37 マルシアの捜索②
見つけた井戸の底…
その奥にあった通路を進んでいくパルトたち。
いったい何が待ち受けるのか。
真っ暗な闇の中にひとつの人影がある。
真っ黒な外套を纏い、フードを深々と被った人物が静かにそこに佇んでいた。
だが、何やら違和感を感じ取ったらしい。
「侵入者……」
ふと、声が漏れる。
蚊の鳴くような小さい呟きは、誰かに伝えようとしたものではなく、自身の認識を明確にすることが目的だろう。
背負っているのは鞘に納められた剣。
その柄に付けられた鈴がチリンと鳴る。
その瞬間、その姿は消えていた。
◆
「お〜い!マルシアちゃ〜ん!どぉ〜こですかぁ〜!」
暗闇を照らすランタンの光とともに、アナスタシアの悲壮感漂う声が辺りに響いた。
先刻、マルシアの姿を見つけて、釣られるままここまで追いかけてきたわけだが、どうにもその姿は見当たらない。
進んできた通路は、横穴も何もない一本道。
まるで、一心不乱にただひたすらまっすぐ掘り進めてきたような……そんな雰囲気すら感じさせるこの通路は、わたしとアナスタシアが横にギリギリ並べるほど狭かった。
「なんでいないんだよぉ〜!!」
頬を膨らませて地団駄を踏むアナスタシアの意見には、さすがのわたしも賛同せざるを得ない。
マルシアを追ってこの通路を進んできたわけだが、今のところ猫どころかネズミ1匹すら見当たらない始末。
さすがのわたしも、この状況には滅入り始めていた。
「でも、ここまで横道はなかったし、マルシアはこの先にいる……はずだよね。」
アナスタシアからの問いかけにわたしは無言で頷いたが、それも根拠のない推測に過ぎない。
もはや、最初に見かけた猫がマルシアであったかどうかすら怪しくなりかけている状態である。
戻るべきか否か。
先ほどから、頭の中でその問答が繰り広げられているが、いまだに答えは出ないまま、ここまで来てしまっていた。
ワメキヤの屋敷へ来たのは夕刻近くだったから、すでに時間は夜だろうな。
期限が決められた依頼ではないし、この場所が突然なくなることもあるまい。
それにお風呂にも入りたい。
そう考え始めたら、ここらで切り上げるべきだという結論にやっと至った。
「アナスタシア……今日は帰ろうか。」
その言葉を待ってましたとばかりに、アナスタシアの顔に笑顔が浮かんだ。
「そうしよう。明日またここを調べればいいんだし、そもそも、マルシアが本当にここにいるかもわからないしね。」
そう言うと、アナスタシアは踵を返すように来た道を戻り始めた。
だが、そんな背中を嘲笑うかのように、どこからともなく猫の鳴き声が聞こえたのだ。
「アナスタシア!今の……」
「猫……だよね……?」
戻ってきたアナスタシアの言葉に、こくりと頷き返す。
わたしとアナスタシアは互いに目を合わせると、通路の先へと急ぐことにした。
・
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しばらく走ると、先ほどまでの狭い通路から突然広い空間へと飛び出した。
「……なに?ここ……」
先に走っていたアナスタシアがゆっくりと立ち止まり、驚いて見上げるほど高い空間。
それに、4面ある壁には等間隔に灯籠が並んでいて、ぼんやりと辺りを照らしている。
明らかに人工的に造られたものだとは理解できたが、装飾などもほとんどなく、この施設……というか広場の用途はわからない。
その造りからは、建造者の意図がまったく読めなかった。
井戸の下にこんな空間があるなんて……でも、なんでホウレン家の下から繋がっているの……?
考えれば考えるほど、疑問が疑問を呼ぶ。
灯籠を見れば、ここが現在進行形で使われていることがわかるが、いったい誰が何のために使っているのかはわからない。
街を管理する子爵家の井戸と地下空間。
そこから人工的に掘られた通路。
そして、この広場……。
情報が少な過ぎて、結論には到底辿り着けなかった。
だが……
「みゃあ〜」
振り返れば、小さな石の上にマルシアと思われる猫が寝転んでいた。
「よかった!やっぱりいたんだ。」
鳴き声に気づき、アナスタシアは嬉しそうにポケットからあるものを取り出すと、ゆっくりと猫との距離を詰めた。
手に持っているのは猫じゃらしのおもちゃ。
セバスチャンから預かったマルシアお気に入りのおもちゃである。
「ほ〜れほれほれ。」
先についた毛虫のような丸い玉を上手に動かし、マルシアの気を引こうとするアナスタシアは、どこか楽しそうだ。
一方で、マルシアもその動きには興味津々で、眠たそうだった目をギラつかせて毛虫玉をキョロキョロと追っている。
そうな攻防もすぐに幕を閉じる。
毛虫玉に飛びついたマルシアを、上手に抱き抱えるアナスタシア。
慣れた手つきでマルシアの喉を撫でると、マルシアも嬉しそうにゴロゴロと喉を鳴らした。
「これで依頼は終わり!意外と呆気なかったね。」
そう笑うアナスタシアの腕の中で、マルシアは心地良さそうに欠伸をする。
「ん……なら、さっさと帰ろう。何となくここは良くない気がする。」
「……だね。明らかにここってヤバそうだもん。」
珍しく意見が一致したので、さっさと来た道を戻ろうと振り返る。
だが、そこであることに気づいたわたしは、足を止めてアナスタシアを腕で制止した。
突然のことに慌てるアナスタシアとマルシアだが、今はそれどころではない。
わたしの五感が警鐘をガンガン鳴らし始めているのだ。
視線の先には、いつの間にか黒ずくめが1人。
わたしたちが来た通路の前に立ち、行手を阻んでいる。
なに……あいつ……いつの間に……?
まったく気配が感じられなかった。
気づいたらそこに居たという事実が、わたしの警戒心を最高値まで高めている。
「侵入者……」
呟きが聞こえた。
深々と被ったフードのせいで顔は見えないが、声からするに女。
背丈はわたしと同じくらいで、背負っている武器はおそらく剣か……。
今わかることはそれくらいだ。
だが、確実にわかることがひとつある。
それは、奴がこちらを敵対視していること。
奴から放たれている殺気がそれを物語っていた。
次の瞬間、奴の姿が消えた。
だが、わたしは冷静にそれを認識する。
咄嗟の判断ではあるが、腰に佩いた剣を抜き、次に感じた殺気の方へとその刀身を向けた。
突如、響き渡る金属同士のぶつかり合い。
散った火花が、薄暗い暗闇の中で互いの姿を照らす。
「……っ!?」
フードから垣間見えた奴の口元には、驚嘆が浮かんでいた。
それはまさに、初手を防がれたことに対する驚きなのだろう。
奴はすぐさまわたしとの間に距離を取ると、小さく言葉を溢した。
「なかなか……やる……」
奴は再び剣を構えた。
どうやら、とことんやる気らしい。
その意志を感じ取ったわたしは、後ろで驚いているアナスタシアに離れるように指示を出す。
「マルシアはちゃんと掴んでて。大切な4万フィルだからね。」
アナスタシアも、マルシアを抱えたまま戦うことはできないと判断し、素直に頷いた。
アナスタシアたちが離れていくのを背中で感じつつ、わたしも奴を見て剣を構える。
「お前……何者だ……。」
わたしのその言葉に、奴は口元に笑みを溢すのであった。
◆
「侵入者……ですって?」
「あぁ……地下道に2人だ。」
窓の外を見つめているワメキヤの後ろには、真っ黒な外套に身を包み、フードを深々と被った男が立っている。
「ワタぁークシのテリトリーに……何たる不届者……。早急に排除しなさい。」
「もちろん……すでにあいつが排除に当たっている。」
「……ということは、あの小娘が……?」
男は無言で頷いた。
「ちっ……不安しか感じないですわね。大丈夫ですの?」
「問題ない。今のあいつならCランク冒険者くらいなら簡単に殺れる。」
「ふん……どうだか……。」
ワメキヤ眉を顰めて鼻を鳴らすと、執事を見る。
「セバスチャン……今日来た冒険者の2人……あれはどれくらいの強さなのです?」
そう問われると、セバスチャンは頭を下げて丁寧に告げる。
「Cランク……くらいでしょうか。」
「そう……なら、問題はなさそうですわね。」
ワメキヤは安心したように息をつき、羽毛で覆われた扇子を口元に運ぶ。
そして、窓の外に再び目を向けた。
「例の件……首尾はいかが?」
その問いには、黒ずくめの男が答える。
「まもなくだ……。」
男の言葉を聞き、ワメキヤは朗報だとでもいうように扇子の奥で大きな笑みを溢す。
「くくく……あともう少しですわ!もう少しでわたしの……ホウレン家の悲願が……!!」
ワメキヤの高笑いが屋敷中に大きく響き渡った。
マルシアを見つけたパルトとアナスタシア。
しかし、2人の前に現れたのは…
そして、ワメキヤはいったい何を企んでいるんでしょう!?




