21 終わりの始まり④
なぜ……あいつの剣は元通りになっているの?
わたしは目の前で起きた状況に、ひどく混乱していた。
渾身の一撃を見舞い、ミッドウェルの剣にダメージを与えたはず……。
それなのに、気づいたら奴の剣は直っている。
畳み掛けて奴の剣を折るつもりだったのに、そんな思惑は実行する前に瓦解してしまったわけだ。
次なる一手をどうするべきか。
わたしは焦り始めていた。
「もう終わりですか?」
そんなわたしの心情を読んだかのように、ミッドウェルが笑う。
「うるさい……!」
奴の言葉を虚勢で叩き落とす。
その間も、わたしの頭の中は様々な考えが巡っていた。
どうする……?
もう一度、武器破壊を狙うべき……?
でも、また直ってしまうかもしれない……。
駿影で撹乱して距離を取る……?
でも、あのスキルはそう何度も使えない……。
どうする……どうする……
どうする……
「ひとつ……教えてあげましょうか。」
狼狽していたわたしに、ミッドウェルが突然の提案を投げかける。
混乱していたわたしの意識は、自然とその言葉に惹きつけられた。
「あなたのその……駿影……でしたか?なかなか良いスキルですねぇ。兎人族がゆえと言いましょうか。相手が同格ならかなり優位。初見なら確実に先手を取れる……。」
どこか楽しげに語るミッドウェルは、まるで評論家のようにわたしのスキルを評価していく。
「ですが、欠点もある。それは場所……特にこんな開けた場所では、その効果も半減してしまいます。ここには、木も壁もありませんからね。そのスキルは立体的な動きの方がより効果的です。今のように平面で駆け回ったところで、相手が格上では全く通用しないでしょうね。」
わたしは愕然とした。
師匠の指摘とまったく同じものだったことも理由のひとつだが、それ以前に奴にはわたしの動きやスキルの本質を見抜かれていたのだ。
「うるさい!そんなこと……わかってる!」
的確な指摘というものは、時に人の心を逆撫でするもので、ミッドウェルの指摘はまさにそれだ。
痛いところを突かれ、ついつい声を荒げてしまったが、その反応はミッドウェルを喜ばせるだけだった。
「わかっているのに改善しない。なんとも嘆かわしいことですねぇ。では、ここはわたしがひとつ手ほどきを。」
ミッドウェルは小馬鹿にした笑みを浮かべると、突然その場で高く跳躍した。
「戦闘の際、このよう単純に高く飛び上がることは隙を生みます。」
月を背に飛び上がったミッドウェルを、わたしは無意識に目で追ってしまう。
「まさに、スキルなどで迎撃されてもおかしくない状況ですねぇ。ですが、こうすれば……」
そこまで言いかけた瞬間、ミッドウェルが目の前にいた。
え……?いつの間に……!?
再び驚愕するわたしに対し、奴はニヤリと笑うと蹴りを放つ。
「がは……」
息が詰まるほどの強烈な蹴り。
防御が間に合わなかったわたしは、強烈な衝撃とともに数メートルほど吹き飛ばされ、家の壁に叩きつけられた。
その衝撃で、腰に佩いていた鞘が宙を舞うが、それを気にしている暇はなかった。
背中に受けた衝撃でさらに息が詰まる……。
それに、叩きつけられた背中がひどく痛い……。
だが、座り込んだままでは奴の思う壺だ……。
幸い、握っていた剣はそのまま手元に残っている。
それを強く握り締めると、わたしは大きな亀裂が入った壁を背にして、体を支えながらゆっくりと立ち上がった。
そして、ふらつく頭で何とか思考を動かしていく。
奴が飛んで……突然目の前にいた……。
いや……その表現は正しくない……。
あいつは……空中の何かを蹴って移動したんだ……。
その証拠に……目の前に現れる寸前、奴から何かの音がした……。
何もない空中を蹴って移動するなど、本来はあり得ない。
空気などの気体は掴むことはもちろん、触れることも叶わないからだ。
なら、考えられることはひとつしかない。
奴は今、何かしらのスキルを使ったのだ。
空中に何かを生み出し、それを蹴った反動でわたしの目の前に移動してきた。
そんな考えに至ったわたしは、自ずと奴へと視線を向けた。
笑っているミッドウェルがぼやけて見える。
壁に激突した際、強く頭を打ったのだろう。
呼吸は落ち着いてきたけど、まだ頭がふらふらしている。
でも、ここで倒れるわけにはいかない。
師匠の仇を討つと決めたのだから。
それまでは倒れちゃダメだ。
そう改めて決意し直し、ふらつく足で剣を構える。
「素晴らしい胆力ですねぇ!まだ年端も行かぬというのに、その精神力は敬愛するに値します。……なので、そんなあなたに、もうひとつ良いことを教えてあげましょう。」
正直、何も聞きたくなかった。
奴の言葉は聞けば聞くほど耳障りで、怒りが溢れかえってくるからだ。
だが、ミッドウェルが発した次の言葉に、わたしは言葉を失った。
「……あなた、記憶を失ってますよね?」
「……な……なんでそれを!?」
なぜそのことを奴が知っているのか。
そんな疑問が、ぐるぐると頭の中を回る。
混乱して言葉が見つからない。
そんなわたしの様子を面白そうに笑い、ミッドウェルはなおも話を続ける。
「思い出したくないですか?その記憶……」
こいつが何を言っているのか意味がわからなかった。
でも、その提案はわたしにとって、魅力的なものでもあったのだろう。
師匠との生活で忘れかけていたが、その記憶はわたしがずっと欲していたものなのだから。
わたしの瞳に興味の色が見えたのか、ミッドウェルはニヤリと笑った。
そして、奴が次に発した言葉は、わたしが望んだ記憶を呼び起こすことになる。
それが、惨たらしい悪夢のような現実だとは、わたしには知る術はなかった。
「わたしが、あなたの村を襲ったんですよ。」
「え……?」
「良い顔ですねぇ!もう一度、言いましょうか?わたしがあなたの村を襲い、家族と村の者たちを殺したんです。」
ミッドウェルは悪戯に笑った。
その顔を見た瞬間、わたしの頭の中に突然悍ましい記憶が蘇ってきた。
それは、母にお使いを頼まれたある日のことだった。
わたしは途中で違和感を感じ、急いで村へと戻った。
そこに広がっていたのは、阿鼻叫喚……地獄絵図。
大量の魔物たちに襲われて、燃える家屋たち。
引きちぎられ、無惨にも殺されていく仲間たちの姿。
そして、恐怖を押し殺し、勇気を振り絞って村の中を必死に探し回った挙句、殺されていた弟と妹、そして、母親の……
その時の衝撃的な状況が脳裏に蘇り、わたしは反射的に嘔吐した。
「あの時、あなたに逃げられた時は焦りましたよ。せっかく見つけた宝物が、行く先の知れない穴の中へと落ちていくのを指を咥えて見ているような感覚……あの時は本当に怒りを覚えましたね。」
そう笑うミッドウェルの表情を見て、再びハッとした。
思い出したのだ。
ゾッとするあの笑みに、恐怖を感じた記憶を。
「あの時の……狼を連れていた魔人族……」
「……そうです!あの時の私ですよ。思い出しましたか?」
ミッドウェルはわたしの反応を見て、さらに嬉しそうに笑みを深めた。
あの時、家族や仲間の死に絶望し、わたしが狼型の魔物に命を差し出そうとしたところで、ひとりの魔人族が現れた。
そいつは紫色の髪とオッドアイで、今と同じように笑っていた。
理解不能な言葉を並べながら、笑っていたんだ。
記憶と現実がリンクして、当時の恐怖と絶望が再びわたしに襲いかかる。
これまで奴の笑みに対して感じていた嫌悪感の意味を、理解した瞬間だった。
震えが止まらず、わたしは無意識に自分の肩を抱き寄せる。
「あの時は、予想外のことであなたを逃がしてしまいましたが、今日はそうはいきませんよ。今回こそ、あなたの胸を開いて、その綺麗な心臓をいただくことにしましょう!」
聞き覚えのある笑い声が頭に響き、同時に記憶がまたひとつ蘇る。
こいつの望み……
それは……わたしの心臓だった……
わたし自身がこいつの目的……
「召喚……」
ショックを受けているわたしの前で、ミッドウェルが笑いながらそう唱えた。
すると、奴の周りに黒い靄のようなものが現れ、その中からたくさんの魔物が姿を現した。
ゴブリン、オーク、ハーピーなどの下級の魔物たち。
その中には、わたしたちの天敵であるクリムゾンベアもいる。
悍ましい笑みと無数の殺意を向けられ、お腹の中をギュッと握られたような感覚を覚えた。
もう……無理だ……。
こんなの……こんな頭のおかしい奴に……勝てるわけ……ないよ……。
師匠にはどんな時も諦めるなと言われ続けていた。
その重要性をわたしも理解していたつもりだった。
でも、その言葉は今のわたしにとって、何の意味も為さない。
家族の死が……仲間たちの無惨な姿が……フラッシュバックし、絶望感と恐怖心がわたしの心を支配していく。
もう……諦めよう……諦めたい……
そう思えば、自ずと体から力と気力が抜けていく。
家族も……仲間もいない……
師匠も死んでしまったんだ……
しかも……それは全部わたしのせいだったなんて……
もう……生きている意味なんかないんじゃないかな……
わたしなんか……生きてちゃダメ……なんだ……
蘇る記憶と絶望感に、心が打ちのめされる。
目の前に並べられた恐怖に負け、師匠の死に対する怒りもすでに消えかけている。
そんなわたしに追い討ちをかけるように、ミッドウェルが笑った。
「さてさて、第二幕を始めましょうか!」
トラウマを鋭いナイフで抉られているような不快感が、胸に広がっていく。
そんなわたしの様子に、これまで以上に笑みを深めるミッドウェル。
そして、それに呼応するように、魔物たちの群れの奥から一際体の大きなクリムゾンベアが姿を現した。
その魔物を見て、私は息を飲む。
それは……
見覚えのある隻眼のクリムゾンベアであった。
ご愛読ありがとうございます!
パルトの記憶障害の原因は、まさかミッドウェルだったとは!
衝撃の事実に戸惑うパルト。
そして、今度は見覚えのある隻眼の魔物が……




