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鉄の守り人  作者: Sangomiya
青空
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第24話

 蒼き炎の一閃が、万魔殿を支配していた陰陽の双子を塵へと変えた 役目を終えた『天叢雲形態(モードアメノムラクモ)』の光の粒子が、剣のベルトから僕の脳波と同調するようにして空間へと溢れ出す。


「――がはっ、ハッ……ハッ……!」


 それは、文字通りの奇跡だった。電子の海へ消え去るはずだった僕の意識は、再び確かな質量を持った人間の肉体へと再構成された。僕は激しく息を荒げながら、両膝を突いた。


「八雲……! お前、無事だったのか……っ!」


 変身を解除した剣が、信じられないものを見る目で僕に駆け寄り、その力強い手で僕の肩を掴んだ。僕が無事だったのは剣とのシンクロ率が安定していたからだろう。いや、そんなことはどうでもいい。


「僕は......いいから、命ちゃんを!」


 浮遊していた実験カプセルは下降し、灰のように消滅した。そして横たわる命ちゃんが姿を表した。


「命!」 


剣が必死に駆け寄る。


「あれ? どうしたの?」


「無事で良かった......本当に......!」


「剣、どうしたの? らしくないね。八雲も居たんだ」


「命ちゃん、こんなときに申し訳ないけど」


僕はことの経緯を手短に説明した。


「つまり、私は捕まってて、この空間に連れてこられて……うーん???」


 彼女は信じられないといった様子で僕たちの顔を見渡した。混乱するもの無理はない。彼女を落ち着かせたいがそうはさせてもらえないみたいだ。


 ――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォォッッ!!!


 双子という『重し』が消えたことで、暗紫色の闇が、一瞬にして霧散していく。だが、それは救いなどではなかった。闇が晴れた祭壇の最奥――そこに鎮座していたのは、脈動する巨大な漆黒の『繭(まゆ)』だった。


「な、んだ……アレは……っ」


 剣の顔が、見たこともない恐怖に強張る。ピキィィンッ! と、世界そのものがひび割れるようなおぞましい音が響き、繭が割れた。中から現れたのは、世界のすべての光を吸い尽くしたかのような、純粋な闇のマントを羽織った巨大な骸骨。大正の地に現れた、文字通りの『ガシャドクロ』。四天王たちの死のエントロピーによって完全蘇生を果たした。

 『邪神』が、ついにその目を覚ましたのだ。奴の精神は長い年月の末に完全に崩壊しており、カタカタと顎を鳴らしながら、呪詛のような不気味な独語を無限に繰り返している。


「スベテノイノチハヤみにカエルノデス……クラヤみにミヲユダネルノデス……」


 ただそこに存在しているだけで、世界中の酸素が奪われるような圧倒的な死のプレッシャー。あまりの絶望的な魔力を前に、僕と剣の身体は金縛りに遭ったように動かなくなる。勝率はゼロ。完全なる破滅の数値が脳内を埋め尽くした、その時だった。


ピキィィィンッ!


 僕の左腕の『スサノオジェネレーター』と、剣の腹部の『真滅災ノ輪』が、まばゆい光の粒子となって僕目の前で混ざり合う。邪神復活の共鳴、そして天叢雲形態によって一度一つになった影響による進化。二つの時代を超えたシステムが融合し――新たな一つのベルトへと新生を果たす。


「こ......これは!」


 ベルトは吸い込まれるように、僕の腹部へとがっちりと装着された。驚く僕の背中を、剣がその大きな手で力強く押し込んだ。


「行け、相棒! 俺たちの魂を貴様に託す!」


「……ああ! 武神ノ輪よ! 激装!!」


 叫びと共に、全身に神話の雷光を湛えた究極の鎧――『武神(ぶしん)』へと僕は姿を変え、重力を置き去りにして空中へと浮遊した。その瞬間、武神の演算機能が、僕の五体に溢れ出る『規格外の破壊力』を瞬時に計測した。一撃放てば、その余波だけで空間が割れる。もしこの場で戦えば、地上の帝都はもちろん、僕の後ろにいる剣や命ちゃんを確実に巻き込み、跡形もなく消滅させてしまう。


(……地上の人々の復興の笑顔を、彼らの温もりを、絶対に壊させはしない。なら、僕の取るべき合理的解答は――)


 僕はバイザーの奥で、邪神の背後に広がる『万魔殿のさらに奥深く、次元が歪んだ最深部の隔離空間』へと視線を定めた。デバイスの警告が赤く明滅する。そこへ足を踏み入れれば、次元の歪みによって、こちらの世界へは二度と戻ることができない。完全なる片道切符。


(分かっている。……だけど、それこそが僕の計算式だ!)


「はあああぁぁぁっ!!」


 僕は浮遊したまま突進し、邪神の巨大な身体を強引に押し込んだ。


「八雲!? おい、何をする気だッ!!」


「剣、みんなを!帝都を頼んだ! 次元跳躍、起動(ドライブ)!!」


 剣たちの悲痛な叫びを背中に受けながら、僕は邪神を道連れにし、二度と戻れない万魔殿の奥底、断絶された隔離空間へと力任せに飛び込んだ。周囲の景色がグニャリと歪み、完全に僕たちの世界から切り離された『無の空間』へと転移する。ここなら、どれだけ暴れても、誰も巻き込まない。

 僕は拳を握りしめ、襲いかかる邪神へ向けてストレートを叩き込んだ。武神の放つ渾身の格闘は、その軌道に沿って遥か遠距離まで『空間そのものをガラスのように割り裂く』ほどの圧倒的な破壊力を秘めていた。空間割りの衝撃波が邪神の巨大な骸骨を捉え、その巨体を力任せに粉砕する。

 だが、数秒と経たずに、邪神の身体は何事もなかったかのように元の形へと修復されていく。奴はすでに『死の概念』そのもの。どれだけ空間ごと消滅させようが、世界から死がなくならない限り、倒すことは不可能なのだ。


(お互いの攻撃が効かない……。なら、残された『合理的解答』は一つだけだ)


 僕は武神ノ輪に隠された禁忌のプログラムを起動させた。


「――因果律操作、開始」


 僕自身の全存在を燃料にし、この全多元宇宙の因果から、邪神の存在を根本から消去する。それは同時に、僕という存在もまた、すべての世界から完全に消滅することを意味していた。直後、極限まで安定していた『脳波交信機能』が、世界の壁を越えて、僕の思考を全員の脳内へとダイレクトに繋いだ。


「――っ!?」


 世界が静止し、セピア色に反転していく空間のなかで。僕の目の前に、光り輝く『意識体』となった剣、夜さん、命ちゃんの三人が姿を現した。離れた場所にいる彼らの魂の姿が、脳波交信によって、僕の視覚へと直接投影されているのだ。


「っ……貴様、何をする気だ……! 貴様だけ格好つけるな、八雲ォォォッ!!」


 霊体となった剣が、激昂し、血を吐くような悲鳴をあげて僕の手を掴もうとする。だが、僕の身体はすでに淡い光の粒子へと変わり始めており、彼の指先は虚しく空をすり抜けた。


「八雲、バカやってんじゃないよ! 早くこっちに帰ってきなさいッ!!」


 命ちゃんがボロボロと大粒の涙を流し、霊体の腕を必死に伸ばして僕を引っ張ろうとする。


「八雲さん……いやです、私、あなたとずっと一緒にいたかった……っ! 帰ってくるって約束したじゃないですか!」


 夜さんが僕に向かって両手を伸ばし抱き寄よせるもすり抜けてしまう。みんなの痛切な叫びが、僕の胸を締め付ける。身体が少しずつ粒子となり、ゆっくりと上空へ向かって昇っていくなかで、僕の合理的判断は、激しい悲しみによって狂いそうになっていた。けれど――


「ごめん。これが僕の弾き出した、最高の合理的解答なんだ」


 僕は涙を小さな装甲の内で噛み締め、因果律操作を続行した。消滅のプログラムが完成へと向かう。その絶対的な因果の書き換えを前にして、死の概念だったはずの邪神が、生まれて初めて『消滅の恐怖』に顔を歪め、醜く絶叫した。


「ア……ガ、アアアァァッ!? コ、コワ……イ、クラヤみが、キエ……ル……ッ!?」


 僕の身体は上へ昇っていく。武神の鎧も解けていた。光の粒子となっていく僕は、泣き叫びながら見上げる、かけがえのない三人の仲間たちへ人生で最高の、不器用な笑顔を向けた。


「みんなに会えて、本当に良かった。……最高の日常を、あたたかい時間を、ありがとう」


「 俺は貴様のことを、絶対に忘れんぞ!!」


 牛鍋パーティーで共に涙を流し、本当の『戦友』になれた剣の、魂の底からの咆哮が、空間に激しく響き渡る。


「八雲のばかあぁぁぁーーッ!!」


「八雲さん……っ!!」


 光の粒子となって天へと昇っていく僕の視界のなかで、三人の姿がゆっくりと遠ざかっていく。僕は彼らの姿をその瞳に深く焼き付けながら、時空を超える最後の約束を紡いだ。


「――未来で会おう」


 直後、世界は圧倒的な白い光によって完全に包み込まれ、邪神の叫びも、仲間たちの涙も、すべてが光の彼方へと消え去っていった。

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