15 スキル the 鍛錬②
1週間後。
わたしは風属性スキルのひとつである"駿歩"を、ある程度使いこなせるようになった。
当初は木にぶつかってばかりだったけど、今では師匠と話しながらでも、景色を見ながらでも、ほぼ全速力で走り続けられるし、障害物だって軽々と避けられる。
師匠も、上達が早いと喜んでくれていて、わたしはそれが嬉しかった。
それに、今はスキルのことだけではなく、身体強化についても学びを深めている。
師匠が何度も教えてくれたとおり、身体強化は基本中の基本だ。
これがしっかりとできないと、スキルの効果も十分に発揮できないから、しっかり身につけないといけない。
それを今回の鍛錬で思い知らされた。
ここ数日は、師匠に勧められて、体の内側にある臓器を強化する訓練も始めた。
そういった部分も強化できるようにしておけば、これからいろんな場面で役に立つはずだと、師匠が教えてくれたからだ。
ちなみに、最近は毒草を食べてもお腹を壊さなくなったことは余談だ。
そこに至るまでは地獄だったけど……。
でも、今回の鍛錬を進める上で嬉しいこともあった。
わたしなりのスキルを編み出すことに成功したこと。
駿歩は最大出力のスピードで駆け抜ける、いわば移動スキルだ。
そのスピードはかなりのもので、例えば、師匠の本気の駿歩は、わたしが身体強化を使って目を凝らしてもほとんど捉えることはできないほど。
わたしの戦闘スタイルの基盤となるだろうと、師匠は言った。
だが、そんな駿歩にも弱点があった。
それは動きが単調になりやすく、移動先を予測されやすいという点だ。
戦いの本質は先の読み合いで、先手を取った方が有利になるのは当たり前のこと。
だから、単純に素早く移動できたとしても、その動きを予測されてしまっては、なんの意味もないわけである。
もちろん、師匠みたいに相手の動体視力を凌駕してしまえば話は別だけど……。
でも、わたしの編み出したスキルはこの弱点を別の角度から克服した。
駿歩を使って全速力で駆け抜けている最中、自慢の脚力で一気に切り返し、方向転換する荒技。
そして、それを何度も繰り返すことで、予測不可能な動きを演出し、相手を翻弄する兎人族特有の瞬発性を活かした移動式撹乱スキル。
影を残しながら駆け回るこのスキルを、わたしは"駿影"と呼ぶことにした。
このスキルは街の中でも森の中でも、様々な場所で応用が効くし、視えない速さで無数の残像を残して周囲を跳ね回られ続けるのは、相手にとっては十分脅威的になり得る。
師匠はそう褒めてくれたので、わたしは少し鼻が高かった。
でも、ここまでの一連の鍛錬は、これから伝授される何かの前段階に過ぎない。
この鍛錬の先には、もっと険しい道のりが待っているはず……。
心は正直だ。
今回の鍛錬だってかなり苦労したのに、まだその先があるのか……。
そう思う時が何度もあった。
それだけ今回の鍛錬はきつくて痛かったし、苦しいことばかりだった。
でも、ひとつだけ言えることがある。
それは、師匠はわたしが習得できないことは教えない、ということだ。
わたしを信じているというか……わたしのためにやってくれている。
そんな師匠の優しさを、常に感じ取ってきた。
だから、わたしは師匠を信じている。
信じて、教えられたことをしっかりとものにしていくんだ。
それがとてつもなく難しいことであったとしても、わたしは絶対に諦めない……諦めてはいけないんだ。
改めて、そう心に誓った。
・
・
・
「だいぶ、スキルの熟練度も上がったのぉ。」
夕食を終え、ダイニングでゆっくりと紅茶を嗜んでいると、師匠が唐突にそう呟いた。
「熟練度……ですか?」
初めて聞く言葉に少し戸惑ってしまったが、案外わたしの心は落ち着いていた。
わたしは敢えて、静かに師匠の言葉を待つ。
「"風術"が扱える兎人族は珍しいからのぉ。お主は女神に愛されとるんじゃな。」
師匠はあご髭をさすりながら笑った。
師匠の言葉を借りると、スキルは属性ごとに"◯術"と総称されているそうだ。
わたしは知らなかったが、その理由は各属性におけるスキルの種類が多岐に渡るから。
例えば、水属性であれば、わたしが得意とするウォーターボールを初め、水を高威力かつ広範囲に撃ち出すウォーターバレットや、水の壁を生み出すウォールウォーターなどなど。
これらは水属性スキルの極々一部。
水属性のスキルだけでも、多種多様に存在している。
それゆえに、これらのスキルをまとめて"水術"と呼ぶらしい。
「スキルの数はたくさんあるからのぉ。多くなり過ぎて把握しきれなくなったから、まとめてそう呼ぶようにしたとか言っとったなぁ。」
師匠はそう言って笑っている。
一方で、わたしは不思議な物言いをするんだなと思った。
だって、その言い方はまるで、どこかの誰かを指しているように思えたからだ。
いったい誰のことを言っているんだろう?
そんな疑問が浮かぶが、その思考はすぐに師匠の言葉に遮られた。
「そうれはそうと、お主が今使える属性はふたつになったわけじゃな。」
「……え?あ……はい。」
突然そう言われて、わたしは返事に詰まってしまう。
だが、師匠は特に気にすることなく話を進めていく。
「もともと、お主は水属性の熟練度が高かったからな。それについては問題はないとして……風属性の方も、この1週間でなかなかいい感じになりおったわい。」
「あのぉ……師匠。先ほどから言っている熟練度とは……」
「まぁ、まずはわしの話を聞きなさい。」
わたしが思わず尋ねると、諭すように師匠はあご髭をさする。
「では、ここで問題じゃ。四大元素において、"親和性"という言葉が使われとるんじゃが、その意味をお主は知っちょるかな?」
親和性……これも初めて聞く言葉。
わたしはわからずに首を捻る。
「まぁ、そうじゃろうが、全然気にせんでよいぞ。以前、四大元素には相関性があるという話をしたと思うが……」
師匠はそう言いながら、目の前に紙を用意して四大元素の相関図を描き記していく。
四つの属性を四角い相関図で表したそれは、とてもわかりやすい。
隣り合っている属性の関係性が一目でわかる。
「この図でわかるのは、各属性の相関性じゃな。どちらが優位かどうかが一目でわかる。じゃが、実は他にも見方があるんじゃ。」
師匠は説明を続けながら、繋がっていなかった火と土、そして水と風の間を繋いでいく。
「ほれ。これですべての属性が繋がったのぉ。」
ペンを置くと、師匠は満足げにあご髭をさすった。
師匠いわく、各属性の関係性は何も優劣だけではない。
"相関性"の本来の意味とは、一方の変化が他方の変化を伴うこと。
火が水に弱いとか、風が土に強いとかだけじゃなく、それぞれの属性は実は密接に関わり合っているのだという。
「要するにじゃ。この図が示すとおり、線が繋がっている属性同士は打ち消し合うこともあれば、変化し合うこともあるわけじゃ。」
目の前の紙に指を置き、水と風の部分をなぞりながら師匠はそう笑った。
一方で、わたしは今の話がよく理解できていなかった。
属性同士に優劣があり、打ち消し合うのはよくわかる。
例えば、火に水を掛ければ消える。
これは自然の摂理であるから、理解しやすい。
でも、変化し合うというのがわからない。
師匠が言う"親和性"とは、いったいどういう意味なのか……。
「また頭が混乱しとるようじゃな。」
「うぅ……すみません。」
頭から湯気を出しているわたしを見て、師匠はニカリと笑う。
そして、右手で水の球体を作り出した。
「実際に見た方が早いじゃろ。こっちが水で、こっちが風じゃな。」
今度は左手に小さな風の球体を作る。
小さくても力強さを感じさせる風の球体。
師匠はそれに、水の球体をゆっくりと近づけていく。
すると、わたしの視界の中で驚くべきことが起きた。
「こ……氷……?」
「うむ。」
風が舞い、水が氷に変わっていくのだ。
舞い吹く風の球体は少しずつ小さくなっていき、それに比例するように水の球が氷と化していった。
「これはその見た目のとおり、氷術と呼ぶ。」
右手の上で完全に氷と化した球体を、ゴブリンの頭の形へ変化させると、師匠は悪戯な笑みを浮かべた。
スキルは合成ができる。
それこそが属性における"親和性"の本質。
師匠はそう教えてくれた。
本来"親和性"とは、ある物質が他の物質と容易に結合する性質や傾向のことを指し、相関図においては各属性の相性の良さを示すそうだ。
例えば、エルフなんかが使う"木術"は、水属性と土属性を組み合わせたスキル。
あとはドワーフが使う鉄鉱術なんかもそうだ。
火属性と土属性を組み合わせたスキルで、彼らはそれを使って鍛治をしている。
彼らは得意な属性同士を掛け合わせて、種族特有のスキルを生み出しているのである。
「理解できたかのぉ。」
「はい!よくわかりました!」
わたしが勢いよく返事をすると、師匠は嬉しそうに笑った。
「ということで、次にお主に習得してもらうのは、この合成スキルじゃ。水属性と風属性を掛け合わせて氷属性……氷術を会得してもらう。」
いつものわたしなら、師匠の突拍子もない提案に驚くところであるが、今回はそうではない。
絶対に極めてやる……!
そんな思いが、胸の内で燃えていた。
ご愛読ありがとうございます!
前の話でも◯術という呼び名は出ていましたが、ここで改めて説明させていただきました。
パルトたち兎人族は、本来は水術に特化した種族です。パルトは属性2つ持ちなので、かなり優秀な個体なのです!
氷術を自在に扱うウサギの娘とか………ねぇ!




