20 終わりの始まり③
「おっと……そろそろ終わりの時間ですか。」
狼の遠吠えを聞いたミッドウェルは、そう呟くととても残念そうな表情を浮かべた。
「御老人……ダビド殿と申しましたか。残念ながら、そろそろこの勝負も終わらせないといけないようです。」
「それは……まったく勝手な言い分じゃな。」
「そうですね。しかしながら、わたしにも暇でここに来たわけではないのでね。」
ミッドウェルはそう言うと、地面から剣を引き抜き、腰を深く落として半身の姿勢で構えた。
重心をやや後ろに落としたその型は独特で、長い剣を軽々と右手で持ち上げ、その剣身を地面と水平に保ち、右肘を引く。
まるで、獣が牙を相手に向けているような獰猛さを感じさせる構え。
それがわたしの感想だった。
「パルト……。」
師匠の言葉にハッとする。
見れば、師匠が腰の後ろで指を差している。
それは2階のわたしの部屋の方角。
「あの剣を持って逃げるんじゃ。」
「え……でも……。」
小声でそう告げられたわたしは、戸惑いを隠せなかった。
師匠を置いて逃げるなんてできない。
本心からそう思っていたからだ。
だが、師匠は振り向かずに笑う。
「わしのことは心配せんでええ。お主は安全な場所へ逃げておくれ。」
その言葉だけで、師匠が命を懸けるつもりなのだと理解できた。
奴の狙いが何なのかはわからないが、わたしはここに居ても足手纏い。
それほどまでに、ミッドウェルという男は強いし、ミッドウェルがもしわたしを人質に取れば、師匠はさらに不利になる。
改めてそれを理解して、わたしは歯を食いしばった。
「行くんじゃ。」
その言葉に頷いて、わたしは家のドアへと向かって走り出す。
「おや……?逃がすおつもりで?」
そう笑うミッドウェルに焦る様子はない。
「そりゃそうじゃろ。今から本気の殺し合いじゃからのぉ。」
師匠の言葉が耳に届いた瞬間、涙が溢れてきた。
でも、足を止めてはいけない。
玄関のドアを開け、家の中へと入る瞬間、師匠の姿がちらりと目に入る。
姿勢を低くして、腰に剣を添えて構える師匠のかっこいいその姿を……。
家に入ると、わたしはリビングを抜けて階段を駆け上がった。
その瞬間、外で激しい剣戟が始まったことを知る。
剣が交わる音が何度も耳に届き、それがわたしの気持ちを逸らせる。
だが、何とかそれを抑えて自室に転がり込んだわたしは、立て掛けていた剣を手にして強く握り締めた。
師匠から貰った大切な宝物。
それをしっかりと胸に抱き寄せると、急いで部屋を後にする。
焦る気持ちを抱えたまま、階段を降りてダイニングに入れば、勝手口が目に入った。
あそこから出れば、反対側に逃げられるはず。
そう考えると、テーブルの横をすり抜け、台所の横にあるドアの取手に手を掛ける。
ここを出たら、まっすぐ走り抜ける。
全速力で……後ろは振り向かない。
頭の中で自分自身に必死に言い聞かせていた。
そうでもしないと、師匠のことが気になって引き返してしまうから……。
それは師匠の望むことではないとわかっているし、そうしたところで何の意味もないことも理解している。
だから、わたしは……!
涙を拭って、ドアの取手に力を込めたその時だった。
聞くに絶えない鈍くて生々しい音が、わたしの耳を劈いた。
その瞬間、わたしの手が止まった。
今の音が何なのか……理解してしまっていた。
あれは生き物の体を何かが貫く音。
魔物を狩る時に聞く音によく似ている。
それが意味することは……。
気づけば、わたしは玄関に向かって走っていた。
「師匠……!!!」
勢いよく玄関のドアを開け、そう叫ぶわたしの視界に入ってきたのは、紫色の長い剣で貫かれた師匠の姿。
無惨にも胸を貫かれ、ぐったりとしている師匠の姿だった。
「おやおや、悪い子ですね。師匠の言いつけはちゃんと守らないといけない……」
ミッドウェルはそう笑うと、師匠の胸に突き刺した剣を引き抜いた。
力なく膝をつく師匠。
そんな師匠の襟を掴むと、ミッドウェルはわたしの元へと放り投げた。
慌てたわたしは、飛んできた師匠の体を体勢を崩しながらキャッチした。
「師匠……!師匠ってば……!」
涙を流しながら横たわる師匠を膝に抱いて、必死に声をかけた。
師匠の胸からは、大量の血が流れているのがわかる。
それを何としても止めようと胸を押さえながら、目を覚ましてほしいと必死に願った。
だけど、師匠の目は開かない。
なんで……こんなことを……。
わたしの中に、小さな炎が生まれた。
悔しさ、怒り、悲しみ……それに思い出も……
様々な感情と記憶が混ざり合いながら、その炎はゆっくりと燃え上がり、その規模を増していく。
その炎の意思に従って、ミッドウェルを睨みつける。
だが、奴は相変わらず恍惚とした嫌らしい笑みを浮かべている。
それが、わたしの中の炎をさらに燃え上がらせた。
「おっと……かなりお怒りのご様子ですね。何とも良い眼です。」
わたしの視線に嬉しそうに笑うミッドウェル。
やっぱり、こいつは頭がおかしいのだと悟った。
人を殺しておいて……
その怒りを向けられておいて……
なおも笑っていられるのだから。
わたしは無言で立ち上がる。
横に置いていた剣を手に取って。
「それは刀……でしょうか。なかなか珍しいものをお持ちでいらっしゃる。」
ミッドウェルが物珍しそうに目を見開いて笑う。
奴曰く、この剣は"刀"と呼ぶらしいが、今のわたしにとってはどうでもいいこと。
師匠から貰ったこの剣でこいつを屠る。
それだけが今の願い。
涙を拭うことなく、立ち上がったわたしはゆっくりと鞘から剣を抜いた。
透き通った音とともに、薄い青色の刀身が姿を現す。
その刀身に映ったのは師匠の顔。
いまだに目を覚ますことのないその顔を見て、わたしは胸に誓う。
絶対に仇は打ちます……。
そう心に決めると、わたしは鞘を腰に佩き、ミッドウェルに向かって剣を構えた。
半身の状態で両脚を広げ、腰を低く落とす。
両手で握った刀と呼ばれた剣を、顔の横に置いて肘を引く。
もちろん、剣の切先は憎悪を載せてミッドウェルへ向けている。
「おやおや……そうですか。」
ミッドウェルもまた、わたしの変化に気づいて紫剣を持ち上げる。
大きな剣を右の手のひらで数回ほど回すと、再び剣を顔の前に立てた。
先ほどまで全く蚊帳の外だったのに、今はまさに殺気がぶつかり合う渦の中にいる。
でも、なぜか怖くはなかった。
不思議とわたしの心は高揚している。
湧き上がる怒りが逆に心を落ち着かせていく感覚は、これまで感じたことがないほどに心地よかった。
この怒りに身を任せよう……。
なんとなくだけど、そう思えた。
大きく深呼吸をひとつ。
そして、再びミッドウェルを睨みつける。
「それでは、始めるとしよう。」
まるで、わたしを待っていたかのように、ミッドウェルはそう笑った。
その言葉が、戦いの火蓋を切った。
すぐさま全身に身体強化スキルを発動。
わたしは駿歩によって、全速力でミッドウェルに突進を仕掛けた。
「ククク……猪でももう少し考えますよ。」
「抜かせ……!」
安い挑発に乗る必要はない。
わたしは、剣を構えたまま笑うミッドウェルの数メートル手前で、両脚へ身体強化スキルの重ね掛けを発動させる。
そのまま、思いっきり力を込めた右脚で跳ねるように角度90度の方向転換。
続けて、即座に左脚を踏み込んで、再び90度の方向転換。
まるで雷のような動きで、一気にミッドウェルの右側面へと飛び込んだ。
右手を上げ、剣を顔の前に立てたミッドウェルの右脇腹はガラ空きだ。
そこに左から右への横薙ぎを一閃。
しかし……
「なかなかのスピード……ですが!」
わたしが放った左一文字斬りは、難なく紫色の剣に受け止められた。
金属同士のぶつかり合う音とともに火花が散る。
その火花の先には、むかつくほどの笑みを浮かべるミッドウェルの顔が見えた。
どうやって受け止めたのか見えなかった。
でも……自分が格下だなんてことは重々承知している。
さっきの師匠とミッドウェルの戦いを見ていて、そう思い知らされたんだ。
だから、これを防がれたくらいでわたしの脚は止まらない。
「スキル……駿影!!」
今のわたしが使えるスキルの中で最強のスキル。
駿歩による全速力での疾走中に、自慢の脚力で何度も切り返しを行う荒技。
予測不可能な動きで、ミッドウェルの周りを飛び回る。
「ほう……これはなかなか……」
四方八方、縦横無尽に飛び回る不規則なわたしの動きに、ミッドウェルは嬉しそうに笑っている。
それがわたしをさらに苛立たせた。
そんな風に余裕でいられるのも、今のうちだ……!
いくつかのフェイントを織り交ぜた後、地面を蹴る脚にさらに力を込める。
今までで最大限の出力……もちろん、それを向ける方向にはミッドウェルがいる。
ズダァァン!
大きな音とともに、わたしはミッドウェルとの距離を一気に詰めた。
同時に剣を上段に構え、全身をバネにしたイメージで体を反り返す。
わたしが放てる渾身をこの一撃に賭ける想いで、剣の柄を握り締める。
そして、ミッドウェルの頭部目掛けて真っ向斬り。
再び、金属同士のぶつかり合う音が響いた。
「なんと……!」
鍔迫り合いの最中、一撃を受け止めたミッドウェルが驚いた表情を浮かべている。
見れば、紫色の剣にひびが入っていた。
もうひと押し……!
そう思ってさらに力を込めると、同じ部分にひびが大きく走る。
それを嫌がったのか。
ミッドウェルは膂力でわたしを後方へと弾き返した。
「いやはや……何という一撃……。」
吹き飛ばされた勢いを上手く殺して着地すると、わたしはすぐにミッドウェルを睨みつける。
奴は嬉しそう……だが、驚嘆の表情で自分の剣とわたしを交互に見ている。
その顔にもやはり苛立ちを覚えた。
「一連の身体強化スキルも目を見張るものがありましたが……全力であの切り返しを繰り返せるのは、兎人族がゆえ……。しかし、それよりも今の力…………なんとも素晴らしい!!」
また意味のわからないことを言っている。
奴の言葉はわたしにとってその程度でしかない。
次は上手くやる……。
そう考え、再び剣を構えたわたしは驚愕した。
あいつの剣……ひびが無くなってる!?
そんなわたしを見て、ミッドウェルがにんまりと笑った。
「さぁ……続きを始めましょうか。」
ご愛読ありがとうございます!
まさかじじいが!?
そして怒るパルト!
パルト自身、もともと潜在能力は高かったのかもしれません。でも、それすら赤子の手をひねるように扱うミッドウェルという男。
脅威的です…




