16 決意
「少し休憩しようかのぉ。」
氷術の鍛錬を始めて何日が経った頃、鍛錬中に師匠はそう言うと、わたしにある物語を聞かせてくれた。
〜〜〜〜〜〜
誕生の女神と属性の基礎となる炎神、水神、風神、地神の四大原神たちは世界を作った。
だが、そこに広がるのは雄大な自然のみだった。
女神が次に考えたのは、生き物を生み出すこと。
彼女は人神、森神、鉱神、獣神、鬼神、巨神、小神の八主神を生み出して、こう告げた。
「世界に足りないものは繁栄です。主神同士、皆で協力し合い、世界に繁栄をもたらしなさい。」
続けて、女神の後ろにいた四大原神のひとり、炎神は言った。
「我が世界に生物の根源をばら撒いた。それを見つけて種族を創れ。」
主神たちは言われたとおり、その根源を見つけ出すと、世界中で様々な種族を生み出していった。
人神は人間族を生み、森神はエルフ族を生み、鉱神はドワーフ族を生んだ。
同じように獣神、鬼神、巨神、小神たちも獣人や鬼人などの亜人族を生み出した。
こうして、世界には繁栄がもたらされたのである。
世界の繁栄に女神は満足していた。
だが、主神の中でひとりだけ不満を持つ者がいた。
人間族を管理していた人神は、大いに暇を持て余していたのである。
自分が管理する種族が繁栄していく様子を、ただ眺めているだけの日々に。
何か刺激が欲しい……。
退屈な日々に飽き飽きしていた人神は、そう考えるようになっていった。
ある時、彼の頭にこんな考えが頭をよぎった。
世界にはもっと"刺激"が必要ではないだろうか、と。
繁栄を眺めるだけが、管理者としての……主神としての仕事ではない。
世界をより良いものにするためには、試練も必要だろう、と。
ならば、どうすればいいのかと人神が知恵を回すと、答えはすぐに出た。
そうだ。
その火種となる種族を、もうひとつ創ればいい。
狡猾で自己中心的で好戦的……そんな種族を。
人神は、女神や原神、そして他の主神たちの目を盗んで、争いのタネとなり得る種族、"魔人族"を創った。
だが、彼らが力をつけるまでの間、その存在をずっと隠しておけるほど、女神たちは甘くはない。
見つかってしまえば、魔人族は排除される恐れがある。
そう危惧した人神は、魔人族をある者に託すことにした。
この世界の始まりにおいて……人知れず、ずっと闇に潜んでいた原神のひとりである闇神へ、と。
そうして、闇神の化身となった魔人族は少しずつ力をつけていき、世界に悪意をばら撒き始める。
そして、ばら撒かれた悪意はやがて魔王を生み出し、世界中を巻き込む争いへと発展していった。
〜〜〜〜〜〜〜
師匠が話す物語は、それはもうリアルなものだった。
本当に見てきたことを話しているような……そんな臨場感が感じられるほどの迫力があり、それがわたしの心を昂らせたことは言うまでもない。
「……知ってます!それって神魔大戦のことですよね!」
半分凍りかけの水の球を手に浮かべたまま、わたしが少し興奮気味に言うと、師匠は満足げに笑う。
「そうじゃな。魔人族と他の種族が永きに渡って争った大きな戦い。女神率いる神々と魔王との戦いは、今でも神話として語り継がれておる。」
わたしが知っているのは、あくまでも子供向けのものとして広く普及している御伽話の方。
だが、この物語には実際にモデルとなった話がある。
それが世界誕生の神話と、その中で伝えられる神生期に起こった神魔大戦である。
現代でも、広く語り継がれている神生期時代の大戦。
その中で、魔王と魔人族は悪逆の限りを尽くし、世界を蹂躙していったと記されている。
そして、それを憂いた女神は、各種族から英雄を創ったとも。
「そういえば、神話でも物語でも英雄の存在は大きかったです……。」
一転して、心が重くなった気がした。
「うむ。争いを憂いた女神は、主神たちが創った種族の中から特に優れた者を選び、力を与えたとされておる。人族のグランゼリル、エルフ族のアールウェン、ドワーフ族のガゼルス……」
わたしの気持ちとは逆に、師匠が英雄たちの名を語っていく様子はどこか楽しげだった。
人族のグランゼリル、エルフ族のアールウェン、ドワーフ族のガゼルス、猫人族のキャットリル、リザードマンのティラノス、鬼人族のオルガ、小人族のポックルス、犬人族のケルバス、巨人族のサイロプス。
この9人が各種族の中から選ばれた英雄たち。
魔王と魔人族を打ち倒し、世界に平和をもたらした英傑たちである。
だが、それを聞く度に、わたしの気持ちはさらに落ち込んでいった。
「……女神さまは、どうして兎人族から英雄を選ばなかったんでしょうか。」
本音がこぼれ落ちる。
神話の話であるとはいえ、わたしはそれが納得いかなかったからだ。
確かに、英雄に選ばれなかった種族は他にもいる。
兎人族が軽視されたわけではなく、単に強い種族が選ばれたんだと頭では理解しているのだ。
だが、理解していても、納得はできていない。
その時に兎人族も選ばれていれば、他の種族から蔑まされることもなかったんじゃないか。
そんな思いが胸の中をぐるぐると回っている。
なんとも自己中心的で身勝手な意見だと、自分でもわかっているけれど……。
凍りかけの水の球にヒビが走る。
集中力が途切れている証拠だった。
そんなわたしの心情を察したのだろう。
師匠はあご髭をさすりながら、思案するように呟いた。
「ふむ。確かにお主たち兎人族が、そう考える気持ちもわかるが……」
「実際にそうなので、仕方がないと思います……。」
少し配慮に欠けた物言いをしてしまい、言った側から後悔するが、それでもなお、師匠は優しく語りかけてくれる。
「まぁな。その事実は変わらん……じゃが、世の中には実は知られていない話がひとつあるんじゃ。」
心は正直だ。
不貞腐れていたわたしの長い耳がピクリと動く。
それを見て、師匠も笑顔を浮かべた。
「その昔、白兎と呼ばれた兎人族がおった。白いに兎と書いて"白兎"と読む。今から数百年ほど前の話じゃ。」
驚くわたしをよそに、師匠はまるで思い出すかのように、ゆっくりと語り始めた。
「その者は名前のとおり、氷術を得意としておった。氷術、風術、水術を操る巧みな魔力操作と、まるで雷が如く駆け回る強靭な脚力。それらを駆使した戦い方は、それはもう秀麗絢爛であったのぉ。」
わたしはそれを聞いて、さらに驚いた。
そんな強い兎人族がいたなんて話は、これまで聞いたことがなかったからだ。
周りから弱いだの臆病だのと蔑まされてきた種族だ。
そんな強い兎人族がいれば、みんな知っているはず……。
でも、これまで父や母など、周りの大人たちからはそんな話を聞かされたことはなかった。
驚きと疑問が頭の上でグルグルと回る。
そんなわたしを前に、師匠はなおも話しを続ける。
「残念ながら、その者の記録はほとんどない。冒険者ギルドにすら所属しとらんかったからな。じゃが、時代の要所で現れては、様々なことに貢献していたそうじゃ。」
「様々なこと……ですか?」
「そうじゃ。魔物の群勢を食い止める討伐戦に加勢したり、王国の招集に参加して国同士の戦いで戦果を上げたり……とにかく、いろんなところで活躍していたようじゃ。」
そこまで聞いたわたしは、開いた口が塞がらなかった。
でも、妙に心が昂っていたことも事実である。
そんな兎人族が本当にいたなんて、正直信じられない。
けど、師匠がいうことに間違いはない。
矛盾と期待感が混ぜ合わさった不思議な感覚。
それに少し混乱していた。
師匠はそんなわたしの心内を察したように、あご髭をさする。
「わしはその白兎と呼ばれた兎人族に、種族としての可能性を垣間見たのぉ。たとえ神話の中で英雄に選ばれなかった種族だとしても……な。今を生きる上で、自分が正しいと思える信念を持ち、弛まずに努力すれば誰しもが強くなれる。自分自身に誇れる生き方ができる。わしはそやつのことを知ってからは、常にそう思っちょるよ。」
そう言われた瞬間、わたしは自分の心がまっすぐ前を向いた気がした。
いや、向くことができたと言った方が正しい。
クネクネと迷い続けていた心が、師匠の言葉に正された気分だった。
何を迷っていたんだろう。
迷う必要なんてひとつもなかったんだ。
兎人族の境遇を変えるための信念。
その信念を貫くための強さ。
そして、その強さを手に入れるための努力。
わたしが持つべきものは、この3つでいい。
この3つを胸に、自分を信じてひたすらに努力する。
それだけでいい。
力でも知恵でも他の種族に劣り、逃げ足だけは早い兎人族……多くの種族の中で、最弱種。
そんな評価がなんだって言うのだ。
そんなもの、わたしが全て叩き潰してやればいい。
わたしが強くなって、兎人族の評価を変えてやるんだ。
気づけば、手のひらに浮いていた水の球が綺麗に凍りついていた。
その透明さと同じように、わたしの心は透き通り、とても晴れ渡っていた。
ご愛読ありがとうございます!
種族としての劣等感。
これを払拭するために、パルトは強くなりたいと思い始めました。
白兎と呼ばれる者もまた、パルトと同じような思いで強さを求めたのかもしれませんね。




