23 別れは悲しみとともに(12/16改稿)
月明かりに照らされた2人の間で、激しい剣戟が火花を散らしていた。
高速で放たれる無数の蒼き刃。
それらを流麗に受け流す紫の剣身。
金属同士がぶつかり合う音と、その度に儚く激しく散らす火花が戦いの激しさを物語っている。
「いい……いいですね!もっと……もっとですよ!」
「黙れ……!」
真上からの真っ向斬り、胴斬り、左右上下からの袈裟斬り、突き、そして斬り上げ。
わたしは魔力全開で飛び回り続け、ミッドウェルへ向けて幾度も剣戟を放った。
何度も何度も……。
これでもかというほど、全力で剣を振り下ろした。
だが、一撃を浴びせるどころか、それらは全て受け流されるか、受け止められる。
何をしても……どうやっても、奴に一撃を見舞えないもどかしさが、少しずつわたし中に焦りを生んでいた。
「ふむ……剣筋もいい。ひとつひとつの重さもなかなか……ですが、経験が足りませんねぇ。」
受ける剣戟を冷静に分析し、首を傾げるミッドウェル。
その態度が気に食わず、さらに猛攻を仕掛けるが、それらも簡単に受け流されていく。
「攻撃が単調ですよ。せっかく素晴らしい脚力と風術があるんですから、それを上手く使わないと……。」
「うるさい!お前に言われなくても……」
「言われなくてもわかっている……ですか。はぁ……典型的な愚者の言葉ですね。」
ミッドウェルが期待外れだとでも言いたげな顔する。
同時に、左側から紫光が煌めいた。
や……やばい……!
感じた悪寒に体が反応する。
瞬時に……いや、本能的に剣で体の左側を防御していた。
左側から強烈な一撃が走る。
それはまるで、電気のようにビリビリと体を震わせた。
しかも、ミッドウェルに向かって飛び込んでいたわたしは、宙に浮いている状態で全く踏ん張りが効かない。
その衝撃によって、大きく右側へ吹き飛ばされてしまった。
これは……まずい!
早く受け身を取らないと……!
その思考も、思考のまま終わる。
突如、息が詰まるほどの衝撃がわたしの右半身に襲いかかり、意識を奪いにきたのだ。
「が……は……」
息が……できない……
……意識……が……飛びそう……
全ての衝撃を全身で受け止めたわたしは、そのまま地面に倒れ込んだ。
なんとか意識は保てている。
定まらない視線を向けた先に、ぼんやりとだが大木が腰を据えているのが見えた。
こ……これにぶつかった……んだ……
早く立ち上がらなきゃ……
起き上がるために、腕に力を込めた。
だが、上手く力が入らず、再び倒れ込んでしまう。
し……身体強化を……全力で使っていたのに……
今の一撃で……これほどのダメージを……
本気で全身を強化していた。
もちろん防御も忘れていない。
それなのに、これほどまでのダメージを受けるとは。
力の差を思い知らされ、悔しくて涙が溢れてきた。
どれだけ殺意と憎悪を燃やそうが、奴との差は埋まらない。
わかってはいたけれど、いざ突きつけられると忸怩たる思いが湧き上がってくる。
でも……
わたしは地面を拳で殴った。
ここで諦めてしまえば、全ては終わる。
家族や師匠のために、立ち上がった意味はなくなる。
奴を殺すまで、わたしは絶対に止まらない……。
そう決めたんだからと歯を食いしばり、腕にさらに力を込めた。
力が入らずとも、両腕に込めた気合いだけで体を必死に持ち上げる。
必死に体を支え、上半身を無理矢理に起こす。
「ほう……打たれ強さもなかなか……。」
相変わらず笑っているミッドウェルを睨みつけ、剣を支えに何とか立ち上がる。
「う……うるさい……お前は絶対に……許さない!」
大きな声を出したのは、体を鼓舞したかったからかもしれない。
気持ちとは裏腹に、動かない体に鞭を打ち、わたしは再びミッドウェルに斬りかかった。
だが、単調で勢いのない攻撃は簡単に避けられ、逆に腹部に拳を受けてしまう。
「ごっ……は……」
口の中に鉄の味が広がった。
お腹にかつてないほどの衝撃を受け、再び息が詰まる。
だが、それでもわたしは挫けない。
倒れ込もうとする体を右足でなんとか支え、次の一撃を繰り出した。
「精神力というか……もはや意地ですね。」
攻撃を避ける度、ミッドウェルは感心しながらもわたしに一撃を見舞う。
意地で何が悪い……!
そう歯を食いしばるが、何が面白いのか奴は笑みを消すことはなく、拳によるカウンターを何度も何度も繰り返し打ち続けてくる。
そうして、何度目かの拳を頬に受けたわたしは、大きく吹き飛ばされて地面に倒れ込み、剣を落とす。
全身が痛い……。
体が……動かない……。
でも……立たなきゃ……立って師匠の仇を取る……んだ。
そう気持ちを奮い立たせても、体は正直だ。
いくら力を込めても、今回は立つことは叶わない。
そんなわたしを見て、ミッドウェルは小さく息をつく。
「ここまで立ち向かってきたのは、あなたが初めてです。本当に恐れ入りました。」
手を叩き、称賛の言葉を並べられても、わたしの怒りは収まらない。
収まらないが、立ち上がることができないもどかしさが言葉を溢す。
「この……クソ野郎。なんで……こんなことを……」
「その言葉は、称賛と受け取らせていただきますよ。」
くそ……バカにしやがって……
離さず握り締めていた剣を、さらに強く握る。
それと同時に、再び涙が溢れてきた。
わたしが……仲間が……家族が……
師匠がいったい何をしたというのだろうか。
なぜこんな目に遭わなければならないのだろう……。
家族も師匠も、もう戻らない……。
戻ってこない……。
悔しい……弱いことがこんなにも悔しいだなんて……。
強くなりたい……。
目の前で笑っている得体の知れない男。
こいつを倒せるほどの強さが欲しかった。
誰にも負けない強さが欲しかった。
仲間や家族を守れる強さが欲しかった。
……強くなりたい。
本気でそう願った……。
「パ……ルト……。」
「え……?」
突然、手を握られて驚いた。
自分の手を見れば、しわくちゃな手がわたしの手を包んでいて、その先には師匠が横たわっていた。
どうやら、ミッドウェルにぶっ飛ばされた時、師匠の真横に倒れ込んでいたらしい。
「なんと……まだご存命でしたか……」
師匠が意識を取り戻したことには、さすがのミッドウェルでも驚いているようだった。
「し……師匠……!」
よかった……!生きていたんだ……!
あまりの嬉しさに体を起こそうとしたが、相変わらずわたしの全身は言うことを聞いてはくれない。
わたしは、仕方なく首から上だけを師匠へ向けた。
師匠の顔色は真っ青だ。
血を多く流し過ぎていることがわかるほどに青白く、呼吸も小刻みだ。
「よく……聞き……なさい……ゴフッ」
「師匠……!喋ってはダメです……」
咽せる師匠を反射的にそう諭す。
喋れば体力を使うし、この大怪我だ。
体力の低下は死に直結する。
わたしはそれを本能的に理解していた。
だが、師匠が口を閉じることはない。
「わしはな……昔お主の父に……ボーノ…に会ったことが…ある……」
「え……?」
突然の告白に、思考が停止した。
なぜ、師匠がわたしの父を知っているの……。
会ったことがあっていうのは、いったい……。
そんな疑問が頭を巡り、わたしは言葉を詰まらせた。
「お主の父は……それは強い男じゃった……魔力操作……身体強…化、そして……多彩な…スキル……ガハッ……」
「し……師匠!」
師匠ほ苦しそうな様子に気づき、わたしは我に返る。
そして、それ以上はもう喋らないでと必死に訴えかけたが、父の話をする師匠の言葉ひとつひとつから、耳が離せなくなっていたことも事実だった。
「あやつが……わしの下を離れた…後も……時折じゃが……便りをよこして……くれおったんじゃ。ボーノが結婚し……お……主が産まれた…と聞いた時……それはもう…嬉し……かった……」
息も絶え絶えに話す師匠を見ていて、涙が溢れてくる。
「……剣を……ガハッ……剣を贈ろ……うと思ったんじゃ。あの……氷化石鉱で打った剣を……。じゃが……それがわしの手元に……届いたと……時同じ……くして……ハァハァ……お主の母から……ボーノが死んだと……便りが……届いたんじゃ……」
父が死んだ話は、わたしも母から聞かされていた。
わたしが5歳になる頃、1匹の魔物が村を襲った時のことだ。
村を襲ったのはアグレスと呼ばれる土竜の亜種で、兎人族の中では出会ったら即逃げるが鉄則の魔物だった。
本来なら火山帯付近で生息する魔物。
それがどうして森深くの村を襲ったかはわからない。
だが、村を……家族を守るため、父は戦い、命を落としたと聞かされている。
師匠は、なおも話し続けた。
その後、数年ほどは母との手紙のやり取りが続いていたが、最近は疎遠になっていたそうだ。
そんな折、川辺で倒れていたわたしを見つけた。
師匠はわたしを助けた時、すぐに父ボーノの娘だと気づいたそうだ。
父の面影があったらしい。
だから、すぐにでも村に帰らせてあげたいと思ったが、村の場所はわからないし、わたしも記憶を失っていて正直戸惑ったという。
どうするべきかと悩んだ結果、父に課した時と同じように鍛錬させれば、もしかしたら記憶が戻るのではないかと考え、これまでわたしを鍛えてくれていたのだった。
それがこれまでの経緯。
師匠が話す様子は、これまで抱えていた想いを言い残さないようにと、必死になっているように見えた。
「お主に……は……ボーノ同様に……ゴホッ……才能……がある……。お主を見ていたら……あやつが生き…返ったようで……本当に……嬉しかった……」
師匠は力なく、わたしの頬を撫でた。
しわくちゃだけど、いつもの優しくて温かい手。
わたしはなんとか上半身を起こして、その手を強く握り締めた。
「わしは……もう死ぬ……じゃろうな。自分でもわかる……だから、その前にお主にやらないかん物がある……」
「そんなこと……ない!嫌だ……死んじゃダメ!」
わたしは必死に訴えかけた。
師匠はそんなわたしに嬉しそうに笑みを浮かべると、握っていた手をさらに強く握り返してくる。
「そろそろ、お話は終わりましたかねぇ。今生の別れかもしれないですが、あなたもすぐにそちら側に行けますから、安心なさってください。」
ミッドウェルが笑いながら横槍を入れてくる。
それを無視し、わたしが師匠の顔を覗き込むと、師匠は涙を浮かべてこう告げた。
「残しておった……最後のわしの願いじゃ。この子に……パルトにお主の祝福を……」
誰に対して言ったのかはわからない。
だが、告げた瞬間、師匠の体が突然輝き始め、頭と足からゆっくりと光の粒子に変わり始めた。
そして、その粒子たちがわたしの周りに集まり始めたのだ。
わたしは師匠がいなくなるのだと確信した。
そして、それを嫌だと本気で思った。
「嫌だ……!師匠……行かないで……!……うぅ……もっと教えてほしいことがあるのに……師匠と一緒にいたいのに……!」
わたしは師匠の胸に泣き崩れた。
その頭を師匠は優しく撫でてくれる。
「お主は……強くなる……決して……諦めるで……ないぞ……」
「諦めない……諦めないから……!だから……待ってよ……」
師匠の笑顔が光の粒子へと変わった。
そして、強く握り締めていた手も消え、喪失感とともにわたしの手が空を切った。
ご愛読ありがとうございます!
パルトの父ボーノを知っていたじじい。まさかの関係性が明らかになりました。
しかし、そんなじじいもついに消えてしまい…
パルトはいったいどうするのでしょうか。




