助けに向かうことができずに焦っていた。
「ほらほら!よそ見してたら、その猫ちゃんごと風穴が開いちゃうよ!」
笑いながら水術スキルの水散弾を放ってくる黒ずくめの女。
その練度はかなりのもので、着弾した地面や壁が抉れるほど鋭く、アナスタシアはかわすだけで精一杯だった。
もちろん、火術スキルで応戦しようとも考えたが、そもそも奴が使う水術とは相性が最悪だ。
それにアナスタシアの胸にはマルシアがいるので、無闇やたらに火術スキルを使うと、彼女に火傷を負わせてしまうかもしれない。
それらの要因が、アナスタシアの選択を回避に絞らせていた。
「避けてばかりじゃ、ジリ貧だよ!やり返さないの〜?」
挑発してくる女に対し、アナスタシアが憤慨しているのは容易に想像できる。
だが、その気持ちを外に出してしまえば、必ず足元を掬われると理解しているからこそ、アナスタシアは冷静に回避のみに集中していたのである。
(でも……このままだと奴の言うとおりジリ貧だ……。)
想像できる結末が、アナスタシアをさらに焦らせる。
どうにかして、まずはマルシアを安全な場所へ連れて行きたい。
だが、女の攻撃がそれを許してくれない。
正直言って、この状況は詰んでいると言わざるを得なかった。
だが、だからと言って諦めるわけではない。
(何か……何かあいつの隙を作るものは……。)
それを見つけて、この状況を打破したい。
アナスタシアは攻撃をかわしながらも、必死に奴を観察する。
パルトとの戦いでの動きを思い出せ。
その中での言動を思い出せ。
或いは、奴の風貌から何か得られるものはないか。
ありとあらゆる奴の情報から隙を作るための要因がないかと、アナスタシアは頭を必死に回転させる。
だが、マルシアを庇いながらでのこの状況では、彼女の集中力が切れる方が早かった。
隆起した地面。
その小さな突起に足がかかり、アナスタシアはバランスを崩す。
(しまった……!)
「アハ!殺ったよ!!」
女がこの好機を見逃すはずがない。
奴は自身で乱れ撃ったウォーターバレットの間を掻い潜り、アナスタシアとの距離を一気に詰めた。
な……っ!自分で放ったスキルをかわしながら……!?
普通は……そんな動きしないよ……!
そんな固定観念が、アナスタシアの思考を一瞬止めた。
そして、その一瞬は女にとっての絶好の時間。
「さよ〜なら!」
いつの間にか、アナスタシアの目の前に女がいた。
口元に浮かべる笑みは、これから起こることを想像したかのような悍ましいものだ。
両手で大きく振りかぶったその剣は、まもなくアナスタシアへと振り下ろされるだろう。
アナスタシアもそれは理解できた。
だが、だからと言って諦めることはできなかった。
パルトの安否がわからないこの状況で、自分が倒れればゲームオーバーなのだ。
これが冒険者としての矜持なのかはわからない。
だが、アナスタシアの中に生まれた何かが、彼女の思考を前へと進めた。
アナスタシアは咄嗟の判断でマルシアを横に投げると、背負う剣を抜こうとその柄に手を掛ける。
だが……
「おっそぉ〜い!」
無慈悲な笑いとともに、女の剣が振り下ろされた。
衣類と皮膚が一緒に裂かれる音。
それらがアナスタシアの耳に届くと同時に、肩から胸にかけて焼かれる様な感覚が襲った。
「ぐ……はっ……」
ボタボタと流れ落ちる鮮血とともに、足の力が抜けていく。
だが、抜いた剣を支えに何とか片膝をつき、倒れ込むことだけは防いだ。
「うっそ〜!それだけ斬られても耐えるの?!」
斬られても倒れないアナスタシアの精神力を目にし、奴の目に浮かんだのは好奇心。
だが、ただそれだけだ。
(くそ……後ろに下がったつもりだったけど……深く斬られすぎ……これはけっこう…………ヤバいかも……)
流れる血が多過ぎる。
足に力を込めても、立ち上がれる気がまったくしない。
(意識が……目の前がグラグラ……する。でも……倒れちゃダメだ……こんなところで……)
意識が朦朧とし始めて、目の前が回り続けている。
アナスタシアは、剣を掴む自分の手の力が少しずつ弱くなっているのを感じていた。
「はぁ……そろそろ飽きてきたし、トドメ刺しちゃおうかな〜。」
子供っぽい話し方で物騒なことを漏らすと、器用に回した剣で風切音を鳴らしながら、女はアナスタシアへと近づいていった。
そして、目の前まで来ると、口角をさらに上げた。
(これまでか……くっ……)
再び立ち上がろうと足に力を込めるが、やはりそれは難しそうだ。
(なら……せめて奴に一撃くらい……)
そう思い、体を預けていた剣を手に体勢を崩しながら振ってはみたが、そんなヒョロヒョロな剣が奴に届くはずもない。
そのまま剣の重さに引っ張られ、アナスタシアは地面に倒れ込んでしまう。
「すっごい精神力だね〜。そういうの……わたしは嫌いだな!」
女はそう笑っているが、アナスタシアにとってはどうでもよかった。
目の前に転がっている剣にしか、意識は向いていない。
すぐ先に転がった自分の剣。
それに手を伸ばすのは、まだ諦めていない証拠だった。
だが、簡単に取れる距離なのに、体がいうことを聞いてくれずにもどかしさが募る。
このままでは、本当に終わってしまう。
夢も、信念も、ここまで背負ってきた全てのことが、ここで終わってしまう。
(それは嫌だ……わたしは……何のためにここまで……)
だが、現実は無慈悲なものだった。
アナスタシアは、女がついに行動することを感じ取る。
「さようなら……に〜んげん!」
軽々しく振り下ろされる剣。
首筋を狙ったその凶刃は、アナスタシアの首をスパッと……
「カマイタチ(烈風刃斬)!!!」
突如、崩れた岩の間から無数の風の刃が放たれた。
そして、それらは黒ずくめの女の首を落とそうと、奴へと降り注いだ。
「おっとと……とっ!」
おどけた素振りで、いとも簡単に風の刃を撃ち落としていく女の前に、颯爽と姿を現すパルトを見て、アナスタシアは安堵していた。
「あれ……!死んでなかったのぉ〜?」
「……」
パルトは挑発に乗ることなく、すぐさま横薙ぎの一閃を放つ。
女は大きくバックステップを取り、難なくそれをかわす。
「さっきので死んだかと思ったんだけど………けっこう打たれ強いんだねぇ〜。」
ケタケタと笑う女を無視して、パルトはアナスタシアへと振り返り、手をかざす。
「ヒール(快治癒)。」
パルトがそう唱えると、肩から腹にかけて斬り裂かれた大きな傷が、みるみると治っていった。
「ヒ……ヒール使えるんだ……。」
「兎人族が1番得意なスキルだから。でも、その傷だと応急処置にしかならない……早くギルドに戻ろう。」
パルトはそう言うと、再び黒ずくめの女へと振り返った。
◆
妙に頭がスッキリしていた。
意識を失う前とは違い、視覚や聴覚などの感覚が研ぎ澄まされている気がする。
『それはスキル【脱兎如】の発動による効果です。』
頭の中に響く声が、疑問に対する答えを告げた。
なるほど……。
さっきのことは夢ではなく、ちゃんと現実なんだ……。
正直、夢かどうか疑っていたわたしだったが、スキル【ガイド(深慮遠謀)】の声を聞いて、それが確信に変わった。
「ガイドさん……一応聞くけど、スキルは今も発動中?」
『…ガ…イ……ん』
一瞬だけ、ガイドが言葉に詰まった気がした。
何かに拍子抜けしたような……そんな気配を感じたが、ガイドの声はすぐに答えを述べる。
だが、その回答の内容が驚愕だった。
『現在も発動中です。なお、スキルの効果はまもなく切れます。』
「え……?!」
突然のカミングアウトに、わたしは驚きを隠せずに聞き返した。
「ちょ……ちょっと待って!?このスキルって制限時間があるの?!」
『もちろんです。特殊スキルに分類されるスキルには、基本的にクールタイムが存在しています。【脱兎如】も例外ではありません。』
淡々と答えるガイドに対し、わたしはその先を恐る恐る聞いた。
「なら、時間切れになるとどうなるの……?」
『簡単なことです。スキルの反動により、個体名パルトは一定時間動けなくなります。なお、繰り返し使用することで、クールタイムの短縮及び反動の軽減は可能です。』
わたしは気が気ではなかった。
そんな大事な話を、なぜこのタイミングでするんだ!
しかも、時間だけじゃなくて、動けなくなるっていう制約まで追加されてるし!!
「わ……わかった!で、あと残り時間はどれくらい?!」
焦りつつも、冷静さを保ってガイドに問う。
すると、再び信じられない回答が……。
『スキル【脱兎如】の使用時間は、残り1分です。』
耳を疑うとは、まさにこのことだ。
あと1分で、どうやって奴を倒せと言うんだ。
本音と愚痴が入り混じり、頭の中をぐるぐると回る。
だが、ガイドは言う。
『ご安心を。残りの時間で、目の前の敵の沈黙化は可能です。』
「ほ……本当に……!?」
『はい。そう推測します。86%の確率で敵を沈黙、もしくは撃退が可能かと……。』
そこまで言うなら、ガイドさんを信じるしかない!
わたしはそう覚悟を決めた。
「わかった!残りどれくらい?」
『残り時間50秒です。』
「ほとんど時間ないじゃん!で、どうすれば!?」
『スキル【脱兎如】は、使用した個体の全ての能力を強化できます。通常とおりの……』
「長い!!要するに、今までとおりに戦えばいいんでしょ!」
『……そのとおりです。』
ガイドがちょっと不服そうな雰囲気を醸し出しているが、それどころではない。
わたしはすぐに全身に魔力を込めた。
いつもより、魔力が全身に行き渡る速度が速い。
視覚、聴覚、嗅覚など、全ての感覚が鋭く研ぎ澄まされている気がする。
これなら……いける!!
その瞬間、わたしは全身の魔力を解放した。
新たなスキル【脱兎如】!!
この力、どれくらい強いのか!!




