110 再会
今回はタイトル通り。
あの人と再び再会を果たすパルト。
「パルト……!!しっかりして!!」
クレアは腕の中で苦しみ出したパルトへ、必死に声をかけた。
だが、その言葉はパルトには届いていないようだった。
何かにうなされる様に眉を歪ませて呻き声を漏らす彼女の様子に、クレアは焦りを募らせていた。
(この黒いモヤ……どうすれば……)
パルトにまとわりつく黒いモヤは、一向に消える様子はなく、彼女の体を少しずつ飲み込んでいる様にも思えた。
だが、これがなんなのかわからないクレアには、どうすることもできない。
できるのは、ただ無意味な考えを巡らせながら彼女を見守るだけ。
クレアはこの時、初めて自分自身に対して無力感を感じていた。
これまでは、強さがあればなんとでもなったのに。
強ければどんな敵も倒せたし、大抵のことは解決できたのに。
仲間を守ることだって……。
だが、今は違う。
いくら強くても、目の前の仲間を助けることができない。
大切な仲間を助けることができない葛藤が、クレアの心を強く締め付けていた。
胸の中で苦しむパルトを見て、クレアは涙を溢す。
その雫は、パルトの頬に落ちて静かに流れ落ちた。
◆
ーーーわたしは何もできない……。
狂暴れる魔物の群れ。
そいつらに無惨にも殺されていく仲間……そして家族。
そんな悍ましい過去の記憶が、目の前で何度も繰り返されていく。
その度に、胸に苦痛と激痛が走り、わたしは顔を歪めた。
何よりも辛かったのは、その様子を何もできずに見ているだけだという事実。
助けに入り、魔物を屠り、家族や仲間を救うことができない自分の弱さが、1番辛く苦痛だった。
弟のポルンが食い殺され、妹のピルニが体を引き千切られる。
そして、それを守ろうとした母の頭が飛ぶ。
それを見せられる度に、胸が張り裂け、悲しみに打ちのめされ、最後に憎悪が膨らんでいった。
何もかも、あいつのせいだ……。
あの魔人族の男のせい……。
ミッドウェル……あのクソ野郎……忘れない……。
あいつの笑い声が耳に響き、不快な笑みを浮かべた顔が浮かぶ。
それが、わたしの中でさらなる憎悪を掻き立てた。
絶対に殺してやる……。
わたしにした様に、奴の何もかもを奪ってやる……。
許しを乞うことすら許さない……。
奴の全てを……踏み躙り、ぶち壊してやる……。
憎悪、嫌悪、怨念、厭悪、怨嗟。
この世の全ての呪詛が自分の胸に集まっていく感覚に、わたしは完全に囚われていた。
いつしか、見慣れた黒いモヤが全身を包み込み始めていた。
でも、不思議と不安はない。
寧ろ、心地よさが体を満たしていく。
もう……全て預けてしまおう……。
そうすれば、楽になれるんじゃないかな……。
そう思い、ゆっくりと目を瞑りかけた時だった。
「諦めるんか?」
わたしは反射的に目を見開いた。
耳を撫でる優しいその声は、よく知った者の声と同じだ。
今でも耳に残る慈愛に満ちた声を、わたしが忘れるはずがない。
もう一度聞きたかった温かな声。
気づけば、真っ暗な空間ではなく、目の前に広がるのは真っ白な空間。
そこにポツンと佇む老人が1人。
「……師匠!!」
わたしは師匠の下へと駆け出していた。
会いたかった……。
会って慰めて欲しかった……。
ここまでよく頑張ったと褒めて欲しかった……。
大変だったなと優しく包み込んで欲しかった……。
そのままわたしは、師匠の胸に飛び込んでいた。
「うむ……よう頑張ったのぉ。」
師匠は拒むことなくわたしを受け止め、優しく頭を撫でてくれた。
一見、華奢に見える体躯も、抱き締めれば鍛え上げられた筋肉を纏っていることがわかる。
わたしが本気で抱きついたところで、師匠は全く気にしないだろう。
それほどまでの思いを込めて、わたしは師匠に抱きついていた。
鼻に香るは師匠の優しさ。
わたしはその心地よさに目を瞑る。
そんなわたしを、師匠は無言のまま抱きしめ続けてくれた。
「……落ち着いたか?」
しばらくすると、師匠が口を開いたので、わたしはこくりと頷いた。
これまで抱えていた憎悪は、今はもう消えてしまっている。
「そうか……しかし、お主の今の状況は良くないのぉ。」
そう告げられても、良く意味はわからない。
ゆっくりと師匠から体を離したわたしは、彼の顔を見上げた。
「わしが授けたスキルを飲み込んでしまったのは想定外じゃったな。あれが制御できないほどの力とは……少し見誤ったか。」
師匠が何を言っているのかはわからなかった。
「師匠がくれたスキル……ですか?」
キョトンとした顔を向けると、師匠はくすりと笑みを溢した。
「あぁ、深くは伝えとらんからのぉ。知らんでも仕方あるまいて。スキル【深慮遠謀】……ガイドと言えばわかるかの。」
ガイド……もちろん覚えている。
いつからかわたしの頭の中で響き出した声の主。
困った時、常に助けてくれる声だけの誰か。
それがガイドさんだ。
「確か……エルバという白髪の兎人族の娘と戦った時じゃったな。この権能に目覚めたのは……。」
師匠はそう告げると、「渡したはいいがここまで時間がかかるとは……」と小さく溢したが、それが何のことかはわたしにはわからない。
「ガイドさんは……師匠がくれたスキルだったんですか……?」
何となくだが……ガイドさんがそんなことを言っていた気もしないでもない。
だが、良く覚えておらず、わたしが聞き返すと師匠は笑う。
「わしの最後の我儘でな……とまぁ、その話は置いておくとして、お主はそろそろ目覚めなきゃならん。」
それを聞き、わたしの胸に今度は不安が広がった。
なぜなら、それは師匠との別れを意味していると理解できたからだ。
「だけど……せっかくまた会えたのに……嫌です。」
「……わしは死んだ身じゃ。このまま一緒におることは叶わん。それに……お主には新たに仲間ができたじゃろう?」
それは確かにそうだった。
仲間は、確かにいる。
特にクレアは……おそらく現実でわたしの目覚めを願っているはずだ。
でも、師匠とは離れたくない。
一緒にいたい……それがわたしの本音だし、それ以上に望むものなんて、本当にないのだから。
だが、師匠はそんなわたしの気持ちをわかっているかの様に、にっこりと微笑んで言う。
「もう一度聞くが……諦めていいんか?強くなるんじゃろ……?」
その言葉に、わたしは胸が詰まった。
「今のわしは魂の残滓みたいなもの……一緒にはおれん。じゃが、お主の成長は見守っておくよ。」
その瞬間……一瞬だけだが、師匠の姿に別の人物が被った気がした。
でも、それが誰なのかはわからない。
本当に一瞬だったから。
「最後にわしができることをしよう。ほれ……」
師匠が手のひらを開くと、そこには光の玉が輝いている。
それをわたしに渡すと、その光玉は輝きを増しながら、わたしの胸へと静かに沈んでいった。
「相手は強いのぉ。じゃが、お主なら勝てる……重要なのは、折れることのない芯の強さじゃ。」
「し……師匠……!?」
いつの間にか師匠の姿はなくなって、声だけが響いている。
「パルト、強くなれ……。さすれば……もしかすれば……」
意味深げな師匠の言葉。
それはわたしの耳に強く残るも、消えてしまった師匠の姿を必死に探していた。
最後の言葉が気になります。
ですが、せっかく師匠であるダビドと会えたのも束の間。パルトは再び、生きるために、強くなるために現実へと戻っていきます。
今回もご愛読いただきまして、ありがとうございました!




