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14 スキル the 鍛錬①

木々がわたしの頬を掠めていく。


その間を縫うようにして、わたしは森の中を全力で疾走していた。


木の枝が何度もわたしの顔スレスレを通り過ぎていき、それらがわたしの頬を掠めるたびに擦り傷を作る。


だが、今はそれに息をつく暇はない。


流転する景色とともに、森の中に無数に存在する障害物たちが、次々とわたしの行手を阻むからだ。


それらを必死にかわしつつ、走り続けているわたしの後ろから楽しげな声が聞こえてくる。



「ほれほれ!そんなもんかのぉ!そんな甘い切り返しじゃ、すぐに木にぶつかってペシャンコじゃぞ。」



後ろからものすごいスピードで追いかけてくる師匠が、あご髭をさすりながら、わたしを煽っているのだ。



「そ……そんなこと言ったって……!あ……あぶなっ!!」



師匠の言葉に気を取られていると、目の前に突然大きな木が現れた。


それを危うくかわしつつ、わたしは走り続ける。



「ほれほれ!スキルは緩めるでないぞ!全開じゃ!!」


「わ……わかってますよぉ!集中してるんだから……うわっ……こ……声かけないでください!!」



狂気じみた師匠の言葉が、背中に突き刺さる。


わたしの悲痛の叫びは、森に大きくこだました。




現在、わたしは師匠とともに風属性スキルの鍛錬中だ。


でも、これは普通の鍛錬とは程遠い……と、わたしは思う。



まず、両脚に魔力を全振りする。


そして、内側から身体強化により筋力を強化させつつ、体外で風属性スキルを発動させる。


使うスキルは"駿歩(しゅんほ)"と呼ばれる風属性スキル。


それを使って、木々が生い茂る障害物だらけの森の中を全力で駆け抜ける……という異常な訓練だった。



もちろん、わたしは兎人族だ。


森の中を駆け巡ることなんて日女茶飯事だし、木々を避けながら走り回るなんてこと、目を瞑ってでもできるくらい自信はあった。



そう……自信はあったのだ……。



しかしながら、この鍛錬は思っていたものとは全く違っていた。



まず、魔力全開、スキル全開にすることが前提なので、走り始めからとんでもないスピードが出る。


最初に師匠に教えられながらスキルを発動した際は、突然の加速になす術なく、勢い余って茂みに突っ込んでしまったくらいだ。


それほどまでに、"駿歩"というスキルはすごかった。


そして、そんな強烈なスピード感覚になかなか慣れることができないわたしは、何度も転び、何度も木にぶつかり、何度も茂みに突っ込んだ。


もちろん怪我もしたけど、師匠が治療してくれるのでここまで続けられている。



だが、この鍛錬は精神的にもかなりきつかった。



ここは木々が生い茂る森の中。


木を一本かわしたとて、すぐに次の木がすぐにやってくる。


それをひとつひとつ目で見て対処していては、確実に避けるのが間に合わない。


かなりの集中力と精神力が必要で、森の形状を想像し、その先にどんな障害物があるのかを予測して動がなければならないのである。


もちろん、それは普段でもやっている。


でも、今回はスピードが全然違うから、かなり先まで予測しておかないと、ほら、この通り。



「ぎゃっ!」



鈍い音とともに、わたしの悲鳴が上がった。



「イタタタタ……」



おでこを抑えながら、わたしはその場にしゃがみ込む。


ぶつかった衝撃で、ひらひらと木の葉が舞い散る中、わたしの横に何やら黒い物体がボトっと落ちてきた。



この光景も何度目だろう……。



「ふむ……すでにカブトムシとクワガタムシ、合わせて50匹ほどになりおったわい。」



黒光りしている昆虫を拾い上げ、師匠はあご髭をさする。


その表情はどことなく嬉しそうに見えた。


男のロマンだとかなんとか言っていたけど、今のわたしにはどうでもいいことだけど。



「師匠ぉ〜。そんな昆虫のことより、何かコツを教えてくださいよぉ〜。」



わたしが涙を浮かべて見上げると、師匠は怪我をしたおでこに傷薬を塗ってくれる。



「ふむ……コツ……のぉ。」



治療しながら、師匠は思案しているようだ。


だが、すぐに何かを思い出してニヤリと笑う。



「魔物に追われてみる……とかいうのはどうじゃ?緊張感がさらに出て……」


「笑えません。」



師匠の提案にわたしがジト目を向けると、師匠も「冗談じゃ。」と笑った。



「コツというか、お主はすでに学んでおるんじゃがなぁ……。ほら、"身体強化"とかのぉ……」



今度はそれだけ言って、あご髭をさする師匠。


わたしはそのヒントに頭を悩ませた。



身体強化……なら、すでに両脚に使ってるんだけどなぁ。



そもそも、身体強化とは練り上げた魔力によって、体を内側から強化する技術だ。


これをすることで、身体能力の基礎値を向上させ、スキルの効果を最大化する。


これが身体強化の基本的な使い方である。


だから、両脚を強化した上で、駿歩の効果を最大限引き出せば、全体のスピードも……。



ん……ちょっと待って……?


全体……?



そこまで思考がたどり着いた瞬間、わたしは以前に師匠から教わったことを思い出した。



身体強化の真髄とは、魔力操作による全身強化だ。


そして、体全体を強化しつつ、その時々で体の局部を重ねて強化すること。


それが身体強化の本当の真髄であり、極意である……と。


要は、身体強化は重ね掛けができるスキルなのである。



確かに、森の中を駆ける時は、単純に脚だけを使ってるわけではない。


体をバネのように強く柔らかくして、全身を使って走る。


そうすることで、どんな障害物にも素早く対処できるようになっていたんだ。



そんな重要なことを忘れていたわたしは、とても恥ずかしい思いになった。



全身の強化……すっかり忘れていた。


師匠に言われたことをそのまま鵜呑みにして、今日のわたしは脚だけしか強化していなかった。


この鍛錬でやるべきことは、全身を強化しつつ、両脚をさらに強化すること……。


そうすれば、全身の俊敏性や反応速度も上がって、このスキルを使いこなせるはずだ。



答えにたどり着き、わたしは全身へ魔力を送り込む。



「ほう……気づいたようじゃな。そのとおり、身体強化はとても重要なんじゃ。じゃが、おまえさんの場合、それだけで本当に足りるかのぉ。」



わたしが答えにたどり着いて、師匠は嬉しそうだ。


だが、再び課題を突きつけられたわたしはというと、また頭を悩ませていた。



足りないとはいったい……。


全身の強化と両脚の以外で、他にもすることってなんだろう。



そうやってわたしが頭を捻っていると、師匠は頷きながらあご髭をさする。



「全身を強化した上で、両脚を強化する。そこまではよい。じゃが、走るためにはもっと大切なことがあるじゃろ?」


「大切なこと……ですか?」


「ほうじゃ。こんな木だらけの森の中じゃ。自由自在に走るために、お主がいつもやっていることはなんじゃ?」



そう言われても、正直まったくピンときていない。


走るためにやっていることなんて、せいぜい脚を回して全身で回避しまくる……くらいしかないと思うけど。


師匠はいったいなにが言いたいんだろう。



今だに答えに辿り着けないわたしを見て、師匠は少し驚いていたようだけど、何かに気づいて納得したように頷いた。



「そうか……兎人族は感覚派が多かったのぉ。すまんすまん。」



師匠はそう言いながら、「あやつもそうだったわい。」と小さく呟くと、再びあご髭をさする。



"あやつ"って誰のことだろう……?



一瞬そう思ったが、師匠が話を始めたので、わたしはそちらに意識を向ける。



「わしが言いたかったのは、状況を把握する力についてじゃ。お主だって走る時には森の状況……木や草がどう生えているか、岩場や倒木があるかないかなどなど、いろんな情報を把握しとるじゃろ?」



それは確かにそうだ。


そうじゃないと、こんな鬱蒼とした森の中なんて走り回れるはずがない。


でも、わたしたち兎人族は、走る前にわざわざそういうことを気にしていない。


師匠の言うとおり、そういうのは感覚で判断している部分が多いのである。


もちろん、それは森の中での経験と、眼の良さがなせる技でもあるけれど。



「森に永く住んでおるから、お主らはあまりそういうことを気にせずに生きてきたんじゃろう。じゃが、今のお主の速さは感覚で対応できるほど遅くないはずじゃ。先の先の先の先を見据えて走らないと、対応しきれんじゃろう?」



師匠の言葉に、わたしは小さく頷いた。



まったくをもって、師匠の言うとおりだ。


今のわたしは自分のスピードに翻弄されてしまい、周りを見る余裕がない。


いつもなら、そんなこと意識せずともできていたのに。


森は小さい頃から走り回ってきた、いわば庭みたいなもの。


だから、だいたいのことは想像できたし、想定外のことでも特に意識せず回避できていた。


走りながら景色を眺めたり、動物たちと話したり、余裕を持って駆け回っていた。


なのに、今はそれができない。


それがなぜなのかを師匠は問いたいんだ。



わたしはそう結論づけると、珍しく師匠に質問を投げかけた。



「わたしは今のスピードが怖いです。目が追いつかないから、状況把握もできません。何かいい方法はありますか?」



それを聞いた師匠は、とても嬉しそうに笑った。



普段、わたしから質問することはない。


師匠の言葉に、間違いはないと理解しているからだ。


だから、師匠はわたしからの質問が嬉しかったのかもしれない。


その証拠に、あご髭を何度もさすってニコニコしている。



「いい方法というかのぉ……さっきも言ったが、身体強化が重要じゃ。身体強化は極めれば、内臓なんかも強化できるしな。例えば、酒を飲む時は腎臓を強くして、アルコールを分解する機能を向上させたりもできるぞぃ。」


「内臓……」


「そうじゃ。お主はさきほど、目が追いつかんと言ったじゃろ?ならば、どうしてみるのが1番良いのかのぉ。」


「あ……!」



ここまで言われて、やっと理解できた。


自分の速さに目が追いつかないなら、身体強化で目を強化すればいいんだ。


そうすれば、スピードに見合った状況把握が可能になるんだ。



わたしは、すぐさま両眼に魔力を送り込んだ。


特に変化はないように思える。


だが、師匠が突然投げてきた小石を見て、その効果をはっきりと理解する。



「石が……ゆっくり飛んでくる!」



わたしは、飛んできた小石を避けて師匠を見た。


師匠は親指を立てて笑っており、わたしもつい嬉しくなって飛び跳ねて喜んだ。



だが、案の定というか……そういう時に限って、師匠は唐突に告げるのだ。



「よし!なら、鍛錬の続きじゃな!ちなみに、この鍛錬は伝授したいことを教えるための前段階じゃ。じゃから、駿歩の出力をもっと上げていこうかのぉ!」



「ゆっくりしている暇はないぞ。」と、楽しげに笑っている師匠。



ま……前段階……?!



嬉しい気持ちはどこかへ吹き飛んでしまった。


師匠の背中を見ながら、わたしはしばらくの間、呆然と立ち尽くしていた。

ご愛読ありがとうございます!


再びじじいの講義を経て、パルトも少しずつ強くなってきて…いるのか?


でも、何事も基礎の基礎は大切ですよね!

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