117 御用だ御用だ
今回はゼルケイの街の後日談です。
悪徳貴族のカネガ、そしてミケルとタマルたちのお話を少し。
カネガ邸宅。
ここにパルト、クレア、そしてギルドマスターのアノーリオンの3名が集まった。
そして、彼らが今いるのは薄暗い執務室。
豪華な装飾に囲まれながら、貴族カネガは手を震わせて椅子に1人座っており、その前にはわたしたちが立ちはだかっているというわけだ。
「貴様ら……また無作法に人の屋敷へ踏み込みおって!!警備の者どもは何を……!」
「警備なら外で寝てるよ。」
クレアの言葉に、カネガは苦虫を噛み潰す。
「ギルドもちゃんと調査してくれた……。お前の悪事はここまで……」
「くそ……くそ……どうして……」
カネガは追い詰められた小動物のように、肩を震わせて爪を噛んでいる。
そんな彼の執務室を見渡すと、荷造りを行なっていた形跡があった。
おそらく、クレアからギルドに垂れ込むと言われ、焦って逃げようとしたんだろう。
だが、その荷物たちから溢れ出している金銀財宝たちを見れば、持ち切れるはずもない量の資産を持っていこうとしていたことが推測できた。
最後の最後まで、自らの欲を貫き通そうとする姿勢には、ある意味で頭が下がるが、それで捕まっていては元も子もない。
現に、執事のカズーロは主人をほったらかして逃げている。
まぁそれも、アノーリオンが指示した冒険者たちが追っているので、捕まるのは時間の問題だろう。
「金のために、住む場所もない者たちを利用していたようですね。失敗すれば使い捨て、死ねばその死体はドブ川へと投げ捨てる。ギルドとしても、これは看過できない状況です。」
アノーリオンが手元にある資料を読みながら、眼鏡を光らせると、カネガが震える声で言い返す。
「ふ、ふん! あのような掃き溜めの連中、く……食わせてやるだけで感謝すべきだろう! 私が金を使わねば、奴らは今日を生き延びることさえできなかったのだぞ!」
「……『食わせてやる』? そもそも、お前はこの街を公爵家から任されている貴族のはずだ。それなのに、スラム街について対策を講じることもなく、あたかも世話をしてやっていたと言い切るわけか?」
クレアの声は至って冷静。
それがかえって怒りの深さを物語っているが、わたしは彼女のこめかみに青筋が浮いているのに気づく。
相当怒っているらしい。
それを見たカネガも、「ひぃっ!」と声を漏らした。
「クレアさんの言うとおりです。今後、あなたが横領した公金、そしてスラムの者たちを利用して得た利益。そのすべてを、彼らの生活再建に充ててもらいます。もちろん、拒否権はありません。ダンジョンの発生を隠していたことも含め、すでに証拠は公爵家へと回していますので……。」
カネガは青白い顔をもっと青くした。
アノーリオンは大きく息を吐くと、そんなカネガにトドメを刺すように話し出す。
「高貴さとは血筋ではなく、その振る舞いに宿るもの……」
静かに、しかし重みのある声でアノーリオンが一歩前に出る。
「貴殿が私腹を肥やすために踏みにじったのは、帝国の法だけではない。人の尊厳そのものだ。貴族の誇りを金で売った男に、もはや名乗る爵位など残っていないと思え。」
その眼鏡の奥には、冷たく哀れみすら含んだ瞳が見えた。
「ひっ……ま、待て! 金なら出す! 望むだけやるから、見逃してくれ!」
「……もちろん、金はもらう。だが、あんたの手からじゃない。法の番人があんたの全財産を没収して、それを私たちが正しく配り直す。」
クレアがニヤリと笑うと、背後の扉が開く音が響いた。
そこには、武装した兵士たち……公爵家から派遣されてきた帝国兵を引き連れたギルドの面々が控えている。
「カネガ。貴殿の『黄金の夢』は、ここで終わりです。」
「くっ……」
絶望と共に、ガクリと項垂れるカネガ。
彼はそのまま、帝国兵たちに引きつられていった。
◆
今、わたしはクレアと共に、ミケルたちの住処を訪れている。
カネガの悪行から解放されたせいだろうか。
スラム街の重苦しい空気が、今は少しだけ軽やかに感じられた。
「お姉ちゃんたち、ありがとうございました!」
タマルはそう言うと、子どもらしく深々と頭を下げた。
「何もなくて、本当に良かった……」
「そうだね!それにカネガの奴もお縄についたし、ひとまずは安心だよ!」
わたしが改めてホッと胸を撫で下ろす横で、クレアも悪戯な笑みを浮かべる。
その様子を見ていたミケルもまた、わたしたちに深々と頭を下げた。
「本当に……本当にありがとうございました。」
「気にしないでいいよ。もうカネガに怯える必要はないしね。あいつの悪行はすべて白日の下にさらされたから、あとは帝国が厳重に裁いてくれる……。」
「そうそう!それにあいつが不正に蓄えていた金貨はすべて没収されたからね!近いうちにこのスラム街の住人たちへ公平に配られるよ!」
クレアはアノーリオンの名を出して、彼がその手続を責任もってしてくれていることを付け加えた。
すると、それにタイミングを合わせたように、アノーリオン本人がミケルたちの家へと入ってきた。
「それについてはお任せを。それと与えられるのはお金だけではありません。公爵殿が責任を持って、みんなに仕事の斡旋を行うと約束してくださいました。小さな子供たちには読み書きや技術を学ぶ場も作ってくれるそうですよ。」
アノーリオンの登場に驚いたミケルとタマル。
そんな2人を見て、ついつい苦笑してしまった。
「……これからは誰かに搾取されるのではなく、自分の力で生きていけるようになるよ……。」
わたしの言葉を聞き、ミケルとタマルは信じられないといった様子で顔を見合わせた。
やがて、その瞳に大粒の涙を溜まる。
だが、アノーリオンはそこに待ったをかけた。
「おっと……泣かれるのはまだ早いですよ。」
そう言って、アノーリオンは懐から小瓶を取り出すと、それをミケルへと手渡した。
首を傾げつつもそれを受け取り、よくよく確認したミケルは「あっ……」と声を溢す。
それは、これまで高価で到底手が出せなかった貴重な薬瓶だったのだ。
「ミケルさん……でしたか。それを毎日一滴ずつ水に混ぜて、お母様に飲ませてあげなさい。これで病の進行は止まり、じきに身体も楽になるはずですよ。」
薬を受け取ったミケルの手は、小さく震えている。
その横では、タマルもまた嬉しそうに涙を浮かべている。
2人の表情には、家族を失うかもしれないという恐怖から解放された、安堵の色が広がっていた。
カネガも捕まり、ミケルたちの母親も助けられました。
本当に良かった良かった。
今回もご愛読いただきまして、ありがとうございました!




