第6話
夜さんの後を追うと静まり返った帝都の広場に出た。ガスの灯りが不気味に揺れるその中央で、夜は息を切らして立ち尽くしていた。
「お前が……私を呼んだのですか……っ!」
夜さんの叫びに応えるように、広場の時計塔の頂から、一本の影が音もなく舞い降りた。それは、病的に細い体幹と四肢を持つ、おぞましい異形だった。背中からは、むしり取られたかのようなボロボロの羽が生えている。
「ククク……、我が名は天握のアマツ。よくぞ逃げずに来たなぁ、如月の小娘よ」
アマツは顔を残酷に歪め、狂ったように笑った。
「なぜ、私を知っているのです!」
「なぜ知っているのか、だと? アハハハハ! 何も知らされぬまま育ったか、哀れな小娘め! 我ら『人喰い』は自然の産物などではない! 他でもない、お前たち如月家の先祖が施した、禁忌たる黒魔術の実験によって生み出されたのだァ!」
「そんな……うそ……?」
「お前たちの身体には、我らを生み出した呪われた造物主の血が流れているのだ!」
突きつけられた、一族の血塗られた真実。自分の愛する街を脅かす人喰いの根源が、己の血筋にある。その事実は、夜さんの心を容赦なく叩き折った。彼女はその場にへたり込み、涙が溢れ、深い絶望の底へと突き落とされる。
「さあ、報いの時だ。その首、我が爪の錆としてくれよう!」
急降下するアマツ、その鋭い爪が、泣き崩れる夜さんにめがけて振り下ろされる。
ガギィィィンッ!!!
激しい火花が散った。
「なっ……!?」
「……よくも夜さんを、泣かせてくれたな」
彼女の前に滑り込み、左腕のデバイスで爪を受け止めた。
「深神、さん……? なぜ……。私は、私の家は、取り返しのつかない罪を……」
絶望に濡れた瞳で見上げてくる夜。僕はアマツの爪を振り払い、彼女を背に庇って不敵に言い放った。
「君の家が過去に何をしたかなんて関係ない。それに本当かどうかさえも分からない。今の僕の計算式にあるのは、目の前で泣いている夜さんを助ける。それだけだ!」
合理を捨て、情熱で脳を動かす。僕は左腕のデバイスを右手で叩きつけた。
「激甲!!」
「 Drive - Susanoo - System」
漆黒の流線型装甲が実体化し、青いカメラアイが激昂の閃光を放つ。
レーザーブレードを構えアマツの爪と激しく斬り合う。陸での格闘戦は、未来の技術を持つ僕に圧倒的な分があった。鋭いレーザーブレードの一撃がアマツを追い詰める。
「何も知らぬ! 小癪な鉄クズが……!」
たまらずアマツは大きく羽ばたき、上空へと退避した。空中から、無数の羽を雨あられのように放ち、僕を蜂の巣にしようと画策する。
「追尾する羽か、だが! 崩激!」
叫びと共に、光の粒子となった僕は、羽の雨をすり抜け、超光速の跳躍でアマツの死角へと肉薄した。致命の一撃をデバイスが演算する。背後、斜め下から上空へ目掛けキックを放つ。
「速い! だがっ! 天を掌握する我に敵うと思うなァ!! 」
「妖力解放、大天狗!!」
「クソっ! なんだ! この圧は! 」
アマツのボロボロの羽が、おぞましい黒い暴風を纏った。気流が乱れる。
「だが、この距離なら躱せないはずだ!」
「 Demolition 」
デモリッションキックは虚空を掠める、紙一重の差で回避された。
「避けられた......っ!」
粒子から実体化した束の間、死角からの反撃。
「捉えたぞっ!」
アマツの鋭利な暴風の刃が僕の胸部装甲を真っ向から切り裂いた。激しい火花が散り、強烈な衝撃波で地面へと叩きつけられる。
「がはっ……!」
システムエラー音が頭の中で鳴り響く。立ち上がろうとした僕の眼前に、上空から超高速で急降下してきたアマツの脚爪が襲いかかった。レーザーブレードで辛うじて受け止めるが、アマツの圧倒的な質量と重力が僕を圧迫する。腕と肩の装甲にひびが入り、ネオンラインが激しく点滅を繰り返す。
「ハハハ! 守っても! 逃げても! 無駄だ! 我の目にはお前の一挙手一投足がすべて視えている!」
「なんだと!?」
「死ぬ前に教えてやる。我の力はなぁ、大気の流れに乗る獲物の感覚を読み取るのじゃ」
「感覚を読む......だとっ!」
そのままレーザーブレードごと、持ち上げられおもちゃの様に投げ飛ばされる。
「ぐわぁ!」
ガス灯に衝突し鉄柱が歪み、装甲が派手に砕け散る。感覚を読まれる以上、どんな攻撃も当たらない。
「お前の呼吸、筋肉の動き、そして仮面の裏の眼の動きでさえ、大気に乗ってわかるのじゃ!」
アマツは再度、天へと羽ばたく。肉体も装甲も消耗している圧倒的な絶望。だが、僕のバイザーの奥のセンサーは、勝機を諦めていなかった。ピピッ、スキャンが捉えたのは、帝都の上空に立ち込める、不自然なほどの雷雲。大天狗、黒い暴風で気流が乱され引き寄せられたのだろう。
(感覚を読めるなら、僕がどれだけ速く動こうが関係ない。ならば逆に奴の動きを止める!)
僕はレーザーブレードの出力を最大にし、空を飛ぶアマツに向かって思い切り投げ飛ばした。青き光の道標が、雷雲へ突貫する。
「まと外れだ! どこへ投げている!?」
「いいや、大正の落雷を誘導させてもらったのさ!」
バリバリバリバリィィィンッ!!!!
一瞬、帝都の夜が真昼のように白く染まった。天から降り注いだ圧倒的な自然の雷撃が、ブレードに直撃しその衝撃がアマツを巻き込む。
「ぎゃあああああああっ!?」
「僕の動きは読めても、自然の動きは読めなかったようだな」
凄まじい雷の衝撃に巻き込まれ、制御を失ったアマツの身体は、空からボロ雑巾のように地面へと向かって自然落下していく。
「これが、僕の合理的解答だ。今、楽にしてやる」
出力を右足に集中させ、自由落下するアマツの軌道を計算する。
「崩激! うおおおおおぉぉぉ!!」
「身体が......動かん......!」
流星の如く光の一撃。
「Demolition」
ドゴォォォンッ!!!
激しい爆音と共にキックが直撃し、アマツは地面に叩きつけられる。体幹の半分を細胞一つ残さず吹き飛ばした。
「ぐ、やぁぁぁ……ッ!! こんな、こんな小僧にぃぃぃ……っ!!」
地面に転がり、下半身を激しく崩壊させながらアマツが絶叫する。プライドを木端微塵に砕かれ、それでもなお死への恐怖から、こいつは醜く命乞いを始めた。
「ま、待て……! 命だけは……! 如月一族の......! 秘密の情報を、お前に渡す、だから……っ!」
情報を得れば、未来を救うヒントになるかもしれない。合理的に考えれば、ここで生かすのが正解だ。だが。
「生憎だけど。今の僕は、君の命乞いを聞き入れられるほど、合理的じゃないんだよ」
夜さんを泣かせた人喰いへの怒りは、僕の胸の中でマグマのように煮え滾っていた。
「死ね」
一切の躊躇なく、僕はレーザーブレードを顔面に突き立てた。アマツは断末魔をあげる間もなく塵となって消滅したのだった。




