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36 マルシアの捜索①

気を取り直して、依頼を進めましょう!

まずはお金稼がないといけませんからね!

「それじゃ、気を取り直してマルシアの捜索開始を始めよう。」



ホウレン家の屋敷の前にて、アナスタシアはコホンと咳払いすると、持っていたメモ帳を開いた。


横から覗き込んでみると、ワメキヤと話していたときに取っていたメモが、びっしりと書き込まれている。


彼女はそれをひとつひとつ読み込んでいるようだった。



天然に加えて、真面目で几帳面……。



わたしの中で、アナスタシアの情報が更新された瞬間だった。



「えっと……マルシアが居なくなったのは昨日の昼。それまでは、庭にあるお気に入りのクッションで寝ていた。ワメキヤ自身もそれは確認している……。」



あごに手を置き、自分で書いたメモを読み上げていくアナスタシア。


それはまるで、名探偵にでもなったかのようだった。


だが、わたしにはどう見ても、アナスタシアがちゃんと答えを導き出せるとは思えない。


彼女の自己満足でしかないように思えて仕方がない。


そうとはいえ、せっかく必死に考えているアナスタシアを止めるのも忍びない。


そう考えて、わたしはわたしで、屋敷の周りを簡単に捜索することにした。



貴族の屋敷だけあって、広さはかなりのもの。


塀に沿って周るとなると少し時間がかかってしまいそう。


なら、客観的に見る方が効率的かな。



そう考えたわたしは、風術スキルの空歩を使って真上に飛び上がった。


そのまま、数メートルほどの高さまで飛び跳ねて、作った空気の塊の上に飛び乗ると、ゆっくりと視線を街へと向ける。


ホウレン家の屋敷は、街の中では少し小高い位置にある。


そのため、この位置からだとトゥウランの街並みが一望できることを知る。


少し離れたところにあるのは、さっきまでいた冒険者ギルドの建物。


その右手には教会のような建物も見える。


そして、その間には街の中心となる大通りがあり、ここからでも人々が行き交う様子が窺えた。


トゥウランの街の全体像が一望でき、人々の営みを感じ取ったわたしは、心が穏やかになるのを感じていた。



「パルト〜!何かわかったことある?!」



下からアナスタシアが呼ぶ声が聞こえた。



余韻に浸っていたのにと、ついつい不貞腐れてしまうが、冷静に考えれば、確かに今は仕事中である。


わたしは仕方なくマルシア捜索に意識を戻すと、屋敷とその周りを観察し始めた。


塀の中には当たり前だけど、屋敷と庭がある。


庭の中心には噴水があり、左右には緑色の木々や華麗な花々が植えられている。


そんな花壇に囲まれた場所に置かれたテーブルとイスは、おそらく貴族の娯楽用に備え付けられたものだろう。



たぶん、あそこで紅茶とか飲むんだろうな。



そんなことを思いつつ、今度は屋敷の外側に意識を向ける。


向かって左側には小さめの林が広がっており、右手には少し広めの草地がある。


特に変わったところはなく、全体的に普通の貴族の屋敷という印象だった。


だが、何気なく眺めていたわたしの目に、ふと古い井戸が目に入った。



あんなところに井戸……?


しかも、なんだか隠しているみたい……。



庭の隅にポツリとあるその井戸は、生い茂る木々や色鮮やかな花々で囲まれている。


地上から見ても、その存在には気づかなかっただろう。


わたしは、再び空歩を使ってアナスタシアのところへと戻った。



「あっちに……井戸があった。」


「え……井戸……?」


「うん。とりあえず、行ってみよう。」



アナスタシアの腕を引き、わたしは再び屋敷の敷地内へと足を踏み入れた。



一応先に断っておくが、依頼解決までの間、わたしたちは屋敷を含む敷地内の出入りを許されている。


もちろん、制限はあるが、この庭ならば近くにいる剪定師などの使用人たちに声をかけるだけでよい。


執事長のセバスチャンが、そう根回ししてくれているのであって、貴族の家に無断で勝手に出入りしているわけではない。



「……この先だね。」



上から俯瞰して見た位置を思い出しながら、深く生い茂った木々の先を進む。


すると、突然予期せぬ障害物が現れて驚いた。


上からでは気づかなかったが、どうやら井戸は背の高い鉄の格子で囲まれていたようだ。



「なんか不自然な格子だね……。何のためにこんな物をつけたのかな。」


「わからない。でも、なんとなくこの先に答えがある気がしてきた。」



もちろん、その推理に根拠はまったくない。


だが、何だかワクワクするのは、わたしだけだろうか。


この先には、絶対に何かある気がする。



「それ……何の根拠もないよね……。」



横で最もなことを呟くアナスタシアを無視して、両脚に力を込めた。



「よっと……!」


「ちょっと……パ……パルト!」



格子を飛び越えたわたしを見て、アナスタシアは不安げな表情を浮かべている。


だが、悪いことをしている気はさらさらない。


これはあくまで依頼のための捜索の一環。


何の問題もないはずだ。



アナスタシアの言葉を気にすることなく、そのまま進むと、すぐにお目当ての井戸へ辿り着く。


だが、たどり着いた瞬間、あることに気づいてギョッとした。



「こ……これって……血の跡!?」



井戸の縁から中に向かって、何かに引きずられたように付けられた血の跡。


ただ、だいぶ時間が経っているようで、かなり黒ずんではいるが、これは間違いなく誰かの血。



「パルト……!待ってよって……何それ!?」



遅れてやってきたアナスタシアも、この血痕を見て驚いている。



「たぶん……誰かの血……。この量じゃ、おそらく……」



その先は言わないでおく。


なぜだが、わたしの口がそれを拒んだからだ。



気を取り直して井戸をよく観察してみると、かなり古い物だとわかる。


掘る際に壁が壊れないよう石が積まれているが、その石はかなり風化しているし、鶴瓶式の水を汲む桶もボロボロだ。


だが、あることに気づく。



「風が……流れてる?」



井戸の口に顔を近づけると、吹き上げる優しい風が頬を撫でる。



「てことは、これはどこかに繋がっているってことだよね?」


「うん……。よし!入ってみよう!」


「え……!?」



わたしの判断に、アナスタシアがギョッとする。


だが、この判断に間違いはない。


わたしの直感がそう言っているから。



「とりあえず、わたしは中を探索するよ。この血だって、野生の動物のものかもしれない。何もなければそれでいいしね。」


「でも……やっぱり入る前に、あの執事長の人に言った方が……」


「そんなことしたら、たぶん止められるでしょ。そもそも、この格子の中に無断で入ってるんだし。」



わたしの指摘に、アナスタシアはぐうの音も出ないと言った様子だ。


それを見て、わたしは意気揚々に井戸の口に手を掛けた。


覗き込めば、中は薄暗く下まで見通すことはできない。


でも、わたしには空歩があるから問題はない。



「アナスタシアは、高いところから降りるスキルとかあるの?」


「え……!な……ないよ。そんなスキル!」


「なら、わたしが抱えて連れて行くけど……どうする?」



身体強化すれば、アナスタシア1人くらいは持ち上げられる。


それで、井戸の中を降りて行くことくらい朝飯前だ。


師匠との鍛錬で、生半可な鍛え方はしていない。



わたしがジッと見つめていると、アナスタシアは大きなため息をついて、わたしを見返した。


どうやら決心したらしい。



「行くよ……。」



その回答に頷き返し、わたしはアナスタシアを軽々と肩へ担ぎ上げた。



「ちょ……これで降りるの!?」


「ん……お姫様抱っこにする?」


「そ……それはそれで……ちょっと……」


「なら、これでいいでしょ。」



アナスタシアが「うわっ!」と声を上げると同時に、わたしは井戸の中へと飛び込んでいた。


近くの窓から、その様子を窺う人影に気づくことなく。



◆



「けっこう深かったね。」



地面に降ろされたアナスタシアが、服を整えながら感想を述べた。


見上げれば、入ってきた井戸の入り口がかなり小さく見える。



「かなり暗いし、カビ臭いね。長い間、誰も来てない証拠だよ。」



降りている途中で準備していたランタンを片手に、アナスタシアはゆっくりと辺りを見回していく。


ランタンの明かりにも限界はあるので、この場所の全容は把握しきれないが、少し広い空間だということはわかった。



「でもさ、井戸の下に何でこんな空間があるのかな?」



わたしが首を傾げると、アナスタシアが自論を展開する。



「おそらく、ここにはもともと水が溜まってたんじゃない?でも、それが枯れてしまったから使わなくなった。」


「でも、わざわざ格子で隠すように囲う?」


「それは人が落ちて危ないから……とか。」



一理あるとは思う。


でも、別に格子で厳重に隠す必要はない気もする。


危険なら、蓋をするか埋めてしまえばいいのだし。



「そういえば、さっきの血痕。あれはこの中に続いていたよね。なら、地面にも同じような跡があるんじゃない?」



アナスタシアは、たまに良いことを言う。


わたしは内心で彼女を褒めつつ、井戸の入り口の真下に当たる場所へと戻り、膝をついて地面を観察する。


だが、ランタンで照らされた場所を見ても、そこには何もなかった。



「おかしいなぁ……。あそこから落ちたなら、この辺にも血痕がありそうだけど……。」


「ん……。」



首を傾げるアナスタシア。


わたしも同じように思考を重ねてみたが、答えは出てくるはずもない。



「やっぱり、ここには何もないんじゃない?」



無駄足だったか……。



アナスタシアの言葉に共感していると、再び違和感を感じ、その方向へと顔を向けた。



「マル……シア……?」



視線の先には、先ほどワメキヤから聞いたとおりの特徴をぶら下げた猫がいるではないか。



「え……!?あ……本当だ!」



アナスタシアもそれを視認して驚いている。


だが、そんなわたしたちを小馬鹿にするように、マルシアは暗闇へと消えて行った。



「あの先……道がある。」


「……だね。どうする?」



アナスタシアの声は少し不安げだ。


だが、依頼の対象がいたのだから、答えはひとつしかない。



「行こう……。」



わたしの言葉に、アナスタシアは無言で頷いた。

見つけた怪しい井戸。

そして、その下に広がる空間。


いったいだれが何のために…?

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