24 覚醒は怒りとともに
師匠は消えてしまった。
跡形もなく……消えてしまった。
そんなわたしの悲しみに呼応するかの如く、光の粒子たちがわたしの周りをクルクルと包み込むように飛んでいた。
「師匠……うぅ……」
何もなくなった地面に両手をつき、わたしは泣いた。
涙の粒が地面に何度も吸い込まれては消えていく。
それが、今目の前で消えてしまった師匠の姿を連想させ、さらに涙が溢れてくる。
現実は……恐ろしく惨い……。
そう気づかされた。
「おやおや……消えてしまわれましたか。しかし、その光の粒子はいったい……」
ミッドウェルは、わたしの周りを飛ぶ光の粒子のことが気になるらしく、1人で考察を始めている。
それを見ていて、わたしは相変わらず空気が読めないクソ野郎だと思った。
大切な人を奪っておいて、それとは関係のないことで喜んでいるゲス野郎。
奴にとって、師匠の死はどうでもいいことなんだ……。
わたしは理性が逆撫でされる感覚と同時に、再び胸の中で何かが膨らむ感覚を覚えた。
ゆっくりと立ち上がる。
「お前が……」
立ち上がり、俯いたまま小さな呟きが溢れる。
「お前が殺したんだ……」
憎しみが口から溢れていく。
そんなわたしの様子に、ミッドウェルも気づいて笑う。
「ん……?あぁ……そうですねぇ。わたしが殺しました。」
その言葉に、胸の中の何かが再び熱を帯びた。
「許さない……」
「えぇ……元より許してもらうつもりなどありませんからねぇ。」
奴の言葉を聞く度に、胸の中の何かが熱を帯びながら大きく膨らみ続けていく。
「絶対に許さない……」
「絶対に……ですか。いい言葉ですねぇ。それで、どうしますか?もう一戦交えてもよいですが……そろそろこちらも飽きてしまってまして……。わたしとしては、ここらでそろそろ幕引きとしたいのですが……ククク。」
本当に自分勝手な奴だと思う。
なんと身勝手で利己的で自己中心的。
どうせ自分以外の相手のことなど、物としか思ってないんだろう。
「それで、どうしますか?まだやるのいうのであれば、お相手しますが……」
黙れ……
胸の中の熱を帯びた何か。
その中心で黒い感情が膨らんだ。
「ちなみに、次から手加減はしませんよ……ククク。」
黙れ……黙れ……黙れ………
「おや……?お返事がありませんが……大丈夫でしょうか?戦えますか?」
黙れ……黙れ……黙れ黙れ黙れ黙れ…………
「返事なし……ですか。フフフ……まぁ、落ち込むのは構いません。ご家族が亡くなられたんですからねぇ。」
うるさい……うるさい……黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ……
「しかしねぇ……全部わたしのせいにされても困りますよ。あなたが弱いのもいけない。あなたがもっと強ければ、家族もあの老人も死ぬことはなかったんですから。」
プチンッ
今この瞬間、わたしの中で何かが弾け飛んだ。
「黙れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
純粋な怒りが憎悪とともに一気に湧き上がり、わたしは天を仰いだ。
わたしを包み込むように漂っていた光の粒子たちが、その瞬間、わたしの体に溶け込むように滑り込んでくる。
同時に胸が焼けるように熱くなり、全身から炎が噴き出したかの如く大量の魔力が溢れ出す。
炎のように燃え上がる魔力は、わたしの髪や服を激しく揺らし、頭の先からつま先まで全身を巡る魔力の奔流を感じ取る。
そして、わたしの視界は黒い光に包まれた。
「お……おぉ……これは……!!」
揺らめく黒いオーラの先で、ミッドウェルが驚きと歓喜の表情を浮かべている様子が伺える。
「これはまさしく……神気……!しかし、黒い神気とは……聞いたことがない!」
意味のわからないことをあれやこれやと……。
わたしの胸には再び怒りが噴き上がるが、ミッドウェルは恍惚とした表情を浮かべ、興奮を隠そうとすらしなかった。
「伝承には……このような情報は記されていませんでした。……ということは、新たな力の発現?今、まさに神に許された……いや、選ばれた……そういうことでしょうか!?未知なる特別な力……まさに興味深い!興味深いですねぇ!!」
「そろそろ黙れ……」
「いえいえ、そうはいきませんよ!あなたは予想以上です。これでまた、わたしの研究が進展する!やはり、あなたでよかった!あなたを選んで正解でした!あぁ……闇神よ……あなたの神助に感謝します。」
ミッドウェルのその態度に、虫唾が走った。
不快、嫌悪、不愉快……とにかく気持ちが悪かった。
何を研究しているのかは知らない……というか、どうでもいい。
でも、わたしの大切な人をそんな理由で殺したのか……。
そう思った瞬間、わたしの黒い感情が嵐のように暴れ始めた。
瞬時に足元の剣を拾い上げる。
と同時に、ミッドウェルとの間合いを一瞬で詰め、横薙ぎの一閃を放った。
「……ぬ!」
右からの一文字斬りを、ミッドウェルは紫剣で受け止めた。
だが、わたしの剣はそれでは止まらず、奴の体を大きく吹き飛ばした。
鈍い音が幾度か響いた。
大木を数本ほどへし折って、ミッドウェルが地面へと叩きつけられた音。
その音を耳で追いながら、わたしは振り抜いた剣をゆっくりと鞘へ納め、奴の方を静かに見る。
すると、砂埃が舞う最中、紫光が煌めいた。
「素晴らしい一撃……!」
怯むことなく、一瞬で間合いを詰めてくるミッドウェル。
その顔には笑みが浮かんでおり、それがわたしをさらに苛立たせる。
ミッドウェルの一撃に対し、右足を軸に半身でかわすと、わたしはその回転力を利用して回し蹴りを奴の背中に見舞った。
「ぐっ……はっ……」
足に走る鋭い衝撃は奴のうめき声を誘い、再び鈍い音が辺りに鳴り響く。
その鈍音の後には、再び砂煙が巻き上がった。
憎い……憎い……
ミッドウェルは絶対に殺す……
「……なかなかの攻撃力です……ね。」
砂煙の中から、ミッドウェルがゆっくりと姿を現し、そう笑う。
なおも笑っているこの男に、さらなる憎悪が溢れ返る。
「……死ね。」
恨みの祝詞とともに剣を素早く抜刀すれば、黒く濁った風の刃が無数に放たれた。
「く……黒オーラを纏う……風の刃ですか……!」
ミッドウェルはまたも嬉しそうに笑うが、その顔には少し焦りの色が見えた。
その証拠に、自分に襲いかかる無数の刃を素早い剣捌きで撃ち落とすも、捌き切れなかったいくつかに腹部や頬を切り裂かれている。
「もしかして……手加減しているの?しないって言ったくせに。」
「………っ!?」
無意識に言葉が漏れた。
それは完全なる皮肉で、大した効果は期待していなかった。
だが、今のミッドウェルには少し堪えたらしい。
額に汗を浮かべ、言葉を失っている奴の様子はとても愉快だった。
「そろそろ終わりにする?それともまだ続ける?」
「…………」
わたしの言葉に対し、ミッドウェルは言葉を見つけ切れずにいるようだ。
その様子にくすりと笑みが溢れてしまう。
「返事がないね……どうかした?大丈夫ですか?戦えますか……?」
自分の言葉をそのまま返されて、ミッドウェルの表情に怒りが浮かんでいる。
その姿はとても痛快で清々しい。
だが、そんなことで許しはしない。
このまま、その首を刎ねてやる。
「これで最後にする……。次は殺す。お前は絶対に許さない。」
「ククク……本当にそれができますかねぇ……。」
強がりは見苦しいと思う……。
「できるよ。お前の好きな言葉でしょ?"絶対に"は……だから絶対に殺す。」
再び剣を鞘へと納めると、わたしは腰を低く落とし、剣の柄に手を添えた。
全身に巡る激しい魔力の流れを感じ取り、それらをゆっくりと収束させていく。
小さな氷の結晶が煌めいた。
それを皮切りに、無数の氷の結晶がわたしの周りに漂い始める。
それは澄んだ青ではなく、憎悪に塗れた黒氷の華々。
「属性の親和性を利用した……スキルの合成。しかし、黒い氷……ですか。」
ミッドウェルは何か言いたげに呟いたが、それ以前に目の前の脅威に集中し始めたようだ。
どうやら、本気でわたしのことを警戒しているらしい。
饒舌だった口は、今は固く閉ざされているのがその証拠だった。
ふと、鞘を握る手が震えていることに気づいた。
それが武者震いなのか何なのかはわからない。
わたしは鞘を握る手にさらに力を込め、それを止める。
これで最後だ……
みんなの仇を討つ……
ミッドウェルを…………
絶対に殺してやる!!!
その瞬間、わたしはミッドウェルの懐に飛び込んだ。
「なっ……?!」
さすがの奴も、このスピードには驚きを隠せずにいる。
潜り込んだわたしの目と、奴の目が一瞬だけ交差した。
「見事……!」
本音かどうかは知らない。
だが、奴がそう溢した笑みと言葉は、わたしのスキルの衝撃によって掻き消された。
「 氷塵華斬……」
剣先から黒い氷の華が大きく咲き誇る。
その周りをキラキラと舞う無数の氷の花びらが、一気に爆ぜ始め、最後に黒き氷華がミッドウェルの脇腹で大きく爆ぜた。
血反吐を吐きながら、吹き飛ばされたミッドウェルは大きな木に叩きつけられる。
それを見届けたわたしの周りでは、小さな氷の花たちが散華していた。
ふと、狼の遠吠えが聞こえた。
技を放った反動と余韻に浸っていたわたしは、無意識にミッドウェルの方へ視線を向ける。
だが、そこに奴の姿はなかった。
ただ、奴が吹き飛ばされ、激突したであろう大きな木の幹には何かが刻まれている。
ゆっくりと近づき、それを見る。
ーーーいずれまた……
そう書かれていた木の幹を、わたしは何度も何度も殴った。
怒り、悲しみ、絶望……
感じ得る全ての感情を拳に乗せて、殴り続けた。
何でこんなことに……
もう誰もいないじゃないか……
1人に……ひとりぼっちになってしまった……
悔やんでも悔やみ切れない思いが、切々と溢れ出した。
おおよそ、幹に刻まれた言葉が消えかけた頃、わたしは泣いた。
大粒の涙を流して泣いた。
奴を殺せなかった不甲斐なさ。
それが原因ではないことは明白だった。
寂しい……
ただ純粋にそう思い、胸が張り裂けそうだった。
わたしは膝から崩れ落ち、声を上げて泣いた。
額から木の幹の温もりを感じながら。
ご愛読ありがとうございます!
覚醒したパルトはなんとかミッドウェルの撃退に成功しましたが、失ったものはかなり多かったです…
しかし、神気とはいったい何なのか。
じじいに拾われる編は次の話で終わり、物語は次のステージへ!




