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109 暗い記憶の波

過去の記憶に囚われるパルト。

その身を案じて敵と戦うクレアとガザル。


このまま3人ばどうなってしまうのでしょうか。

絶望に誘われたわたしは、自暴自棄になっていた。



あんなに優しかった母はもういない。


それに、うるさくて煩わしかったけど、可愛くて仕方がなかった妹弟ももういない。


このまま、わたし1人が生きていても仕方がない……。



そんな考えが頭を巡っていた。




集落も絶望的な状況だ。


仲間たちのほとんどは魔物たちに喰われるか、殺されてしまっている。


もはや、ここに残っているのは、血生臭さと死の香りだけで、希望なんてものは存在していなかった。



抱きしめている母の頭だって、青白くて血の気はなく、まるで氷のように冷たくなってしまっている。


ただ、わかっていてもその事実を信じることができずに、わたしは母の頭をギュッと抱きしめていた。




ふと、頭を過ぎるのは家族との思い出。


楽しかった日々がまるで走馬灯の様に頭を巡り、これから経験できたであろう未来を想像させた。



わたしも大人になり、ひとり立ちする日があったはず。


妹や弟だってそうだ。


それに誰かと恋に落ちて家族を作ったり、好きな仕事をしながら、家族みんなで過ごしたり……


親は孫を見て笑う。


妹弟たちも家庭を築いて笑い合う。



取り止めもないことだけど、本当は迎えるはずだった未来の数々が頭から離れない。


だが、結局のところ、それはわたしの心にさらなる失望を呼ぶだけだった。



あぁ……もうこんな思い出も作れないんだ。



そんな思いが生きる意味を刈り取っていく。



最後の希望だった家族も、もういない……


もう諦めてもいいよね……パパ……


わたしには……無理だよ……






そうやって、生への執着を放棄しかけた時だった。



前方から枝を踏む音が聞こえた。


それに気づいたわたしがふと顔を上げると、目の前に真っ黒な狼型の魔物がいて、わたしの目と魔物の目が交差する。


魔物の双眸には嬉々が浮かんでいて、こちらの眼をジッと覗き込んでいる様子は、無邪気な子供が新しいおもちゃをもらった時の様な……


だが、瞳はすぐに闇を宿した。


その瞳はまるで、お前は欲しかったおもちゃではなかったと言わんばかりだ。


わたしに興味を失った双眸と表情には、暗い闇と落胆が混じっている。



あぁ……わたしはこの魔物に殺されるんだ……



そう直感した。


そして、無意識に天を仰いでいた。



いっそこのまま、楽にしてくれればいい。



そう考えていた。



狼型の魔物の息遣いが荒くなる。


おそらくは差し出された喉を見て、興奮でもしているのだろう。


強者とは、常に弱者の惨めな姿を楽しむものだから。


それは、短い人生で常々感じてきたことだ。



それならば……そのままこの喉笛を噛みちぎってくれれば……



家族の顔を思い浮かべながら、わたしはそう願った。





だが……



生への執着を完全に放棄した瞬間、わたしの意識は暗い波に飲み込まれた。



◆



竜種を倒したクレアは、急ぎパルトの下へと駆ける。


視線の先にいるパルトは、完全に暴走しているように見えた。


パルトの体を包み込む黒いオーラは、まるで彼女の体を蝕むように、少しずつその面積を広げていく。


それに、パルトは多少の怪我なら気にもしていないようだ。


サヌラが繰り出す連撃も、致命的なもの以外はもはや剣で受けることはない。


紙一重でかわすか、その身で受けながらサヌラに攻撃を仕掛けているのだ。


ただ、そのおかげで2人の攻防は拮抗している状態でもあった。



(……でも、その戦い方は血を流し過ぎる……!)



いつしかパルトの体は血だらけだった。


そして、動く度に飛び散る血は彼女の服とその周りを紅く染める。



クレアはパルトの下へと急ぐ。


彼女を止めなければ。


そんな想いを胸に。




しかし、そんな想いを打ち砕くかのごとく、パルトに異変が訪れる。



「ガ……ガァァァァァ……」



突然苦しみ出すパルトを見て、クレアの胸はキュウっと締め付けられた。


最悪の結末が訪れるのは、いつも突然だ。


クレアの胸は不安と焦りで支配されていく。



「これは……好機ですねぇ!!」



苦しむパルトを見て、サヌラが笑みを深める。


もちろん、パルトとの戦いの中で彼女も無事では済んでいない。


多数の斬り傷を携え、その顔には疲労感も少し見え隠れしている。


だからこそ、この好機を彼女は見逃さない。


パルトを殺すべく、必要な行動を取り始めたのだ。



「……させるか!」



頭を抱えて苦しむパルトに向けられた凶刃。


クレアはそれをギリギリで受け切った。


パルトとサヌラの間に割って入り、振り抜かれた黒い刃のひとつを真紅の剣で受け止めると、その剣戟の重さを物語るかのように火花が散る。


しかし、黒い刃はひとつだけではなく、そのいくつかの攻撃がクレアの白い肌を遠慮なく切り裂いた。



「紅蓮……!!」



パルトと共闘していたガザルがクレアの動きに気づき、援護に入る。


その双刀による剣撃をかわしたサヌラは、舌打ちと同時に大きく距離を取った。



「パルト……!!」



切り傷など構うことなくパルトへと駆け寄ったクレアは、倒れ込むパルトを抱き止めた。


その様子を背中で捉えていたガザルは、サヌラからは目を離さずにクレアへ問う。



「嬢ちゃんは……大丈夫なのか!?」


「わからない……意識を失ってるようだけど、この黒いモヤが消えない!」



その言葉を聞き、今度はガザルは小さく舌打ちをした。


厄介な竜種はクレアが屠ってくれたので、ひとまずは安心だ。


これで敵は1人……目の前の異形の女だけ。


数的有利なこの状況でなら、目の前の女を倒すことができる。


もちろん、このまま引いてくれることを願うばかりだが……。


だが、拭えない不安が胸の中にこびり付いている感覚には、今のこの状況が好転していない証拠でもある。


こういう時は、大抵何か予期せぬことが起きている。


それは、これまでの冒険者人生の中でガザルが嫌というほど経験し、理解させられたこと。


そして、今回のその原因は、まさにパルトにある。



(嬢ちゃんの容態が気になるが……)



パルトが立ち直れば、この戦いは終わるはずだ。


だが、彼女の状況が理解できていない今、戦況はサヌラ側に傾いていると言ってもいいだろう。


そして、ガザルにはもうひとつ理解していることがある。



それは、今パルトを任せられるのはクレアだけということだ。


サヌラはクレアに任せ、自分がパルトを連れて引くことも考えたが、パルトの状態がわからない以上、たとえ逃げ切れたとしても、その後はどうすることもできない。


無駄にパルトを見殺す可能性すらある。



ならば、パルトはクレアに任せるしかないのだ。


だから、サヌラの相手は必然的に自分ということになるわけだ。



「紅蓮……ここは俺が引き受けるから、嬢ちゃんを助けてやってくれ!」


「え……?あんた……」


「俺にも……格好つけたい時があるんだよ!!」



ガザルはそう叫ぶと双剣を構え直し、サヌラに向かって駆け出した。


背中にはクレアの視線。


それがなんだか力を与えてくれているようだった。

暗い過去の記憶の波に意識が飲まれてしまい、倒れ込んでしまったパルト。


そんなパルトを任せられるのはクレアだと信じて、ガザルはサヌラに挑みます。


今回もご愛読いただきまして、ありがとうございました!

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