17 それ、もらっていいの!?
氷術の鍛錬を始めて数ヶ月ほどが過ぎ、季節が春から夏へと変わる頃。
「ちょっと、ついて来てもらえるかのぉ。」
その日の仕事をこなし、日課である剣術とスキルの鍛錬も終わり、ダイニングで一息ついていたわたしは、師匠にそう言われて後を追った。
家の外は、すでに陽も落ちて薄暗い。
そんな中、師匠は杖をつきながら足早に歩いていくので、その後に続くと倉庫の前に着いた。
師匠は何も言わずにその扉の鍵を開け、中へ入って明かりを灯す。
照らされた部屋を覗くと、古くなった農耕道具や折れた木剣、そして作業台が置かれていた。
「この倉庫は壊れた物を置いておるんじゃが……」
わたしが物珍しそうに眺めていると、師匠は腰を落として重ねられた道具たちの隙間に手を伸ばし始めた。
「この辺に……確か……」と呟きながら、道具たちを掻き分け、何かを探している師匠。
「あの……わたしも手伝いましょうか?」
「いや、それには及ばんよ。しかし、どこに……」
わたしの提案を丁寧に断り、さらに奥へ奥へと手を伸ばして、師匠はどこだどこだと探し続けている。
その様子をもどかしく見ていると、ようやくお目当てのものを見つけたらしい。
「あったあった。これじゃわい。」
そう言いながら、大きめの箱を隙間から引き出した。
その拍子に重なっていた道具たちが、次々と音と埃を立てて崩れていくが、師匠は気にすることなく、大切に取り出した箱を作業台の上に置いた。
師匠も大雑把なところがあるんだな……。
少し驚いたけど、それよりも何よりも箱への興味の方が勝ってしまう。
横に長くて少し平べったいその箱は、わたしの背の半分くらいの長さだろうか。
年代を感じさせるほどに古びてはいるが、目立った傷などもなく、保存状態は良さそうだ。
デザインは全体的に赤を基調としたもので、装飾もかなりシンプルなもの。
でも、それでいて風格というか、厳格さを感じさせる重厚感がどこか漂っている。
中身はいったい何なのか……。
わたしの興味は、完全にそのことに囚われていた。
さてさてと一呼吸置き、師匠がゆっくりと箱に手をかける。
その様子に目が離せず、わたしの喉が大きく鳴った。
丁寧に蓋が開かれると、綺麗な布が被せられている。
それを優しく広げ、中から取り出されたのは一振りの剣。
師匠はその鞘の部分を左手で握ると、ゆっくりと持ち上げた。
「この剣は持ち主を失ってのぉ……。」
剣を見る師匠の瞳には、どこか寂しさのようなものが浮かんでいる気がした。
「じゃが、ここで腐らせておくのも、もう終わりじゃ。次の持ち主に渡る時が来たようじゃからな。」
師匠はそう笑うと、その剣をわたしに手渡した。
「え……!?」
突然のことで咄嗟に剣を受け取ってしまったが、当然わたしは焦った。
でも、師匠は笑いながら話を続ける。
「その剣はある者に贈ろうと思って、わしが知り合いの鍛治師に打ってもらったものじゃ。じゃが、残念なことに、贈る前にその者は志半ばで命を落としてしもうた。」
師匠の声色が少し重くなった気がした。
まるで、感傷に浸っているような珍しい雰囲気。
そんな雰囲気にわたしも飲まれ、ごくりと喉を鳴らす。
「この剣には特別な魔石と鉱石が使われとる。その者のスキルや得意なことに合わせて、オーダーメイドした完全オリジナルじゃ。ほれ、鞘から抜いてみるとええ。」
そう言われたわたしは、言われるがままにゆっくりと……いや、恐る恐る鞘から剣を抜いた。
透き通った音とともに、薄青色をした刀身が姿を現す。
吸い込まれそうな青色がとても綺麗な剣。
それが最初の感想で、わたしはゆっくりとその剣を観察した。
刃の部分の長さは60cmくらい。
そこらで見かける剣とは違って、その刀身は少し反っており、細くて薄い。
それに、刃の表面には光の加減で浮かび上がる波のような模様が見える。
わたしはその独特な雰囲気に、わたしの意識は吸い込まれていった。
「まだ、お主の身長では少し長いかもしれんが……しかし、いやはや……似合っておるのぉ。」
師匠が感慨深い視線を贈ってきたので、わたしはハッとして我に返った。
だが、それでもなお、わたしの頭はずっと混乱状態だが続いている。
「し……師匠……これはいったい……」
「さっき言った通りじゃ。この剣は新たな持ち主へと渡る時が来た。それがお主というわけじゃ。」
ただ、素直に聞き直してみただけだった。
たぶん、これは何かの間違いだと思ったから。
師匠がこんな大切なものを譲るはずがない……と。
でも、どうやら聞き間違えてはいなかったらしい。
師匠はこの剣を、本当にわたしに譲る気なのだ。
「いやいやいや!そんな大切なもの、受け取れないですよ!」
「いや、それはもうお主のものじゃ。」
「ダメですって!この剣、師匠にとってとても大切なものですよね!?」
わたしは必死抵抗した。
確かにこんな素晴らしい剣を貰えるなら、そんな嬉しい話はない。
でも、わたしには不釣り合いだ。
そして、これは師匠の大切な剣。
亡き人とはいえ、おそらくは大切な人への贈り物だったはずだ。
そんな剣を、わたしなんかが受け取っていいはずがない。
わたしだって、それくらいの常識は持ち得ている。
でも、師匠は師匠で譲らない。
まっすぐとした瞳で、わたしに渡すのだと主張してくるのだ。
そうやって、少しの間2人で言い争っていると、師匠が痺れを切らして大きなため息をついた。
「ええい、まどろっこしいのぉ!それならこうじゃ。わしとひと勝負して、お主が負けたらその剣を受け取れぇい!」
珍しく声を荒げて、わたしを指差す師匠。
だが、それは師匠の策略だとは思いもよらず、わたしはその勢いに飲まれ、同意してしまった。
「いいでしょう!望むところ…………って……は?」
咄嗟に口から出た言葉が失態であったことに気づき、思わず口を紡ぐ。
だが、師匠はその失敗を見逃しはしない。
「もうダメじゃぞ!お主は今、望むところと言ったからなぁ!決まりじゃぞ!もう変更は無しじゃからな!」
まるで子供……。
駄々を捏ねる子供のような態度でそう言うと、師匠はその辺にある折れかけの木剣を選び始めた。
え……?なに……この流れ……?
もはや、わたしには意味がわからなかった。
師匠と仕合うことになった流れもそうだが、そもそもわたしがこの剣で師匠が木剣?
しかも、壊れかけの……?
「よし!わしはこれにする!」
わたしの気も知らず、師匠は早々と折れた木剣の中から折れた木剣を選んで拾う。
何度でも言う。
折れた木剣の中から、折れた木剣を選んだのだ。
いや!それは違うだろぉ!!
わたしは心の中で大きく叫んだ。
だが、その声は師匠には届かない。
軽く素振りを始める師匠を見て、わたしは唖然とする。
その晩、わたしのベットの横に師匠から貰った剣が置かれていたことは言うまでもない。
ご愛読ありがとうございます!
この剣はいったい誰にあげるものだったのでしょうか。
しかし、自分に有利な賭けをしてまでパルトにあげたい理由って…




