108 記憶④/クレアの成長
パルトの絶望。
深く刻み込まれた記憶との邂逅は、パルトに何をもたらすのでしょうか。
「ママ!パパ!」
家に着いた途端、わたしはドアを勢いよく開けて中へ飛び込んでいた。
だが、大声での呼びかけに家族からの返事はない。
それに、家の中は荒れ果てていて、何かがここで暴れたことを物語っていた。
焦燥感が再び胸の中で膨らみ始める。
下腹部を不安に掴まれているような感覚に吐き気を催すが、今はなんとか堪えなければ……。
「ポルン!ピルニ!いないの!?」
吐き気を堪えて、今度は弟と妹のことを呼ぶ。
どこにいるの!?
返事をして!
そのまま子供部屋に飛び込むが、2人の姿はやはりない。
床下の収納など、2人が隠れやすそうな場所を探してみたが、それもダメ。
ただ、部屋の床には血溜まりだけが残っていた。
そんな……そんなそんな……!
居ても立っても居られずに、台所や寝室など、すべての部屋を確認した。
だけど、やはり家族の姿はどこにもなかった。
なんで!なんで、どこにもいないの!?
家事をしていた母の姿が見えないのはなぜ?
それに弟のポルンだって家に帰っているはず。
だって、わたしが家に帰るように促したんだから。
ピルニも部屋で本を読んでいたはずなんだ。
それなのに、なんでみんないないの!?
家族の姿がないことに、焦りと苛立ちが募っていく。
だけどそれは、受け入れたくない現実から目を背けているだけにすぎなかったのかもしれない。
荒れ果てた屋内。
そのところどころには、鋭い刃物や鈍器でつけられた傷跡、それに大きな爪跡などが残されており、さらには屋内中に飛び散った血の跡が、ベッタリとその存在感を示していた。
これらを見れば、ここで何が起きたのかは誰がみても一目瞭然だった。
わたしは、思わず庭に飛び出した。
もしかすると、みんな外に逃げているかもしれない。
そんな淡い期待を胸に。
「みんな……!!どこなの!?」
大きな声を上げる。
しかし、庭に飛び出すや否や、ある光景がわたしの目に止まった。
真っ赤な血に塗れている大きなシーツが、物干し竿に掛かっている。
そして、まるでそこから流れ出ているかのように血が地面に滴り落ち、大きな血溜まりを作っていた。
その下から見覚えのある腕が、ちらりとこちらを覗いている。
「マ……ママ!」
瞬間的に、わたしはシーツを振り払って駆けつけていた。
母は気を失って倒れているだけ。
そう願いながら。
だが、倒れている母を見た瞬間、今度は体が一気に凍りつく。
う……うそ……でしょ……。
彼女の体には、あるべき物がなかった。
それが元々あった場所からは真っ赤な血が滴り落ちており、血溜まりを大きく広げている。
なに……?これは……何の冗談……?
現実なのか、夢なのかすらわからない。
もはや、私の思考は壊れかけていた。
この地獄のような絶望の中で、願っていた小さな希望すらも打ち砕かれたのだから、無理もないのかもしれない。
力なくその場に膝から崩れ落ちる。
言葉にならない声が漏れる。
そして、無意識に涙が流れ落ちた。
だが、呆然としているわたしの前に、今度はコロコロと何かが転がってきた。
転がってきたボールのようなものが、わたしの目の前で静かに止まる。
それが何なのか。
わかっているようでわからない。
わかっているが、わかりたくない。
そんな矛盾と葛藤が胸に溢れた。
絶望とは本当に無慈悲なものだ。
だけど、好奇心に引かれるように、わたしの手は目の前に転がる球体へと伸びていく。
怖い。
でも、手が勝手に動いてしまう。
だが、触れようとしたところで、その球体が突然ゴロリと転がり、さらにギョッとしてしまう。
「……!?おか……?」
自分が見ているものが信じられなかった。
様変わりしてしまっているが、それは明らかに母の顔。
さっきまで元気に笑っていた……
わたしに優しく微笑んでくれた……
紛れもなく自分の母親の頭だった。
「え…………え…………ど……どう…………して……」
目の前で起きていることが理解できない。
だが、混乱の中で溢れ出す悲しみが、わたしの手を母の頭の下へと向かわせた。
「おか……おか……あ……さん。」
溢れ出す涙で視界が遮られても、わたしは母の頭をしっかりと持ち上げて、そのまま自分の胸に抱きしめる。
流れる涙は変わり果てた母の頬に滴り落ちるが、母が目を開けることは決してなかった。
「どうして……どうして……うぅ……。」
何でこんなことに……。
そう問いかけても、答えてくれる者はいない。
そんなことはわかっていたが、世界のありとあらゆる不幸に見舞われたように、舌が強張って声が出なくなる。
底知れぬ絶望と悲しみが、激しい動悸を感じさせ、息を荒くさせる。
肺いっぱいに取り込んだ空気が逃げ場を失い、呼吸ができなくなったわたしは、思わず嘔吐してしまった。
誰か……助けてよ……。
お願いだから……。
涙と吐瀉物で顔を汚したまま、わたしは抱きしめた母の頭を覆うように下を向いた。
絶望が、わたしを殺そうとしていた。
心が完全に折れかけていた。
辺りには、死の香りが漂っていた。
◆
聞いたこともない咆哮がクレアの耳に届いた。
だが、クレアはその咆哮の主がパルトであるとすぐに理解した。
(……パルト?!)
竜種からの攻撃を受け流し、カウンターの一閃を見舞いつつ、パルトの方へと意識が向けられる。
黒いオーラは今までどおりだが、どこか雰囲気が違うパルトの様子に、クレアは焦りを募らせた。
(やっぱり……あのオーラをどうにかしておくべきだった!?)
パルトを見た時から感じていた不安。
その答えが今になってわかった気がした。
おそらく、パルトはあの黒いオーラ……もとい黒い力に飲み込まれているのだ。
未知の力……それはパルトの才能であるかもしれないが、使いこなせない大きな力は自身の身を滅ぼす。
クレアはそのことをよく知っていた。
そして、それを認識すると同時に、クレアの思考はひとつの結論に辿り着く。
ーーー竜種とのこの戦いを、さっさと終わらさなければ。
その瞬間、クレアは炎属性の魔力を体内へと納めていた。
クレアの戦い方……魔力の使い方は至ってシンプルだ。
炎属性の因子を自身の魔力へ組み込んで、それを体の表面と握る剣に纏わせるように発動させ、常にその状態を保って戦う。
その効果は建設的に絶大で、燃えるように体の表面と剣に纏わりつく炎は直接斬れば相手を燃やし、炎術スキルを発動する際も時間的なロスがほとんどなく、即座に行うことができる。
まさに一石二鳥、一箭双雕。
クレアはこの戦い方で、これまで幾多の強敵を灰塵に帰してきたのだ。
しかし、クレアはその炎属性の魔力を全て体内へと引っ込めた。
それが意味すること……すなわち、体内で大きな魔力を練り直すということだ。
(まだ練習中ではあるけれど……わたしなら……)
爪撃や尾撃など、竜種から繰り出される数々の攻撃を掻い潜り、クレアは最大限の魔力に炎属性の因子を練り込んでいた。
イメージを頭に浮かべる。
スキルを具現化する際に大切なのは想像力。
師匠であるダビドと別れる際に、最後にもらった言葉だけ。
明確な想像力……それは思いの強さ。
できると信じる心は、勇気と強さを自分に生み出す。
自分は最強であると信じて止まない想いの強さを、魔力へと組み込み、強いてはスキルとして体現する。
それがクレアの強さに直結しているのだ。
(魔力、炎、スキル……イメージは完璧!あとはそれを体現する勇気と……)
竜種の攻撃をかわしながら、クレアは自身が発動するスキルのイメージを練り上げる。
自分がどう体現するのか。
それを一心に考えていた。
そんな折、思いもよらないことが起きた。
突然頭に浮かんだのは、奇しくも戦うパルトの姿。
それが炎と混じり合い、まるで炎の神が舞っているような情景が浮かぶ。
駆け抜け、飛び回る様はまさに炎舞。
パルトの周りで遊んでいるかの如く、何度も流麗に舞う炎の軌跡は、クレアを魅了して止まない。
クレアの脳裏には、パルトのの戦いが強く刻み込まれていた。
その瞬間、クレアは自身の両脚に魔力を注ぎ込んだ。
身体強化は常に行なっている。
それは全身均一に、バランスよく全身に巡らせる。
だが、今回は違う。
上半身は最低限だけの魔力を回して最低限の強化だけ。
あとは両脚に全てを注ぎ込んだ。
(飛ぶ……わたしは飛べる……)
途端に2つの足が軽くなった。
自分の動きがさらに洗練された気がして、竜種の攻撃など障害物を避けるゲームとしか思えなくなる。
右から、左から、上から、斜め下から。
襲いくる数々の攻撃を先取りして、クレアは大きく笑みを浮かべた。
ーーーブレイズストライク(烈火虎突)!!!
イメージしたのは炎の獅子。
力強さと瞬発力を兼ね備えた獅子の強撃。
自分自身の全てを包み込む炎は、突進とともに獅子を形どり、竜種へと突き進む。
もちろん、その瞬発力のイメージは、パルトの動きから想像されたもの。
激しい炎を纏う虎は、一瞬で竜種を飲み込んだ。
「ギャァァァァァァァァァァァ!!!」
クレアの突進は、巨大な竜種の胸に大きな風穴を開け、同時に身を焼かれる断末魔が響き渡った。
倒れ込み、黒い灰となって崩れていく竜種。
その傍らでクレアは思った。
パルトのおかげで自分はまたひとつ強くなれた、と。
一方で、さらなる成長を遂げたクレア。
どれだけ強くなるのか、これからが楽しみです。
パルトへの加勢へいそげ!




