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21. ラシェルの本心①

「やめて、お願い! 離して!!」

「大丈夫、大丈夫だから!」


 何が大丈夫なのか。

 ラシェルであることが、カレバメリア帝国の皇女であることがバレてしまったら、この命は無いのに……!!

 今にも体の中の魔毒蟲が目覚め、内側から喰い破られる恐怖に体が震え上がる。


「大丈夫なんかじゃないわ! 私っ……私、死んでしまうのよ!!」


 まだやりたいことが沢山ある。

 やっと仕事仲間として認めてもらえて、これからなのに。

 身分も姿も、名さえも捨てて、ここまでやってきたのに――!!


 泣きじゃくるラシェルにエスティリオはもう一度、「大丈夫だから」と耳元で囁いた。


「俺を信じて」

「エス……ティリオ……」

「絶対に、エルを死なせたりしないから」


 エスティリオの声には、人を落ち着かせる効果のある魔法でもかかっているのか。

 段々と、冷静さを取り戻してくる。


 ラシェルがもう抵抗しなくなると、エスティリオは腕の力を抜いて、向かい合うようにそっと身体を寄せた。


「ちゃんと説明するから、場所を変えよう」

 

 こくんと小さく頷き返すと、またあの体が浮くような奇妙な感覚がした。

 エスティリオの私室。

 ラシェルが目を開けると、場所が移動していた。

 ソファに座らされ、すぐ隣にエスティリオも座った。


「エスティリオ……私……」

「待って」


 喋ろうとするラシェルの唇に、エスティリオの指がピタッと当てられた。


「先に俺に謝らせて。まず一つ目は、馬車の中でエルを傷付けることを言ってごめん」

「それは私が先に、エスティリオを突き放すようなことを言ってしまったのもあるから」

「いや、カッとなったからって卑劣な物言いをして最低だった。本当にごめん」


 しゅんと項垂れてしまった。

 本当にリオそっくりだ。

 「それからもうひとつ」と顔を上げたエスティリオ。上目遣いに見つめてくる。


「勝手にキスしたりして、嫌だったよね」

「あ……えっと……それは」


 思い出すと顔が熱くなってくる。

 でもこれだけは言っておかなければ。


「嫌ではなかったというか……」

「え、嫌じゃなかった?」


 もうっ、なんでこんなに嬉しそうな反応をするのかしら。言いづらくなってしまう。


「エルという人の事を好きだからしたのかと思ったら、なんだか複雑な気持ちになって……。その……何でまた突然キスなんて……」


 そうだわ、と思い出す。


「エスティリオは私が誰なのか知っているって……一体いつからなの? それよりもなぜ私、死なないのかしら」

「うんうん、今説明してあげるから」


 再び興奮してきてしまったラシェルの手を、エスティリオが宥めるように握ってきた。


「まず皇帝にかけられたっていうその呪い。蠱毒だね? それとも呪いの種類は知らなかった?」

「いえ、知っていたわ」

「もしかして、知っていた上で飲まされたの?」

「なんの魔法薬なのかは飲んだ後に知ったのよ。飲めば皇宮から生きて出ることを許してくれると言われて……」


 あら?

 エスティリオに、お父様に呪いをかけられたのだと言ったかしら。

 呪われていることはもしかしたら、エスティリオ程の実力者なら分かるのかもしれないが、誰にかけられたかまで分かるものなのだろうか。


「呪いのこともそうだけど……誰にかけられたかまで何故知っているの?」

「あはは……まあちょっとね。それで話を続けるよ。蠱毒というのは魔毒蟲っていうのを相手に飲ませて呪う方法で、普通はその蟲が目を覚ます条件を付与して魔法薬を作るんだ。エルは魔法薬を飲んだ後、なんて言われたの?」

「私が誰なのか見破られることがあれば、腹の中の蟲に喰われると……。エスティリオにもう見破られてしまっているのに、何故発動しないのかしら?」


 それともあの魔法薬は失敗作だった?

 一瞬、そんな考えが浮かんだが、皇帝が見ている前で宮廷魔道士がそんな失敗を犯すハズはないと否定した。


「さっき言った条件というのは、エルが考えているようなふわっとしたものではダメなんだ。他人が心の内側で考えている事、思っている事にまでは反応できないんだよ。人が他人の心の内を覗き込めないのと一緒でね」


 エスティリオがラシェルにも分かるようゆっくりと、噛み砕いて説明してくれる。

 

「具体的に言うと、例えば『一週間後』みたいな時間や、コレをしたら、という行動。或いはワード。エルの場合は恐らくワードだと思う。本来の名前や身分を言われると発動するような条件を付与されているんだと思う。それが名だけなのか、身分だけなのか、それとも組み合わせて言われた場合だけなのかまでは分からないけど」

「それじゃあ……」

「俺がうっかり口を滑らせなければ大丈夫だよ」

「そうだったのね」


 そんなことなら、もっと早くエスティリオに相談出来ていたのに。

 呪いについて詳しく知ることは許されないのだから、仕方がなかったのだけれど。

 具体的に説明してもらえるとほっとして、急に体の力が抜けてきた。


「エスティリオが魔塔主として現れた時、どうしようかと思ったわ」


 当時を思い出して、ラシェルは力なく笑った。


「本当は魔塔主になる少し前から、エルが偽名を使って別人になりすましているっていうことには気付いていたんだ」

「え?」

「農場からの書類に、エルの筆跡があったから。姿は変わっていても、話し方も笑い方も、所作も全然変わっていないよ」

 

 好きな食べ物もね、と付け加えられた。

 そんなに前から知られていただなんて……。


「何故エルが本当の自分を隠しているのか、俺に教えてくれないのかって、ずっと探っていて。呪いにかけられているんじゃないかというところまで辿り着いて、それでキスしたんだよ」

「ええと、それとなんの関係が?」

「エルの中にある僅かな魔力。ずっとおかしいと思っていたんだ。魔力のない人が、ある日突然魔力が宿るなんて聞いたことがないからね。そこで俺が立てた仮説が、魔毒蟲を飲んだんじゃないかってこと。俺はエルの中にいる魔毒蟲が持つ魔力を感じているんだって。だから確かめることにした」


 まだ分からないラシェルが小首を傾げると、エスティリオはクスッと笑って目を細めた。

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