第4話
ガツン! ガツン! と、地響きのような金属音が響き渡る。
未来での激戦と蜘蛛との戦いを経て、僕のスサノオジェネレーターは限界を迎えていた。デバイスのメンテナンスが必要だと夜さんに相談したところ、彼女は「それなら、とっても腕の良い鍛冶職人さんがいますわ!」と、僕を帝都の片隅にある『絆万鍛冶店』へと連れてきてくれたのだ。
煤に汚れた古い暖簾をくぐろうとした、まさにその時だった。中から、一人の青年が出てくる。仕立ての良い漆黒の詰襟に身を包み、鋭い切れ長の瞳、黒の長髪を後ろで一本に小さく結んでいる。
「――っ!」
すれ違いざま、僕の戦士としての本能が猛烈な警鐘を鳴らした。この男……ただ者じゃない。纏っている空気が、一般人のそれではない。血と硝煙、そして圧倒的な殺気の匂いだ。青年もまた、僕の気配を察したのか、ピタリと足を止めた。書生服を着た僕の容姿を、冷ややかな視線で射抜いてくる。言葉は無かった。だが、火花が散るような強烈な睨み合い。互いに数秒の沈黙の後、青年はフンと鼻を鳴らし、そのまま雑踏へと消えていった。
「……今の人は?」
「烏丸様といって、ときどき店主の銀次様に無理な注文をされるお客様ですわ。いつも怖いお顔をされていて、少し近寄り難いのですけれど……」
夜さんがホッと胸を撫でおろす。あの男の正体は気になったが、今はデバイスの修理が先決だ。僕たちは鍛冶場の奥へと進んだ。そこでは、元気な黒髪ショートヘアの少女が、もんぺ姿で熱心にヤスリをかけていた。
「あ、夜お姉ちゃん! いらっしゃい!」
「ごきげんよう、命ちゃん。今日はちょっと、お願いがあって来たの」
「如月家お嬢の紹介か。だが、うちは冷やかしお断りだぜ」
奥から現れたのは、日に焼けた頑強な肉体を持つ職人、店主の銀次だった。無精髭を蓄え、鋭い眼光で僕を睨みつける。
「そこの茶髪の得たいの知れねぇ、ハイカラ坊主。お前、手のマメを見る限り、まともに剣も握ったことがねえだろ。素性の知れねえ奴の道具を打つ暇はねえ。帰りな」
頑固一徹。銀次は僕の言葉を聞く耳持たず、手荒く払い除けようとする。だがその時、工房の奥から「あちゃー!」という職人たちの焦った声が響いた。
「親方! 駄目です、新型の鞴を導入したんですが、炉の温度が全然上がりません! このままだと特注の鋼がオシャカになります!」
「何だと!? クソッ、空気の送り方が足りねえのか!?」
「父ちゃん! どうしよ!」
慌てる銀次と命。炉の中の炎は、酸素不足で不気味に赤黒く燻んでいる。僕はすかさず、燻る炎と、新しく導入されたという鞴の配置、そして工房の空気の流れを瞬時に視認し、脳内で計算を開始した。
(なるほど。西洋式の大型鞴を導入したはいいが、給気口の位置が低すぎて、炉の排熱と気流がぶつかって相殺されている。さらに、石炭の配置密度が高すぎて熱対流が起きていない……)
解は見えた。
「絆万さん、鞴の設置角度を右に十五度傾け、給気口の蓋を半分閉めてください! それから、炉の底にある石炭をチェスの盤目のように隙間を空けて並べ替えるんだ!」
「あぁ!? 何を言ってやがるハイカラ坊主!」
「いいからやってくれ! 職人なら、僕の言っていることの理屈が分かるはずだ!」
僕の迫力に押され、銀次は一瞬目を見開いたが、「チッ、命! やるぞ!」と指示通りに動き出した。 命が素早く石炭を並べ替え、銀次が鞴の角度を変えて力強く風を送る。
ゴオオオオォォォッ!!
次の瞬間、それまで燻っていた炉が、爆発的な音を立てて白銀の猛火へと生まれ変わった。完璧な熱効率。理想的な温度への到達だ。
「す、げえ……! 嘘だろ、一発で最高の温度まで上がった……!」
命が目を丸くして叫ぶ。銀次もまた、信じられないものを見る目で僕を見つめていた。僕は額の汗を拭い、不敵に微笑んで言い放った。
「気流の乱れと熱効率のロスを逆算した。これが、僕の合理的解答だ」
静まり返る工房。銀次はしばらく黙っていたが、やがてハハハ! と豪快に笑い声をあげた。
「ハッ、合理的だか何だか知らねえが、大したもんだ。お前、ただのハイカラ坊主じゃねえな。……よし、約束だ。見せてみな、その直してほしいってツラをよ」
僕は頷き、左腕のスサノオジェネレーターを提示した。驚かれるかと思ったが、命はその未来科学の塊を見て、目を輝かせながらも妙に納得したような声をあげる。
「へぇー! すごいカラクリ……! 烏丸の奴が持ってる鉄のベルトと、どことなく似てる気がするけど......まぁいっか!」
「待ってくれ......今なんと言った?」
「よし、八雲! アタシたちに任せな。最高の職人魂、見せてあげるよ!」
それまでハイカラ君と呼んでいた命が、親しみを込めて僕を八雲と呼んだ。トラブルを解決したことで、僕は大正の天才職人親子の信頼を得たのだった。
そして、命が言った鉄のベルトとは。僕の気のせいだろうか。




