26 パンと鍛治師
第1章をご愛読くださり、ありがとうございます!
ここからは第2章、パルトの冒険が始まります!
師匠も家族も失ったパルト。いったいどんな冒険が彼女を待ち受けるのか!
ご期待ください!
「親父!レッサーボアの串焼きを2本もらおうか。」
「はいよ!」
そんなやりとりに、わたしの耳が無意識に反応した。
人混みで溢れる通りのど真ん中で、わたしの足が止まる。
人という数多の障害物を避けて向けられた視線の先に、美味しそうな串焼きを受け取る客の姿……というよりも、見事に焼き抜かれた串焼きの姿を、わたしの目はしっかりと捉えていた。
同時に、香ばしい匂いが鼻をつく。
ジューシーな肉汁が滴る様子に、口の中は大洪水だ。
そして、調理中の肉串が炭の上で焼かれ、パチパチとリズミカルに跳ねる油の音も、オーケストラのようにわたしの心を鷲掴みにする。
わたしの五感が余す所なく刺激され、くぅーっという情けない音がどこからともなく聞こえてきた。
それが誰のものとは言わないが、わたしは恥ずかしくなって、足早にその場を後にする。
もちろん、こんがりと焼けた肉の香りに後ろ髪を引かれたまま。
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人通りが少ない路地を抜けて、少し進んだところで広場に出た。
中心にある噴水の音が心地よく、その周りには植栽やベンチが置かれている。
この時間は人の気配がほとんどないが、ここが人々の憩いの場になっていることがなんとなく理解できた。
その噴水の縁にわたしは腰を下ろす。
下ろすついでに、ついつい本音がポツリと漏れてしまう。
「お腹……空いたな……。」
外套のポケットに手を入れても、何も入っていないことはすでに確認済みだ。
恥ずかしいけど、完全に一文無しの状態。
それが今のわたしのステータス。
そもそも、兎人族の集落で育ってきたわたしにとって、食べ物やら衣類やらは全てが自給自足だったのだ。
"お金を稼ぐ"ということ自体が非日常的。
そんなわたしが街に来たことで、お金が無い不自由さを痛感させられているのは必然としか言いようがない。
もちろん、それを学ぶことができたのは、今後のわたしにとっては良かったのかもしれない。
だが、今のわたしには、その代償がとてつもなく大き過ぎる。
そう思ったら、大きなため息が出た。
わたしは今、トゥウランと呼ばれている街にいる。
ゼルディア帝国領にある都市で、師匠の家から南西に位置している商業の中心となる街。
……であることを、街に入る際に門兵に教えてもらった。
師匠の家からこの街までは約2週間ほどかかったが、師匠の家の倉庫にあった地図を確認しながらだったので、自分としてはスムーズに来れたと自負している。
もちろん、その間は野生の動物や魔物を狩って食い繋ぎ、まさに自給自足の生活をしてきた。
だから、お金があるはずもなく、今のこの状況にあるというわけだ。
ちなみに、街に入るためには身分を証明するものを提示するか、入場に係る税を納めなければならない。
そのための城壁と門、そして門兵なのであるが、それにも関わらず、わたしがここにいられる理由は……
想像するに容易いだろう。
この外套……フードがついててよかった……。
わたしの長い耳は……ただでさえ目立つし……。
フードを撫でながら改めてホッとすると、わたしは肩からかけた小さな鞄に手を入れた。
取り出したのは、折り目のついたボロボロの地図。
そして、そこに書かれている"ツヴェルク"という文字に目を落とす。
わたしがこの街に来たのは、ちゃんとした理由があった。
ここにはある人物が住んでいる……はずなのだ。
腰に佩いた刀と呼ばれるこの剣。
師匠から譲り受けたこの剣を、打った鍛治師がこの街にいる。
誰かの名前なのか、店の名前なのかはわからないが、この"ツヴェルク"という言葉はそのヒントになり得る。
わたしはそう考えて、ここまでやって来たわけである。
だが、今のわたしはそれどころではなかった。
「うぅ……お腹……空いたな……」
最後に食事を取ったのは3日前だったか。
この街に入る前、ワイルドボアの肉を食べたのが最後。
それからは街に入ってしまったので、お金がないから食べ物にも寝床にも有り付けていない始末。
寝床は何とかなっても、空腹をずっと耐えることは不可能だ。
そろそろ何か口にしないと、本当に倒れてしまう。
何か……何かないかな……
獲物は……どこかに……
最悪……さっきの露店から盗んでも……いいかな。
そんな邪悪な思考が頭をよぎった。
「おい。」
「ひゃっ!」
突然、後ろから呼びかけられ、わたしは無意識に飛び退いて剣の柄を握る。
やばい……!
不法侵入したのがバレた……!?
逃げる……?斬る……?
どうする……?
頭が混乱していて、冷静な判断ができない。
視線が彷徨い、状況を上手く判断できない。
これも全て空腹のせいだ。
でも、わたしはこんなところで捕まるわけには……!
「やめとけ……人気がなくったって、こんなところで剣を抜いたら、それこそ衛兵が駆けつけちまう。」
その声はどこか優しくて温かく感じられた。
まるで、師匠を感じさせるような……
そのせいもあって、わたしはすぐに冷静さを取り戻した。
一息ついて、目の前に視線を向けると小さな巨躯が……その表現が正しいかはわからないが、小柄で筋肉質なドワーフが立っていた。
背丈はわたしより少し低く、顔を覆う髭が特徴的……というか、その髭のせいで目以外はまったく見えない。
唯一、把握できたのは、髭を三つ編みにして顎下でまとめていることくらいか……。
「そのリボン……可愛い……。」
本音がポロリと溢れてしまった。
彼の三つ編みはピンクのリボンで留められており、そのリボンがとても可愛らしく感じたのだ。
もちろん、彼が選んだとは到底思えなかったが。
「可愛くはない……やめてくれ。それよりもお前さん、腹が空いてるんじゃないか?」
恥ずかしさと少しの怒り。
そんな感情を漏らすドワーフの言葉に、わたしの耳が反応する。
こういう時、本能は正直だと思う。
言わずとも、気持ちが体に表れてしまうのだから。
恥ずかしいけれど、わたしはこくりと頷いた。
「そうか……なら、これを食え。」
わたしの意思を確認したドワーフは、手に持った袋の中からゴソゴソと何かを取り出すと、わたしに差し出した。
「ライ麦のパンとミルクだ。こんなものしかないが、今のお前さんには十分だろうよ。」
差し出されたそれを見て、わたしのお腹が大きく鳴った。
咄嗟に隠すようにお腹を押さえたが、ドワーフは笑いながら付け加える。
「体は正直だな。まぁ、毒なんぞ入っとりゃせんから安心せい。」
その瞬間、わたしの食欲は理性を失っていた。
「焦って食べるなよ。詰まらせるぞ。」
がっつくわたしを見て、そう笑うドワーフ。
とはいえ、そう言われても暴れ始めた食欲は私にも止められない。
だって……お腹が空いているんだもん。
彼はわたしが食べる様子を眺めながら笑うと、ある方向を指差した。
「この先に冒険者のギルドがある。そこで冒険者の登録をせぇ。そしたら、身分証も貰えるぞ。」
わたしは口に入れたパンを一気にミルクで流し込んだ。
一瞬、喉に詰まりかけたが、何とか全部をお腹に収めてドワーフに視線を向ける。
「どうして……?わたしが冒険者に登録を……?」
「どうしても何も……今のお前さんには1番必要だろ?金もない、身分もない……それなら冒険者になるのが1番だ。」
全部見透かされている……。
少し警戒心が高まったが、目の前のドワーフが悪いやつではないこともわかっていた。
どことなく……師匠に似ている……。
根拠はないが、そう思えたからだ。
「ありがとう……ございます。」
「ええさ。それと、冒険者にはランクがある。初心者ならGからだが……お前さんは少しは戦えそうだな。見込みがあれば、Fランクから登録もできるぞ。」
素直に頭を下げたわたしに、ドワーフは追加の情報まで与えてくれた。
何でそこまで教えてくれるんだろう……。
そんな疑問が浮かんだが、ドワーフもそんなわたしの考えを読んでいたようだ。
「気にするな……年寄りの親切だ。怪我には気をつけろよ。」
そう告げて、彼は別の方向へと歩き出した。
その背中を見送り、わたしは言われたとおりに冒険者ギルドへと向かう。
あ……名前聞き忘れたな……。
数歩進んだところで振り返ったが、彼の姿はすでになかった。
誰もいなくなった噴水の周りを見て、わたしはふと思う。
あの人……ドワーフだったな。
だったら鍛治師のことも聞けばよかった……。
突然のことだったので、肝心なことを聞き忘れていたと反省したが、もはや彼がどこへ行ったのか知る術はない。
わたしは膨れたお腹をさすると、再び冒険者ギルドを目指すことにした。
やはり冒険者ギルドはテンプレですよね笑
次回、波乱の予感…と思うのもテンプレなのか?!笑




