38 わたしはガイドです。
突然現れた黒ずくめの女。
いったい誰なんでしょうか‥‥
灯籠の明かりが照らす薄暗い大広間。
目の前に立ちはだかる黒ずくめの女。
相手の息遣いが聞こえてきそうなほど、辺りはしんと静まり返っていた。
「アハ……あなた……兎人族だよね。」
静寂を切り裂くような笑いを浮かべて、女がわたしに問いかける。
「そんなの……この耳を見ればわかることでしょ。」
わたしは嫌味ったらしく言い返したが、女はそれでも笑っていた。
「まぁ、それはそうか。で、あなたはどっち?」
再び投げられる問いかけ。
だが、わたしにはその意味と意図が分からなかった。
「どっち……?」
そんな疑問が頭を巡り、眉間に皺が寄る。
そんなわたしの様子を見て、女は声を苛立たせた。
「どっちの種族だってこと。思ってたよりトロいんだね。」
「はぁ?!」
偉そうに言っているが、お前の聞き方が悪いんだろうが……。
奴の言葉にそんな怒りが胸に湧くが、こういう時に冷静さを失ってはいけない。
わたしは心を鎮めるように大きく息をついた。
実は、兎人族には2つの種族が存在している……と、昔父から聞かされたことがあった。
主に帝国領に生息域を分布するラビリトルと、王国領に多く分布しているラビテリア。
兎人族は基本的に、このどちらかに分けられている。
だが、2つの種族間に違いはほとんどなく、帝国領側のラビリトルも王国領側のラビテリアも、基本的に髪や体毛は黒い色素を持って生まれてくる。
兎人族の1番の特徴である長い耳も千差万別で、長かったり短かったりと人それぞれで違う。
では、それぞれを明確に区別できるものは何か……強いて言えば、稀に容姿に違いが出ることだった。
ラビテリアにだけ、稀に色素が薄い者が生まれてくることがある。
だから、もし仮にわたしが白髪であれば、王国領側のラビテリアだとわかるんだろうが、そうではないので他の種族には見分けがほとんどつかない。
おそらく奴が聞きたいのは、わたしがラビテリアなのかラビリトルなのかということ……なんだろう。
だが……
「……お前に言う義理はない。」
敵に自分の情報を答えてやる必要はない。
強気の姿勢を見せると、女はさらに嬉しそうに笑った。
「初めてだよ。あなたみたいな気の強い兎人族に会ったのは……。」
「それはどうも……わたしはあんたみたいな奴には、会いたくはなかったけどね。」
正直、これは本音だった。
たぶんだけど、こいつはかなり強い。
たぶんゴズルなんかよりもずっと……。
さっきの一撃も、奴が放つ殺気を感じ取れたから防ぐことができたが、次はわからない。
表情や口調には出さないように虚勢を張っているが、わたしの胸には焦りが溢れ返っているのである。
「ふん……まぁいいけど。ところで、あなたの名前は……?」
女がつまらなさそうに鼻を鳴らす。
「だから、言うわけないでしょ。」
わたしが睨みながらそう返すと、女は大きくため息をついて笑みを消した。
「そう……なら、そろそろ死んでいいよ!」
再び、目の前から女の姿が消えた。
……っ!!
さっきより……早い……!!
驚愕と同時に、右手から殺気を感じて反射的に一歩下がると、紙一重で目の前に剣が振り下ろされた。
「……反応はなかなか。」
女は感心したようにそう呟くと、体勢はそのまま、振り下ろした剣を持ち直して刃の向きだけを変える。
わたしに向けられたその刃先が、流れるように下から上へと斜めに斬り上げられた。
こちらの上半身を狙った斬り上げ。
「く……っ!」
わたしはそれをなんとか剣で受け切ったが、その一撃は先ほどとは比べ物にならないほど重い。
「よく止めたね〜!だけど……軽いなぁ!!」
突如、浮遊感が体を襲う。
「パルト……!!」
アナスタシアが心配そうに声を上げた……と思った矢先、背中から強烈な衝撃を受けた。
血反吐を吐きながら、わたしは自分が壁に叩きつけられたと理解した。
「ぐ……」
重力に引っ張られ、地面に倒れ込もうとする体を気合いで踏み留め、すぐに剣を構えた。
「へ〜。今ので終わりと思ってたんだけど……威勢だけじゃないんだね。やるじゃん。」
「うるさい!次はこっちからだ!」
声を上げると、背中に激痛が走った。
それに口の中が鉄まみれで、気持ち悪い。
ぺッと吐いた唾は真っ赤に染まっている。
でも、負けてはいられない。
全身に魔力を込め直したわたしは、すぐにスキルを発動した。
「駿歩!!」
駿歩による全身加速で、奴との間合いを一気に詰める。
「まぁまぁ早いね!」
笑みを浮かべ、わたしのスピードに称賛を贈る女。
だが、それを無視して即座に次の風術スキルを発動。
「カマイタチ(烈風刃斬)!!」
剣を振り抜くと同時に、放たれた数本の風の刃が奴に襲いかかった。
「面白いスキルだね!でも……まだまだ!」
女は笑いながら風の刃たちを軽々と避け、行き場を失った風の刃が後方の壁を抉った。
轟音が響き渡る最中、女は挑発するような笑みをを浮かべている。
が、わたしの攻撃はそれで終わりではない。
かわさせることも織り込み済みで、ちゃんと考えている。
「駿影!!」
空気の足場を作る空歩を使って、上下左右、縦横斜めと、目にも止まらぬ速さで縦横無尽に飛び回る。
地面を抉るほどの重い踏み込み。
それを何度も繰り返す直角鋭角のステップ。
予測不能な動きで奴を翻弄すれば、必ずや隙が生まれるはず。
そして、そこに無数の剣戟を叩き込んでやれば、勝機はある!
「ワァーオ!!すごいね!」
わたしの動きを見て、感嘆の声を漏らす女。
だが、ムカついている暇はない。
わたしは奴の後方から飛びかかり、思いっきり剣を振るった。
ガキンッという鈍い音が鳴る。
それは、奴がわたしの一撃を防いだ証拠。
だが、それで攻撃を止めることはない。
剣戟の弾幕……斬っては離れ、再び斬りかかる無数の剣戟を、何度も何度も奴に向かって放ち続けた。
ゴズルの時と同じように……。
それでこの女にも隙が生じる……そう思っていた。
だが、その思惑はすぐに崩されることとなる。
「一撃が軽いなぁ……。それにスピードも中途半端……。こんなの簡単に防げるよ。」
無数の金属音が響き渡る。
わたしの攻撃が全部受け止められている。
残念そうに口を窄める女に焦りの色は見えないし、何なら涼しい顔すら浮かべている。
わたしには焦りしかないのに……。
「くそ!くそ!くそ!」
「自暴自棄になるのは良くないよ〜。」
片手で全ての攻撃をいなしながら、女は口元に笑みを浮かべていた。
それがわたしの癇に障った。
「うるさい!!黙れ!!」
飛び跳ねるのをやめて、一撃全てに力を乗せた。
だが、思いっきり体重を乗せて振り下ろした剣撃すらも、女は簡単に受け止めた。
「怒りに任せたところで、ダメなものはダメなんだよ。」
女は自身の剣でわたしの剣を押し返すと、虫でも振り払うように剣を振り抜いた。
押し返されたわたしは、空中でバランスを崩した状態になる。
すぐに体勢を整えようとも、これではそう簡単にはいかない。
そこに女からの蹴り一閃。
「カッ……ハ……」
無防備な腹部に奴の足がめり込んで、わたしはくの字のまま蹴り飛ばされた。
その直後、再び背中を襲う激しい衝撃によって、わたしの意識は完全に暗闇に堕とされた。
・
・
・
ふと気づけば、いつの間にか見たことがない空間に自分がいた。
ここは……?
わたしはさっきまで戦っていたはず……。
あの女は……!?
先ほどまでいた薄暗い空間ではなく、見たこともない真っ白な空間に1人で立っている。
先ほどまでの激闘から打って変わって、辺りは静まり返り、わたし以外には誰もいない。
もしかして……わたし……死んだ?
それなら……ここは天国とか……
そんな疑問が、焦りとともに浮かぶ。
明確に覚えているのは、蹴りを打ち込まれ、そのまま壁に叩きつけられたこと。
そこまでだった。
もしかして、当たりどころが悪くてそのまま……死……
そう考えると、焦りがどんどん膨らんでいったが、ふと後ろから声をかけられた気がした。
「……ルト。」
振り返ると何もないし、誰もいない。
でも、確かにそれは聞こえた。
懐かしくて胸が温かくなる声。
師匠……。
無意識に涙が溢れる。
今のは師匠の声だ。
聞き間違えるはずがない。
でも、そうだとすると、やはりわたしは……。
「……ました。」
今度は少しはっきり聞こえた。
咄嗟に振り返って辺りを見回したが、やはり誰もいなかった。
「師匠……!」
そう叫んでも、師匠の姿はどこにもない。
ひょっこりと出てくることもない。
急に寂しさに胸を強く締め付けられた。
会いたい……師匠に……会いたいよ……
そう強く願う。
一度でいいから、師匠に会いたいと。
わたしは崩れるように膝をついた。
そのまま、地面に手をつき、肩を震わせる。
重力に引っぱられた涙が落ちて、小さな雫たちが床を濡らしていく。
わたしは、嗚咽を漏らして泣いた。
だが、そんな時だった。
わたしの耳に、無機質な声色が突然聞こえてきたのは。
『再度通達。個体名パルトのレベルが上がり、これによりスキル【脱兎如】を獲得しました。』
耳に響く聞き慣れない声。
一瞬、何が何だか理解ができず、わたしは涙で濡れた顔を上げた。
だが、やはり誰の姿もない。
レベル……?
脱兎……?
ていうか……だれ?
聞き慣れない言葉が頭を巡る。
それに、周りには誰もいないという事実も相まって、混乱が混乱を呼ぶ。
だが、そんなわたしの疑問に答えるように、再び無機質な声が頭の中で響き渡った。
『スキル【脱兎如】とは、特殊スキルに分類され、その効能は身体能力強化、魔力操作向上など、一時的な自身の全ての能力向上です。先ほど、個体名パルトのレベルが25に上がったことで獲得しました。』
正直、理解が及ばない。
この声の主は、いったい何を言っているのだろう。
だが、そんな状況でもスキルの効能を理解している自分にも驚いている。
【脱兎如】とは、要は能力向上のスキル……ということらしい。
いや……そんなこと今はどうでもよくて……。
「……ていうか、誰……?」
無意識に本音が漏れていた。
頭の中に響く声とか……正直自分が怖すぎる。
いったい、これは何なのだ……。
そもそも、ここがどこかもわからないし、何でここにいるかもわからない……。
あいつに蹴られて、わたしの頭はおかしくなってしまったんじゃないだろうか。
やっぱり、わたしは死んだんじゃ……。
現実離れしたこの状況に、混乱が絶えず襲う。
だが、声の主はわたしの気持ちを気に留めることなく、淡々と回答を並べた。
『この機能はダビドからの権能委譲を受け、個体名パルトの精神内に構築された新たな機能です。』
「え……師匠……から……?」
『そうです。もともと彼が持っていた権能を、彼自身があなたに委譲したことで今に至ります。スキル名は【深慮遠謀】(ガイド)です。』
「ガイド……」
わたしは胸に温かいものを感じていた。
師匠が……わたしに……
師匠からもらったスキル……
その事実は、わたしの心を救ってくれる気がした。
だが、ガイドはわたしが心傷に浸ることを許してくれない。
『安心するのはまだ早計です。あなたはまず、目を覚す必要があります。』
「目覚める……?」
『そうです。あなたは強力な攻撃を受け、意識を失っています。現在あなたがいるここは、ご自身の深層心理です。安心するのは、敵を退けてからにしましょう。』
その瞬間、わたしの意識は一気に覚醒した。
新たに得られたスキル【ガイド】。
ダビドから委譲されたものだと聞いて、パルトは嬉しかったと思います。
でも、まずは解決しないといけないことがある!
次回、激突!!




