105 記憶①
105話更新です。
ここから少しだけ、パルトの過去の記憶編です。
「ぐ……ぐぐ…………ガァァァァァ!!!!」
突然、自分の口から咆哮が漏れた。
頭の中は真っ暗で何も見えないのに……。
怒りだけは渦巻いている。
その怒りも、何に向けたものかはわからなくなってきていた。
もう……いいや……
そんな感情が芽生え、わたしは何だか楽になった気がした。
もう……いい……
頭の中は、なぜだか冴え渡っていた。
◆
「パルト〜?どこにいるの?」
優しく慈愛に満ちた声が辺りに響く。
「はぁ〜い、ママ!なに〜?」
わたしの長い耳が母の声を捉えて小さく動いた。
あの声の感じからすると、何かお願いごとかな?
そんなことを考えつつ、わたしは窓からひょっこりと顔を出して、家の中を覗き込んだ。
「そんなところにいたのね。実はあなたにお願いがあるんだけど……」
突然、窓から飛び出したわたしの顔に驚く様子もなく、台所にいた母は、包丁を使う手を止めてこちらに笑顔を向ける。
お願いごとって何だろう。もしかして、菜園の雑草取りとかかなぁ?
なんてことを考えていると、母の手元に細かく刻まれた人参が見えた。
それを見て、わたしは母の依頼が何なのか、何となく予想ができた。
おそらく、今日の晩ご飯はわたしの大好物のアレかもしれないな。
なんて予想しつつも、わざとらしく問いかけてみる。
「お願いって、なぁに?」
その言葉に、母も察したようにクスリと笑みを溢した。
「クコルの実を切らしてしまっていて……よかったら森で採ってきてくれないかしら。」
やっぱりだ!やった!
推測が確信に変わり、内心でガッツポーズ。
人参にクコルの実ということは、今日の晩ご飯はわたしの大好物の"キャラットシチュー"で間違いない。
キャラットシチューは人参がメインの鍋料理で、他にもいろんな野菜をたっぷりと入れて煮込んだ鍋に、たくさんのミルクを入れて混ぜ合わせ、調味料で味を整える母の得意料理のひとつだ。
それだけでも至高の一品なんだけど、クコルの実を入れると味と香りに深みが増して、最高の一品に昇華する。
しかも、スープにとろみも出るから、食べ応えも抜群。
あれをパンと一緒に食べると、本当に最高なんだよね。
「パルト?どうしたの?ボーッとして。」
「……?!」
母の言葉に、わたしはハッとしてしまった。
ついつい晩ご飯のことを想像していて、ボーッとしていたみたい。
「ううん。何でもないよ!」
「そう……?」
「ほんとほんと!ク……クコルの実だね!わかった!すぐ採ってくるよ!」
「フフフ……気をつけてね。」
「うん!任せてよ!」
恥ずかしさを誤魔化しつつ、わたしは窓際から勢いよく飛び上がり、そのまま軽く駆け出した。
よだれまで垂らしていたのが、バレてないといいけど……。
母の前だから、ついつい素の自分が出てしまったことを悔やみつつ、集落の出口へと足を向ける。
今から目指す場所は、すでに決まったようなものだ。
クコルの実を採るならあそこしかない。
ここから数キロほど離れたクコルの木の群生地。
そこまで行けば、クコルの実なんて腐るほど手に入るし、それはこの集落の誰もが知っていることだから、別に難しいお使いでも何でもない。
早く採って帰って、キャラットシチューを堪能しなきゃね。
「お〜い、パルトちゃん。どこに行くんだ?」
走りながら愛しの晩ご飯に思いを馳せていると、途中で隣に住むおじさんが声をかけてきた。
「うん!ちょっと、クコルの実を採りにね!」
「はは〜ん。さてはお使いか?気をつけて行ってこいよ!」
わたしが足を止めることなく、おじさんに手を振って挨拶を返すと、おじさんも嬉しそうに手を振って応えてくれる。
ここは兎人族の集落。
わたしの家族や他の兎人族たちが、ひっそりと生活を営む場所。
そんなに規模も大きくないから、集落のみんなが家族みたいに仲がいい。
「パルトちゃん、元気かい?」
「よう!調子はどうだ?」
「子供たちのこと、よろしくな!」
「森で遊ぶ時は魔物に気をつけろよ!」
現に、こうやってたくさんの人に声をかけられる。
でも、わたしが声をかけられる理由は、実は他にもあった。
そのひとつは、わたしが子供たちのお姉さん的存在として認知されてしまっていること。
確かにわたしって、成人前の子供の中では1番年上の11歳なんだけど、それでも年が近い子は他にもいるし、わたしよりもしっかりしている子だってたくさんいる。
なのに、なんでこうなっちゃったのか。その理由はたぶん……
「姉ちゃん!もしかして……おつかい?」
「わっ!?……って、なんだポルンかぁ〜。」
考え事をしていたから、突然声をかけられて驚いたけど、よく見れば末の弟のポルンが目の前にいた。
辺りを見回せば、いつの間にか集落の出口の付近に着いていたようだ。
この辺で遊んでいるだろうとは思っていたけど、想像以上にポルンは身体中が泥まみれだ。
これは帰ったらお説教決定だろうな。
わたしはそう思ってクスリと笑う。
「ん?何がおもしろいの?」
「ううん。何でもないよ。」
「ふ〜ん、そう。で……姉ちゃん、おつかいに行くんでしょ?」
改めてその問いを聞き、相変わらず察しのいい弟だなと思う。
どこでわたしを見つけたのか。
目敏いというか何というか。
「そうだけど、だったら何?」
「やっぱり!僕も行く!」
「だぁ〜め。」
「え〜!なんでさ!いいじゃん!」
「だって、あんたと行ったら寄り道ばかりで、お使いが終わらないんだもん。」
「やだよ!絶対に行く!」
ダメだと言えばどうなるかは想像していたけど、やっぱり駄々を捏ね始めるポルン。
だけど、わたしにだって譲れないことはある。
いくらお姉さん的存在でも、大好物の誘惑には勝てないのだ。
「あんたさ。今日の晩ご飯、何か知ってる?」
わたしの眼に策士が宿る……なんてことはないけど、ポルンを出し抜く方法なんていくらでも思いつく。
「え?知らないけど……」
「キャラットシチューよ。」
「え!?ほんとに!?」
わたしの大好物は、弟の大好物でもある。
だから、それが今晩のメニューであると伝えれば、ポルンは姉のお使いの重要性がすぐに理解できるはず。
「本当よ。だから、あんたが今からやらなくちゃいけないことは何か……わかるよね?」
「イエス!マム!」
なんの真似だか、誰に教えられたのかは知らないけど、ポルンはすぐさま足を揃えてわたしに敬礼する。
そして、家の方へそそくさと駆け出し始めた。
「体だけじゃなくて、ちゃんと耳も乾かしてよ!」
「はぁ〜い!」
本当にわかってるんだか。
相変わらずの空返事に、弟がちゃんとできるか心配になったけど、とりあえずその背中を見送ったわたしは小さく笑みを溢した。
ポルンには悪いけど、このミッションにお荷物は不要なんだよね。
さて、それじゃあさっそく……。
わたしはクコルの群生地の方角をしっかりと確かめてから、ゆっくりと目を閉じた。
そして、両手を地面に置いて、両脚に力を込めるように集中する。
(集中集中……このルートには木も多いし、根っこも飛び出してるからね。)
今から行くルートはよく知ってる道。
だけど、障害物がたくさんあるから、一直線には走れない。
だから、まずは効率的なルートを頭の中で組み立てて……
ある程度、障害になりそうな物がどこにあるか予測を立てつつ、わたしは頭の中を整理していく。
そして、それが終わったところで、両耳をピンと立てた。
「しゅっぱぁ〜つ!!」
そんな掛け声と共に、わたしは勢いよく地面を蹴り出した。
まるで、体が風に溶けそうなくらいの勢いで駆ける様子は、まさに脱兎の如く。
そう。
この集落において、わたしの瞬発力と敏捷性は随一を誇る……らしい。
それが、この集落でわたしが一目置かれている理由。
わたし自身はよくわかってないんだけど、この力を見て神童だとか女神から寵愛だとか、そうやって集落のみんなが慕ってくれているというわけ。
でも、確かに障害物がたくさんある林の中を、難なく駆け抜けていくのは、とても清々しくて気持ちがよかった。
予想に反して姿を表す障害物でも、直角ターンで簡単にかわせるし、このスピードでも小鳥たちの囀りとか、気持ちのいい陽射しとか、周りの様子を楽しむ余裕すらある。
わたしは、目的地へと駆け抜ける。
林の中を難なく駆けることへの自尊心と、夕飯へのトキメキを胸に、目的地であるクコルの群生地を目指した。
幸せな日々がパルトにもあったんです。
しかし、この後に起こるのは…
これまで思い出されることのなかったパルトの記憶。
数話ほどお付き合いください。
今回もご愛読いただきまして、ありがとうございました!




